第2話 魔女アルラ
昔々、エリシーノ国の山奥の村に、アルラという少女が住んでいました。
ある日少女が森で山菜を探していると、綺麗な緑の髪をした女性が近づいてきました。その女性は、緑の精霊でした。
『可愛い娘、そなたに私の加護を与えよう。きっと素晴らしいことが起きるであろうよ』
緑の精霊は、アルラに加護を与えました。こうして少女アルラの声に加護が宿ったのです。
少女は美しい娘に成長しました。加護のせいで話すことは出来ませんでしたが、それでも幸せに過ごしていたのです。
そんなある日、山奥の村に素敵な若者がやってきました。その若者は、村の視察に来た王太子でした。アルラは一目で王太子に恋をしました。もちろん王太子と村娘、実ることのない初恋のはずでした。
「王太子様、お慕いしています」
アルラは加護を宿した声で、王太子に愛を乞いました。するとどうでしょう、王太子は一目でアルラを見初め、そのまま王城へ連れて帰ったのです。アルラは王城にいるすべての人を声で魅了していきました。結婚に反対していた国王陛下も王妃様も、アルラは魅了して結婚を認めさせました。
「大きな宝石が欲しいです。豪華なドレスも欲しい。ああ、もっともっと……」
アルラの欲求は日に日に酷くなっていきました。でも、王城の人たちはアルラの言いなりです。王都は混乱し、国民は不安と恐怖の中で暮らしていました。アルラの不興を買った者は、次々に処刑されていったからです。
国はどんどん荒れていきました。このままでは、エリシーノ国は潰れてしまう、誰もがそう思っていました。王都に一人の青年がやって来ました。その青年に、アルラの声は何故か効果がありませんでした。
「あなた、もしかして私の弟のマルコなの?」
「はい、アルラ姉さん。これ以上、国を惑わすのは止めてください。もしこれ以上惑わすのなら、俺はあなたを罰しなければなりません」
青年の懇願はアルラには届きませんでした。青年はアルラの声を封じ、王城の人たちを加護の呪縛から解き放ちました。
そうして、正気に戻った国王陛下によって、数々の悪行を責められたアルラは、悪い魔女として処刑されたのです。おしまい
「まさか、私がアルラになるのですか?」
「いやいや、エヴェは国王陛下を傀儡にしようとか、企むのか?」
お爺様の言葉に、私は慌てて首を振る。
「まさか、そんなことしませんよ!」
「では、アルラにはならんだろ?王太子に恋をして、魅了を使うとかエヴェはしないだろう?何もしないなら、何の罪にもならん。ただ、精霊の愛し子になってしまったことは、国に報告せねばならん」
「国に?」
「この国で精霊の加護を得ることは、誇らしいことだとされている。精霊の加護を悪用されないためにも、愛し子は国で保護することになっている。報告の義務を怠ると、刑罰もあるんだ……」
父様が申し訳なさそうに説明してくれた。大昔のこととは言え、アルラの話は実話だ。精霊の加護とは、それくらい国の脅威になるのだ。特に、緑の精霊の加護は厄介だとされている。
「でも、緑の精霊の愛し子は、牢に入れられて、一生外に出られないと……」
私はまことしやかにされている噂話を信じて、小さな体を強張らせた。
「な、何を馬鹿げたことを!そんなことするはずがない!第一そんなことをすれば、加護を与えた精霊の怒りを買い、国として甚大な被害がでる。特に緑の精霊は、精霊の中でも最上級の地位にあるんだ。むしろ、そうならないために、保護する必要があるんだ……」
愛し子の力を奪うため、昔は愛し子を攫う輩もいたらしい。勿論、そんなことをすれば加護を与えた精霊が怒り、攫った者も含めて酷い報復が待っている。精霊の怒りは大地の干ばつ、水の氾濫、暴風など、様々な天災になって国を脅かしたそうだ。
「愛し子は国の宝、守るべき存在であり、誇るべきものだ。第一、大事な私の娘を誰が酷い目になど合わせるものか!」
父様は私を安心させるように抱きしめた。それでも、私は不安になった。
「でも、アルラを処刑に追いやった弟は、私と同じ双子なんですよ……」
史実で伝えられているアルラの声を封じ処刑に追いやったのは、双子の弟であるマルコだった。その事実もあり、特に男女の双子は不吉だと言われるようになったのだ。
「僕、そんなことしないよ!それにエヴェは、悪いことをしたりしないよ」
優しいフレデリックは、泣きながら私を見た。確かに、私は傾国するようなことはしない。ただ、もう一つの懸念材料が、グッと現実的になってきたのだ。
私には前世の記憶がある。それに気づいたのは5歳の頃だ。薄っすらとこの世界とは違う、異世界の記憶を持っていた。
私の記憶は30歳になる前で途切れているので、もしかしたらその頃に亡くなったのかもしれない。私はその世界で、乙女ゲームに課金するキャリアウーマンだった。その乙女ゲームに出てくる巨木の映像が、この国にある天界樹にそっくりだったのだ。
「まさかの転生もの??エヴェリーナって、確か悪役令嬢だったはず?いや、でも緑の精霊の加護は持っていないし、エヴェリーナなんて、どこにでもある名前だし、違うわよね……」
薄っすらとした記憶だった為、5歳の私はその時点でその可能性を却下して、幸せな幼児ライフを満喫することにした。といっても、30歳の記憶を持つ私は、かなりしっかりした幼児だった。双子の弟フレデリックがおっとりとした幼児だったので、余計に悪目立ちしてしまった気もする。
「エヴェは、天才なのかもしれないな。なんでも大人の言うことを理解して、なんだったら大人より大人らしいことを言う」
親の欲目だとは思うが、確かにどちらかと言うと頼りない父様に、何かとダメ出しをしていた結果、周りの大人たちの私に対する評価は、どこかにいる少年探偵のようになっていた。所謂、見た目は子供、頭脳は・・・ってやつだ。
そんな私の人生に、今、緑の精霊の加護持ちというワードが加わってしまったのだ。こうなると、前世の乙女ゲームの世界に転生、なんていう設定が現実的に思えてくるのだ。
乙女ゲームに出てくるエヴェリーナは、隣国からの留学生で、緑の精霊の加護を持つ悪役令嬢だった。ヒロインを虐め、ヒーローを魅了の加護で誘惑するのだが、最後は断罪されて国に送り返される。まあ、処刑はされないので、バッドエンドと言っても気は楽だ。
乙女ゲームの悪役令嬢といえば、悪ければ断罪処刑、よくて修道院送りだが、この国に修道院は残念ながらないのだ。
「っていうか、もし私が悪役令嬢だとしても、断罪されると分かっているようなこと、したりしないはずなんだけど……、10歳の現在から、ゲームスタート地点になるまでに、何かしらのバグでもあるのかしら?」
私がブツブツと自問自答していると、祖父が何かを取り出して私に手渡した。




