【14:休息と書いてクウキイスと読む】
「何だったんださっきのは……」
「忘れましょうムーンさん。それより、そろそろ暗くなってきましたし、宿屋を探さないと……」
「だな……ジョー兄ぃ、いつまで名残惜しそうにしてんだよ。ほら、行こうぜ」
「あ……うん……ところで、どこに泊まるの?」
ジョーは首をかしげた。
ウォルカバンは交易都市と言うだけあって宿屋がたくさんある。
ギルドにたどり着くまでに何件通り過ぎたかわからない。
パイジィの方を見ると、肩をすくめた。
料理コンテストに出るために来て、すぐに逃げ出したせいであまり詳しくないらしい。
となると――
「むっふっふっふ……俺しか頼れないよなぁ?」
ドヤ顔で笑みを浮かべるムーン。
よっぽどうれしいようだ。
「ま、俺に任せておけよ!候補はいくつかあるんだよね~~まず、あそこ。」
ムーンが指さしたのは、明らかに夜になると妖しくライトアップされるタイプの宿だ。
「却下で」
パイジィが指を折らんとする勢いで捻じ曲げる。
「いでででで!!!じょ、冗談だよ……えへへ……」
明らかに冗談ではない声色だったが、ジョーは気づかず笑っている。
「ったく……怪力すぎるんだよ……ま、裏宿がいいだろうな」
「「……うらやど?」」
「ま、着いてくりゃわかるよ」
ジョーとパイジィの疑問を軽く受け流し、ムーンが歩き出した。
顔だけこちらに向けて、親指でついてこいのジェスチャーをしている。
ムーンについて歩きだすこと数分。
噴水のある大きな広場に出た。
豪華絢爛な宿が向こうに見える。
入っていく人間も身なりの良い人間が多く、ドアの両隣には衛兵までついているようだ。
ムーンはそちらを見もしない。向かう先は手前にある宿屋の方向だ。
こちらの宿屋は、まあいわゆる普通の宿屋で、冒険者や普通の商人が次々と入っていく。
「……あれ?」
しかし、ムーンは全く歩みを止めず宿屋を通り過ぎてしまった。
パイジィは思わず声をかける。
「ムーンさん?ここじゃないの?」
「……」
ムーンは、にっ、と笑うだけで何も言わない。
どんどんと歩き続け、3人はいつしか路地裏のような場所に入りこんでしまった。
パイジィはキョロキョロと周りを見回す。
不安なのだろう、ジョーのマントの裾をギュッとつかんで歩いている。
と。
「着いたぜ。」
ムーンが足を止めた。
その場所にはドアこそあるものの、宿屋らしき看板は出ていない。
というか窓もない。
パイジィはどう思うか聞こうとジョーを見つめた。
ジョーは目をつむって精神統一をしている。
……というか、片足立ちで空気椅子をしている。
だめだ。ムーンを見つめた。
「着いたって……宿屋なんてどこにも……」
「ここはそういう宿屋なんだ。言ったろ?裏宿、ってな」
ムーンは躊躇いなくドアを開けた。
地下へ続く階段が姿を現す。
「ほら、いくぞ。」
背中を追いかけて階段を下りていく。
すると……そこには思いもよらない景色が広がっていた。
「わあっ……」
パイジィは目を輝かせる。
そこは、岩盤をくりぬいて作られた、広々とした空間だった。
明かりは薄暗いものの、少なくとも真っ暗闇ではない。
天井には排気口代わりの穴がたくさん開いている。
地上の建物にはやたらと煙突がついていたことを思い出すパイジィ。
おそらくあの煙突のいくつかがダミーで、ここからの排気をしているのだ。
「ようこそ、ウォルカバンの裏宿へ」
ムーンが慇懃にお辞儀をした。
宿屋とは言うが、酒場の機能も備えているようだ。
たくさんのテーブルが設置され、あちこちで話す声が聞こえる。
「ここは見た目通り脛に傷のあるやつらが使う宿でね。誰も詮索はしてこねえ。拠点にするにはもってこいってわけだ」
と、店員の一人が近づいてくる。
切れ長の目を持つ美人だ。
「いらっしゃい。3人……でいいのよね?……ソレ」
なんとも歯切れの悪い言い方に、パイジィとムーンが後ろを振り返ると、
ジョーが身体を頭ごと内側に丸めた上で足を一本だけ出して立っている。
ほぼモンスターだ。普通に怖い。
ムーンは顔を背けて笑っている。
「――はい。お願いします。」
にこやかにパイジィが答えた。
しばらくして部屋に案内される。
しかし、ここで問題が1つあった。
「1部屋しか……取れなかったね」
困ったように笑うジョー。
美少年フォームのせいで、かなり犯罪だ。
「……じゃあ俺とジョー兄ぃが一緒でいいよな」
「おいこら」
しれっとジョーを連れ込もうとするムーンの腕を、むんずとパイジィがつかむ。
「え~なんですか~パイジィさん~放してくださいよ~~」
「なんですかじゃないが?……というか!ジョーさんは私の護衛なんですよ。じゃあ私と一緒じゃないとダメでしょ」
そうだ。
そういう理屈である。これは正論。強い。
「やだ~パイジィったら~~そんなにジョー兄ぃと一緒の部屋じゃないと嫌なんて……ケ・ダ・モ・ノ!」
ムーン、クソ野郎である。
正攻法で勝てないため、間接攻撃に出たのだ。
その後も言い合う二人。
ジョーはいがみ合う様子をしばらく見て悩んでいたが、ポンと手を打った。
「OK、わかった!この中じゃ僕が一番強いよね?だから、パイジィさんとムーンが一緒に寝てよ!」
万力のような力で二人を部屋の中に押し込むジョー。
その顔に一点の曇りもない。
何か言いたげな二人を残し、ドアをバタンと閉めてしまった。
そして、ジョーは目をつむると、ドア前ですっと深く腰を落とし――銅像となった。
「ちょっ!誰得なんだよこれ!せめてどっちかはいい思いさせてくれ!」
「ムーンさん!なんかドア開かないです!!カギかかってないのに!!なんで???」
「ちくしょ!なんでだ!!出せこの!!!……えっこわ、ミリも揺れないじゃん。壁?これ」
部屋から何か聞こえる気がするが、ジョーの耳にはもう届かない。
完全な空気椅子にもかかわらず、その身体は微動だにしない。
その表情は、悟りを求める菩薩のようであった……。




