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第4話 精霊の加護は呪いです

「エリー姉様、結婚おめでとう」

 私たちが12歳になった頃、エリー姉様は祖父の部下であるジョセフ・デルランド伯爵令息と結婚することになった。私たちは式にお揃いの緑色のドレスと礼服で参列して、エリー姉様の綺麗な花嫁姿を見守った。ペンダントのお陰もあり、私は話せないこと以外は自由に過ごしていた。

「ありがとう、エヴェ、フレデリック。あなたたちはまだ子供だから、夜会には出られないけど、こうして式に参列してもらえて、本当に嬉しかったわ」

 式が終わり、これからデルランド伯爵家の屋敷で披露のための夜会が開かれる。子供は夜会には参加できないので、私たちは神殿からアンデル伯爵家に帰る前にお祝いを直接伝えに来たのだ。お祝いの雰囲気に警戒心が薄れていたのも事実だが、私はエリー姉様に直接お祝いの言葉を言ってしまっていた。屋敷では、従姉妹のエリー姉様と声を出して会話していたし、控室には弟のフレデリックと私、エリー姉様しかいないと思っていたのだ。

 異変に気づいたのは、それからすぐ後だ。会話をしていた私たちの後ろで、突然バタンと派手に何かが開く音がした。慌てて振り返ると、そこには虚ろな目をした新郎であるジョセフ様が立っていたのだ。

「あのっ……」

「エヴェ、喋っちゃダメだ!」

 フレデリックの焦った声に、初めて自分が声を発していることに気づいたが、既に最悪の事態が起こっていた。ジョセフ様は、そのまま私の足元に跪くと、大切なものを見るような目で私を見上げて縋りついてきた。隣で息を飲むようなエリー姉様の小さな悲鳴が聞こえた気がした。

「……」

「待ってて、僕、お爺様を呼んでくる!」

 フレデリックが慣れた様子で控室のドアから出ていった。確かにこのようなことになるのは、珍しいことではなかった。ペンダントを使い始めた頃は、使い方がよく分からず声が漏れてしまうことがあったのだ。その度に、フレデリックがお爺様を呼んで忘却魔法を使うこともあった。最近は使い方にも慣れてそんなことはなかったため、油断してしまっていたのだ。

 花嫁であるエリー姉様の見ている前で、新郎のジョセフ様が私に縋りつく光景は、どう見ても異様だった。

「ああ、私の女神、エヴェリーナ様。どうか私の恋心を叶えてください!愛しています」

 ジョセフ様は恍惚とした表情で、私に告白をしているが、これは加護のせいだと私もエリー姉様も分かっているはずだった。でも、隣で事の次第を見ているエリー姉様の表情は、見る見る凍りついていった。

「ジョセフ様……、エヴェ、……どうして…」

 私は必死で混乱するエリー姉様の方を見て首を振った。これは違うのだと声に出して言えないことが歯がゆかったが、声を出せば出すほど加護の力が人を狂わせるので仕方がなかった。

 控室のドアが開いてお爺様と父様を連れたフレデリックが入ってきた。私に縋り付くジョセフ様を見たお爺様と父様の複雑そうな顔を見て、私は自分の犯した罪を嫌でも自覚した。エリー姉様は、立っている気力が尽きたのか、床に崩れ落ちて泣いていた。

「……、皆、耳と目を塞いでおれ。すぐに元に戻る。エヴェ、泣かんでええぞ。これは事故のようなもんじゃ」

 お爺様の声で、私は初めて自分が泣いていることに気づいた。そのまま私は現実逃避するように、ぎゅっと目を閉じて耳を塞いだ。私の頭にお爺様の大きな手が乗るのを感じて瞳を開けると、ジョセフ様とエリー姉様が倒れていた。

「お爺様?どうしてエリー姉様が?」

「二人の記憶を数刻分消したんじゃ。エリーにとっても、覚えていていい記憶じゃないじゃろ?それに、エリーは、自分の意志で耳も目も閉じんかったからの……」

「そうですか……」

 そのまま私たちは、使用人に連れられて屋敷に戻って来た。後のことはお爺様と父様が何とかしてくれる。

「エヴェ、気にしなくていいよ。あれは事故だよ」

 あの後分かったことだが、新郎のジョセフ様はエリー姉様にサプライズプレゼントをするため、先に控室のクローゼットの中に隠れていたようだ。そこに私たちがやって来て、3人だと思い込んだ私が声を発したのだ。加護の魅了の声を聴いてしまったジョセフ様は、そこで我を見失ってクローゼットから出て私に縋り付いたのだ。あの時、エリー姉様は小さな声で「どうしてよりによって今日なの……」と呟いたのだ。花嫁が一番幸せな日に、こんなことになるなんて、自ら記憶を消す選択をしたエリー姉様の気持ちは理解できた。

「それでも、私のこの加護がなければ、こんな気持ちになることはなかったわ。こんなの加護じゃなくて呪いじゃない……」

「エヴェ……」

 フレデリックが言葉を継げずに黙ったので、私はそのまま自分の寝室に入った。ベッドに潜り込んで私はじっと天井を見つめた。

 10歳で緑の精霊に会って、加護を押し付けられた。そこから家族の助けを借りながら2年間不自由な生活をしてきた。そして、今日の出来事だ。あの時のエリー姉様の瞳は、私に対する憎しみに満ちていた。あの時、私も一緒に記憶を消してもらえばよかった。そうすれば……

「……」

 違う。根本的に違う。この加護がある限り、私は一生声に対する制約を受け続ける。緑の精霊の加護は希少なため、加護を受けた人間がどうなったのか、資料がほとんどなかった。それこそ、魔女アルラの絵本や物語以外、加護を得た人が最後にどうなったのか分からないのだ。

 私が知っている乙女ゲームだと、悪役令嬢エヴェリーナは、魅了で人を操り最後には断罪される。知っているだけでも、幸せになったためしがない。呪い確定である。


 その日の夜、私は皆が寝静まった頃に一人でそっと部屋を抜け出した。

「何処に行くの?」

 後ろからフレデリックの声がして、私は慌てて口に指を当てて静かにと言った。

「森に行くのよ」

 夜まで考えた結果、加護の有効性を見つけ出せなかった私は、どうしたらいいか分からないのであれば、加護をくれた精霊に直接聞くのがいいのではないか、という結論に達したのだ。フレデリックにそう言うと、フレデリックは小さくハァっと溜息を吐きだした。

「一人で、真夜中の森に行くの?魔物はいないかもしれないけど、獣は出るかもしれないよ?」

「う…、それはそうだけど、今行かないといけない気がするの、よくわからないけど、そうなのよ……」

「わかった。じゃあ、僕も一緒に行くよ」

「危ないわ!駄目よ!」

「それはエヴェもだろ?一緒に行かせてくれないなら、大声で叫ぶよ」

「わ、わかったわ。その代わり、危険になったら、すぐに逃げるのよ……」

「勿論そうするよ。エヴェも一緒に逃げるならね」

 私たちはすっぽりと外套を被って、裏門からそっと屋敷を出た。エリー姉様の披露宴のため、うちからも使用人が駆り出されているため、いつもならいる見張りは裏門には立っていなかった。

「どうして今日なのさ?」

 森を目指して歩いていると、フレデリックが不思議そうに聞いてきた。


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