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第38話 王宮舞踏会②

「僕は先に一人で入場するから、あとで会場でね」

 フレデリックはこれ以上ここにいたくないと、急いで会場の入口に向かって行った。華やかなドレスを着ている私は、いつもより動きが制限されているので、残念ながら早くは動けない。

「俺たちは、ゆっくり行こう。見られたっていいさ。仲睦まじい姿を見せつけよう」

 マーティン様が私の手を取って、安心させるように微笑んでくれた。私はホッと息を吐いて、逸る気持ちを押さえて頷いた。


 入り口でそれぞれの招待状を見せると、舞踏会の会場となっている王宮の大広間へと入った。

「ユーイング伯爵令息、マーティン・ユーイング様、エリシーノ国アンデル伯爵令嬢、エヴェリーナ・アンデル様、ご入場です」

 広間に入る際には、入場する人物の名前が読み上げられる。私の名前が響くと同時に、会場にいた人々の視線が私に向かった気がした。

「あれが精霊の愛し子ね」「髪の一部が緑、珍しい、初めて見た」などと、好奇に満ちた言葉がいくつも私の耳に届いた。

 髪の一部、という言葉に、私はお爺様の魔道具が正常に作動していることに安堵した。ブローチ形の魔道具は、ドレスの胸元に着けている。これを着けていなければ、ほぼすべての髪が、緑色の状態なことがバレてしまう。

 この舞踏会には、各国の外交官も多く招待されているそうだ。勿論エリシーノ国の外交官も、この中に混じっているだろう。全ての髪が緑色だなんて知られたら、エリシーノ国の威信にかけて、即帰国するように圧力がかかるだろう。

「エヴェ、大丈夫?」

 緊張のあまり歩みが遅くなった私を、心配そうにマーティン様が覗き込んだ。私は大丈夫だと、頷いて見せた。ここで怖気づいていたら、社交界で味方を作ることは出来ないだろう。私はグッとお腹に力を入れて姿勢を正すと、顔中の筋肉を総動員して笑顔を張り付けた。


「マーティン、エヴェリーナ嬢、こっちこっち」

 広間の端のひと際目立つ集団から、突然声がかかった。全員が白を基調としたドレスと礼服だ。その集団の唯一の女性は、白を基調としながらもどこか蠱惑的なドレスを纏っていた。

 ミルクティー色の髪に琥珀色の大きな瞳、どこか庇護欲をそそる可愛らしい女性だ。彼女が悪役令嬢アリス・エヴァンズ侯爵令嬢。コーディー様の婚約者で間違いないだろう。

「ああ、待たせたか?アリス嬢も久しぶりだね。なんか少し、雰囲気が変わった?」

 アリス様を見て、マーティン様が首を傾げた。

「お久しぶりですわ。ええ、今日は趣向を凝らした装いですの。でも、コーディーは不満そうなので、ファーストダンスを踊ってから、着替える予定ですわ」

「趣向って?」

「それは内緒ですわ。それより、マーティン様のお隣の方を紹介してくださいませ」

 アリス様が、私の方へズイッと前のめりなった。アリス様の隣で、コーディー様が困った様に微笑んでいる。仲睦まじいことが、一目で分かる。きっとヒロインが現れても、この二人の間には入り込む余地はないだろう。

「隣国エリシーノ国から来たエヴェリーナ・アンデル伯爵令嬢だ。俺たちと同じ、魔法学園3年生だ。まだ内密だけど、婚約者なんだ」

 マーティン様は、アリス様に聞こえる程度の小さな声で私を紹介してくれた。私はアリス様を見て微笑むと、無言でカーテシーをした。

「彼女は事情があって話せないんだ」

「ええ、事情はコーディーから聞いておりますわ。アンデル伯爵令嬢。私はエヴァンズ侯爵家のアリスと申します。是非、アリスとお呼びください。私もエヴェリーナ様とお呼びしてもよろしいですか?」

 私は嬉しくなって、頷いた。残念ながら、許可を頂いても声に出して呼ぶことは出来ないのだが、せめてもの気持ちだと、声に出さずに「アリス様」と呼んでみた。

 アリス様はそんな私を見て、パッと微笑んだ。

「はい、エヴェリーナ様。早速名前を呼んでいただけて嬉しいですわ」

驚いている私の耳元で、アリス様が囁いた。

「コーディーには内緒なのですが、私は趣味の一環として読唇術を少々。ですから、短い文章なら唇を読めば何と言っているかわかりますの」

 まるで秘密を共有するいたずらっ子のような顔で、アリス様がクスクスと笑った。

「あとでゆっくりお話ししましょうね。でも、まずはコーディーとファーストダンスを踊って来ますわね。今夜のテーマは悪役令嬢ですの。張り切って踊ってまいりますわ」

 アリス様の言葉に、私は一瞬動きを止めた。今、悪役令嬢って言いました??


「エヴェ、俺と踊っていただけますか?」

 呆然とアリス様たちを見送っていると、マーティン様が私の前へ手を差し出した。周りを見ると、白を基調とした令嬢、令息がフロアで楽しそうに踊っているのが見えた。まずはデビュタントの若者の時間、というところだろうか。

 私は差し出された手を取って、優雅に微笑んだ。私たちを見た周りの貴族から、様々な反応が聞こえてくる。

「まぁ、素敵なお二人ですこと。一枚の絵のよう」「まさか婚約しているのかしら?」「対の装い?」「恋人だという噂を聞きましたわ」「我が国の愛し子に、恋人?」「ユーイング伯爵令息、次は私と踊ってくれるかしら?」予測の範囲を超える声は聞こえないが、外交官らしき男の呟きは、少し注意しておいた方がいいかもしれない。

「エヴェ?」

 私は気を取り直して微笑むと、マーティン様の手を握り直して、音楽に合わせてステップを踏み出した。少しだけ緊張気味のマーティン様のリードは、とても安定していて踊り易かった。何と言っても乙女ゲーム内の推しキャラと、舞踏会で踊っているのだ。今は純粋にこの時間を楽しみたい。


「エヴェリーナ様、お待たせ致しました。着替えてきましたわ。では、これからは乙女の語らいの時間ですわ。コーディーたちは、どうぞ学園の方々にご挨拶を。エヴェリーナ様には、私のお友達も紹介したいですわ」

 アリス様が、コーディー様とマーティン様に向かって意味ありげに微笑んだ。どうやらここからは、二人でのトークタイムのようだ。

「エヴェ、じゃあ俺たちは、キースたちのところにいるから、何かあったらすぐに来るから……」

 名残惜しそうに私の手を取ってから、マーティン様は去って行った。

「アリスもね。あまりエヴェリーナ嬢を困らせては駄目だよ」

 最後にコーディー様が念を押すようにアリス様を見てから、マーティン様の後を追って行ったのを見送って、私たちは会場に設置されている椅子に座った。

 私は逸る気持ちを押さえて、取り出したメモに気になっていたことをサッと書いて、アリス様に見せた。

【悪役令嬢とはなんですか?】

 いきなり、アリス様も転生者なのですか?とは流石に書くことが出来なかった。


いつも読んでいただきありがとうございます。

今週も不定期投稿ですみません。

よろしくお願いいたします。

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