プロローグ
お久しぶりの方も、初めましての方もよろしくお願いいたします。
黒柴 あんこです。
毎日一話、投稿予定です。
『お前の魂は変わっておるのう。どれ、我の加護を与えてやろうかの?』
緑色の女性の形をした明らかに人外のそれが、嬉しそうに目を細めて私を見て微笑んだ。『加護を与える』と言われているのに、何故か貰ってはいけない気がする。
そう言えばここへ連れて来られる前に、占いを得意とする祖母のエレーヌが、今日は私の厄日だと言っていた気がする。
「エヴェ、あなたのことだから大丈夫だと思うけれど、今日はあなたにとっていい日ではないと占いで出ている。はっきり言えば、厄日ね……。出来れば日を改めたいのだけれど、すでに皆に知らせを出してしまっているから……」
心配する祖母の肩を、緑の魔法使いである祖父グスタフが抱き寄せた。
「もう、今日は止めてしまえばいい。なんだったら、こんな馬鹿げた風習自体禁止してしまえばいいんだ」
祖父の不機嫌な態度に、祖母は困ったように溜息をついた。
「お爺様、国の魔法使い代表、緑の魔法使いであるお爺様が、率先してこの国の風習を否定してしまっては、国が混乱してしまいます。大丈夫です。ちょっとそこまで行って、さっさと帰って来ますから」
私の言葉に、今度はお爺様が困った様に溜息をついた。
私の住むエリシーノ国には二つの信仰が存在する。一つは天に達するほど大きい巨木、天界樹の信仰。大昔に神によって与えられた「始まりの天界樹」の苗木から育った天界樹は、その守護の力でこの国を瘴気と魔物から守っている。聖女によって、その力は発揮されているので、特に私たちが何かすることはない。
もう一つが精霊信仰だ。国土の半分近くを森林が占めるエリシーノ国には、精霊や妖精が多く存在している。ありがたいことに、精霊の恵みによりこの国の作物は常に豊かに実っているらしい。
だから国にある神殿の多くは、精霊神を信仰している。その教えの中に、双子は不吉な存在なので生まれた場合、10歳の誕生日に森に捨てるという教えがある。当事者としては、はっきり言って迷惑な教えだ。
「お爺様、僕もいるんです。エヴェのことは、僕が守ります」
銀色の髪に薄灰色の瞳、自分と同じ色を持った私の片割れであるフレデリックが、ポンと薄い胸を叩いて任せておけと胸を張った。
「そうだな。二人ならお互いに助け合って、すぐに帰って来られるはずだ。なに、あっという間に終わるさ。森の入り口には私たちも待っているし、捨てる場所もそれほど奥ではない。真っすぐ歩いて帰って来ればいい」
父様が、心配していることを隠すように、ポンポンと私たちの肩を叩いた。捨てると言っても、最近はこの儀式も形骸化され、双子が不吉だと信じている者はほとんどいない。なので、森の奥に双子を連れて行き、親族は森の出口に待機する。真っすぐ歩けば10分ほどで戻れる場所に、捨てた形をとるだけとなっている。大昔は、双子は本当に捨てられていたらしいので、現在に産まれて良かったと本当に思う。
「エヴェが頼りだ。任せたぞ」
父様の言葉に、私は頷いた。隣でフレデリックが少しだけ不服そうに父様を見た。
そして、綿密な打ち合わせも終わり、満を持して森に私たちは捨てられたのだが……
神殿の神官が私たちを森の奥へ連れて行った。ここで、双子を森の精霊に帰す、ということらしい。帰って来た時点で、不吉なものは森に捨てて帰って来たことになり、双子は人として認められるらしい。
「よし、フィー、さっさと帰るわよ!帰ったらお婆様のベリーパイが待っているわ」
「はいはい、わかったよ」
フレデリックが私の食い意地に呆れたように返事をして、後ろからついてきた。子供の足で歩いても10分程度。ここまでは小さな荷馬車で連れて来られたが、馬車の轍が残っているので、この跡を辿れば楽勝のはずだったが、少し歩いた頃に森の様子が急変した。
「ねえ、エヴェ、この霧おかしくないかな?さっきまで晴れていたし、森の中も明るかったのに……」
先ほどまであった馬車の轍が消え、森の中は白い霧が立ち込め薄暗くなった。完全に帰路を見失った私は内心焦っていたが、弟のフィーには決して気取られないように、小さな手を握りしめて微笑んだ。
「大丈夫よ。真っすぐ歩けば、きっとすぐに、ベリーパイが待っているわ!」
「もう、エヴェは食いしん坊なんだから……」
困った様に微笑んだフレデリックが、次の瞬間目の焦点を失って、そのまま地面に崩れ落ちた。
「え?フィー、ちょっと、大丈夫⁈ちょっと、まさか……」
地面に倒れたフレデリックの口元に手を持っていき、息があるのを確かめホッと息を吐いた。どうやら理由は分からないが、ただ寝ているだけのようだ。助けを呼びに行くにしても、この霧では進む方向が分からない。第一、私は10歳の少女で、同じく10歳のフレデリックを担いで運ぶことは不可能だ。
「完全に詰んだわ。お婆様の占い当たってしまった、厄日だわ」
私は風魔法を発動して、空に向かってあらかじめ決めていた救助要請の合図を送った。霧を裂いて、魔法は空の方向へ飛んで行ったが、霧で視界が遮られているので、確認は出来なかった。
「まさかのために、救助の時の合図を決めておいたけど、使うことになるなんて……」
フレデリックの体に異常がないか、もう一度確認するため地面にしゃがみこんだところで、私の目の前に緑の人外が突然現れたのだ。
「何……?誰?人?」
眩い緑の光が少し収まり、目を凝らして私は目の前の人らしいものを見上げた。はっきり言えば、心は大混乱だ。
『お前の魂は変わっておるのう。どれ、我の加護を与えてやろうかの?』
緑色の女性の形をした明らかに人外のそれが、嬉しそうに目を細めて私を見て微笑んだ。『加護を与える』と言われているのに、何故か貰ってはいけない気がする。
私は慌てて首を横に振った。これは完全に貰ってはいけないものだ。
「いえ、家訓で知らない人からモノを貰ったり、ついて行ってはいけないと決まっているので。いりません!」
目の前の人外は、更に目を細めて楽しそうに私を見つめた。私は目を逸らさずに、目の前の人外を観察した。女性らしい体形に、瞳は恐ろしいほど透き通っている。長い髪は緑、体も緑色に薄っすら発光している。美しいはずなのに、心がヒヤリとするほど恐ろしい。
『そうか、それは残念。そなたが拒むのであれば、仕方ない、その倒れている子供に与えようかの?』
「フィー、に……、そんな……」
人外が、地面に倒れているフレデリックをじっと見た。要らないと言って、素直に納得はしてくれないようだ。きっと、このまま引く気はないのだろう。どうしても貰わないといけないのなら……
「わ、分かりました。私が、頂かせていただきます……」
『そうかそうか、やはり欲しいか。そうじゃろ、我の加護は素晴らしいのだぞ。遠慮など、子供には不要じゃぞ。ほら、近こう寄れ』
人外は満足したように頷いて、近づいてきた私の頭に手を乗せた。私は覚悟を決めて瞳を閉じた。温かいような冷たいような不思議な何かが私の中に入ってきて、耐えきれずに私はそのまま気を失った。
「やく、び……だわ」
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