第1話 緑の精霊の加護
「エヴェっ、エヴェ!大丈夫?お願い、目を開けて……」
フレデリックの焦った涙声が聞こえて、私は目を薄っすらと開けた。目の前には、森の木々と青い空が見えている。
「あ、霧が晴れている……、っていうか、夢?」
「エヴェ、何言っているのっ大丈夫なの⁈」
泣きながらフレデリックが怒っている。ぼんやりとフレデリックを眺めていると、どこからかガヤガヤと人が近づいてくる気配がした。
「エヴェリーナ様、フレデリック様、ご無事ですか?」
人外に出会う前に出した緊急事態の合図が正しく伝わり、救助がやって来たようだ。当初倒れていたフレデリックではなく、今は私が体調不良なのだが、救助が来たのならこれ以上人外に関わることはないだろう。
「エヴェ、何があったんだ?それに、その髪は……」
救助のために駆け付けた祖父が、私に事情を聞こうと近づいてきた。私は何があったのか祖父に事情を話そうと口を開いた。
「お爺様、実は……」
ところが事情を話そうと口を開いた途端に、周りの大人の態度が一変した。お爺様とフレデリック以外の使用人や騎士、立ち合いに来た神官の人たちまでが、いきなり私に襲い掛かってきたのだ。正確には襲い掛かったと言うより、私の足元に跪く者、縋り付く者など、私に近づこうとお互いに牽制して掴み合いの喧嘩をする者まで出て、非常に恐ろしい惨状だ。
「きゃあっ、お、お爺様、あの……」
一瞬呆気にとられた祖父が、私の悲鳴に我に返り慌てて私の方へ近づき、皆から奪うように抱き上げた。
「エヴェ、喋るな。この惨状はきっとお前の声が原因だ」
私は慌てて口に手を当てて、今更だと思いながらも押し黙った。私を奪おうと、祖父とフレデリック以外の人たちがお爺様の腕の中の私に手を伸ばした。誰かの手が、あり得ないほどの力で私の足首を掴んだ。
「ひっ……」
虚ろな目で自分に迫る人々の様子に、押さえた口から小さな悲鳴が漏れた。祖父も異常な事態に苦虫を噛み潰したような顔で周りを見渡している。
「くそっ致し方ないか……。エヴェ、フィー、目を瞑って耳を塞げ!」
忌々しそうに祖父が片手を上げた。呆気に取られていたフレデリックも、訳が分からないまま耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑った。私も慌てて耳を塞ぎ、目を瞑った。
一瞬の出来事だと思う。地面に下ろされる感覚に目を開けると、先ほどまで私を捕まえようとしていた人たちが地面に倒れていた。
「お爺様、こ、殺してしまったの?」
「流石にそんなことをしたら、ワシでも捕縛されるわ。申し訳ないが、少しだけ記憶を消させてもらった。エヴェの声さえ忘れれば、正気に戻るだろう。その髪の色、森に入ってから何があったか、話してくれるか?」
祖父が私の前髪を指して、何とも言えない顔で溜息をついた。私は自分の前髪を引っ張って確認して、祖父に言われた意味を理解した。精霊の加護を与えられたものは、その精霊の色を宿す。よく見られるのは、髪の色が一部変化するのだ。
「緑……?まさかこれって……」
「緑の精霊に加護を賜った以外、この状況は説明がつかない」
「あの人外が緑の精霊??」
「こらこら、緑の精霊を人外呼ばわりするでないわ。エヴェの声を聴いて自我を無くしたところを見ると、伝承通り声に魅了の効果があるようじゃな……。ワシとフィーに効果が無いということは、血のつながった者には効果は出ないのじゃろう。兎に角、この者たちを叩き起こして、屋敷に帰ろう。エヴェはワシがいいと言うまで、言葉を発するな」
「……」
私は無言でコクリと頷いた。私は内心焦っていた。だって緑の精霊の加護だなんて、それはまるで……私の知っている物語の悪役令嬢のようじゃない?
「やはり今日はエヴェの厄日でしたね……」
倒れた人たちを起こして、何とか森を抜け、屋敷まで帰って来た私たちを見て、祖母が残念そうに私の前髪を見た。
倒れた人たちは、数分間の記憶を失う代わりに正気を取り戻していた。祖父が一方的に儀式の終了を告げ、私は無言でその場を離れ屋敷に戻って来た。
「エヴェ、何があったの?僕も一部記憶がないんだ。気がついた時にはエヴェが倒れていて、髪の色が変わっていた……」
不安そうに私を見るフレデリックに、私は曖昧に微笑んだ。部屋には祖父と祖母、父と弟のフレデリックだけだ。私はお爺様に伺うように視線を向けた。
「いいだろう。ここには親族しかいない。加護の魅了は発動しないだろう」
私はごくりと唾を飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「あの、大丈夫かしら?」
「ああ、大丈夫だ。エヴェ、何があったか教えてくれるかい?」
父様の言葉に、私はホッと息を吐いて森であったことを話した。ただし、フレデリックか私、どちらかを選べと言われたことは伏せた。きっと精霊は私がなると言わせるために、フレデリックでもいいと言っただけし、その事でフレデリックに罪悪感を持って欲しくなかった。
皆、私の話を聞き終えた後も、複雑な表情のままだ。
「魂が変わっているという意味は分からないが、その状況なら、エヴェが望んで緑の精霊に加護を賜ったってことではないようだね」
「勿論です。精霊の加護は名誉なことですが、あの時はまさか緑の精霊だとは思っていませんでしたし、押し付けられた気しかしませんでした……」
「本来、精霊の加護は素晴らしいはずなんだが、緑の精霊だけは例外なんじゃ」
「緑の精霊の加護は、傾国の加護、ですよね?」
家庭教師から子供たちが最初に習うのがエリシーノ国の歴史だ。その中でも精霊に関する事項は欠かせない。国土の半分近くを森林に囲まれるエリシーノ国は、昔から精霊や妖精が多く、それにまつわる逸話や物語も多く存在する。妖精の加護を賜った人は、精霊の愛し子とも言われ、国が保護する対象となりとても名誉なことだとされている。ただし、緑の精霊の加護は例外だ。
「そうじゃ、過去の記録にも数度出てくるが、緑の精霊の加護は、使い方によっては傾国するほどの脅威になるのじゃ」
声に加護を宿し、聞いた者を魅了してしまう。先ほどの大人たちがまさにそうだ。使い方を訓練すれば、人を思い通りに操ることもできるらしい。
大昔、緑の精霊の加護を与えられた女性が、国王を誑かしたことがあるそうで、子供たちが読む絵本にもなるほど有名な話だ。
「魔女アルラの物語ですね……」




