第3話 魔道具は高価です
一見すると普通のペンダントに見えるそれは、トップに大きな緑の魔石が嵌まっていた。
「お爺様、これは?」
「見ての通り、魔道具じゃ。声を封じる魔法陣が刻まれておる」
お爺様が私の首にペンダントをかけ、短い呪文を唱えると、魔石が一瞬だけ輝いた。
「エヴェ、何か喋ってみなさい」
私は口を開いて、いつも通り喋った。
「……⁈」
ちゃんと喋っているつもりなのに、声が出ない。父様もフレデリックも驚いているので、私の声は聞こえていないのだろう。
「これは声を封じる魔道具なんじゃ。緑の精霊の加護対策で、陛下より作成依頼が来ていたが、まさか自分の孫に使うことになるとは思わんかった。案外、王妃様辺りが、このことを予見していたやもしれんな」
色を冠する魔法使いは、その国の魔法使いのトップだ。それぞれ何かに特化していることがあるが、祖父のグスタフは魔道具作りが得意な魔法使いだ。その腕を見込まれて、緑の魔法使いになったのである。ちなみに王妃様は占いが得意な魔女で、陛下と結ばれる前は、祖母のエレーヌの弟子をしていたことがあるそうだ。
「……?」
「ああ、声を出すには、ペンダントの魔石部分を握ればよい。ただし、取り扱いには注意せよ。その魔石一つで、我が屋敷が建つほどの価値があるからの」
私は、魔石をぎゅっと握ろうとしていた手を慌てて止め、そっと握りしめた。伯爵家の屋敷が建つほどの価値だなんて、出来れば今すぐ外したい。
「お爺様、そんな高価なもの、怖くて首に掛けていられません!」
「エヴェ、これがなければエヴェは王宮で保護され、自由に外を歩くことも出来なくなるがよいのか?」
お爺様が残念そうに私を見たので、私は慌ててペンダントをぎゅっと握った。
「いいえ!ぜひ使わせて欲しいです!」
「そうか、それならば、陛下へはこのペンダントは、緑の精霊の加護を賜った孫娘が使うので、このままアンデル伯爵家で管理させて欲しいと言っておこう。それと、本来なら精霊の愛し子は国、つまり王宮で保護するのが決まりだが、緑の魔法使いであるワシがいるのだから、エヴェは変わらずアンデル伯爵家で過ごせるように、合わせて申請をしておこう。だから、そんなに不安そうな顔はせんでええぞ」
お爺様の言葉に、私は詰めていた息をホッと吐いた。精霊の愛し子が大事にされることは知っていたが、いざ自分がそうなると、王宮で暮らす自分が想像できなくて一気に不安になっていたのだ。
「いいのですか?」
「まぁ、何とかなるじゃろ?エヴェがここにいたいと言っているのに、無理やり王宮に連れて行けば、緑の精霊の機嫌が悪くなるんじゃから、遠慮せず嫌だと言えばええ」
「なるほど、そういう考えも有りですね」
私がお爺様と悪い顔で微笑みあっていると、父様とフレデリックが仕方なさそうに苦笑いをした。
「例外を通すのは、そこまで簡単ではないのですが、愛娘のために私も頑張って交渉することにしましょう」
「僕も、エヴェと一緒にいたいから、何でも協力するよ!」
「ありがとう、父様、フィー」
その日のうちに陛下に、エヴェリーナ・アンデル伯爵令嬢が緑の精霊の加護を賜ったことを伝え、魔道具を使用するので、そのままアンデル伯爵家で生活したいという希望を申し入れた。
緑の精霊の加護を賜ることは非常に珍しく、傾国の加護を持った私を危険視する大臣もいたそうだが、緑の魔法使いである祖父が、ガンとして王宮で保護することに反対したため、監視をつける条件付きで私の日常は担保されることとなった。
「僕がエヴェの監視第一号だよ」
「じゃあ、私が第二号ね。よろしくね」
ちなみに監視役は弟のフレデリックと従姉妹のエリー姉様だ。エリー姉様は、祖父の姉の孫娘だ。8歳年上で、魔法学園を卒業して王宮で侍女をしていたが、緑の精霊の愛し子となった私を保護(監視)するため、王宮から派遣された。血が繋がっているので、魅了の加護が効かないため抜擢されたそうだ。
「折角王宮にいたのに、私のせいでごめんなさい」
王宮で侍女をすることは、貴族令嬢の人気の職業のひとつだ。そこで見染められ、伴侶を見つける令嬢も多いらしい。私のせいでエリー姉様の婚期が遅れたら申し訳ない。
「ああ、いいのいいの。実は王宮の侍女、私には向いてなかったのよ。こんな事なら、お父様の反対を押し切って騎士団に入ればよかったって、後悔していたのよね……。だから、エヴェの護衛の方が、私には向いているのよ。こう見えて私、結構強いのよ」
綺麗な緑色の瞳を細めて、エリー姉様が微笑んだので、私とフレデリックも微笑んだ。
「といっても、ここで護衛らしいことする機会も少ないので、私の出来ることをして時間を潰そうと思います。はい、ではまずは算術からね」
私とフレデリックがゲッと声を出したが、エリー姉様はにっこりと微笑んで教科書を開いた。元々いた家庭教師は、私が緑の精霊の加護を賜ったことで、安全を考慮して解雇されてしまった。加護の魅了で暴走すると私も魅了された人も危険にさらされる、身内以外を側に置くことは危険だと判断したのだ。
「はい、では採点するわよ。すごいわ、エヴェは満点ね。フレデリックは、こことここ、もう一度やってみましょうね」
算術は、流石に前世の記憶があるので楽勝だった。近隣の国は全て帝国語を話すので、古代文字を勉強することがない限り、外国語という分野もない。歴史は前世の記憶は関係ないので覚える必要はあるが、まだ10歳なので、そこまで多くは求められない。つまり現状、勉強は楽勝なのだ。
「聞いてはいたけど、エヴェは勉強が得意なのね。これだけ出来れば、魔法学園に入学するのに必要な教養を身につければ、試験も問題ないわね。フレデリックも、よく出来ているわよ」
前世の記憶というチートがある私に比べれば、出来ていないように見えるフレデリックも、同世代の子供と比べれば十分優秀な方なのだ。ただ、比べられる相手が私なので、そこは本当に少し気の毒だ。
「私、魔法学園に入ってもいいの?」
「そうね、今のままだと、そのペンダントをつけたままにはなるだろうけど、私が学園にいた頃も数名、精霊の加護持ちの生徒はいたわよ。緑の精霊の加護持ちは、流石にいなかったけどね」
精霊の加護持ちになることは、精霊や妖精の多いエリシーノ国では珍しいことではない。よくあることでもないが、気まぐれな精霊が、気に入った人間に加護を与えることが稀にあるのだ。大抵の加護は、その精霊の特性が宿り、魔法属性と一緒に使える。感覚で言えば、一つ属性が増えた、程度のものだ。
「じゃあ、私も魔法学園に行きたいわ。13歳になるまでに入学に必要な知識を学びたい!エリー姉様、よろしくお願いします」
「ええ、任せて!フレデリックも勿論行くでしょう。二人とも、絶対に合格しましょうね!」
私とフレデリックは、この後に起こる悲劇など知りもせず、元気よく返事をした。
結論だけ言えば、3年後私たちは魔法学園に入学することになるが、そこにエリー姉様の姿は無かった。
エリー姉様が家庭教師をしてくれるようになって1年が過ぎた頃、エリー姉様は祖父の勧めでお見合いをした。とても素敵な男性だったようで、順調に交際は進み婚約が成立した。
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