第39話 王宮舞踏会③
「悪役令嬢、それは架空の設定なのですわ。エヴェリーナ様は、白薔薇を愛でる会をご存じかしら?」
白薔薇を愛でる会と言えば、転生者のコレット様が正体を隠して作っている同人誌を発行している会だ。まさかここでその名前が出てくるとは思わず、少しだけ驚いた。私はコクリと頷いた。
「まぁぁ、白薔薇を愛でる会は、隣国出身のエヴェリーナ様にまで知られておりますのね。それはとても嬉しいですわ」
知っていると言えるのかどうかは分からないが、ここはアリス様の話に無言で合わせておく。
「私はコニーとフレディ推しなのですけど、エヴェリーナ様は推しがいらっしゃいますの?」
私は紙に、【会の存在は知っていますが、会の本は読んだことはありません】と書いた。アリス様はそれを読んで、少しだけ残念そうな顔をした。
「そうですのね。お互いの推しを熱く語らいたかったのですが、知らないのなら仕方ないですわね。ああ、それから、この会のことはマーティン様にも内緒にして下さいね。コーディーに伝わってしまったら、必ず潰されますもの。それは困りますわ」
私はこくこくと頷いた。マーティン様に知られただけでも、きっと白薔薇を愛でる会は廃会にされそうだ。コーディー様が腹黒キャラなのは薄々感じていたが、婚約者のアリス様もそう思っているのか、絶対に内緒ですわ。と念を押されてしまった。
「ああ、そうですわ、悪役令嬢でしたわね。その本の中で、私はコニーの婚約者で、フレディとの仲を邪魔する悪役令嬢なのです。この舞踏会には、ファンの方も多く参加されているので、私も役になり切って悪役令嬢のような装いにしたのですが、コーディーが可愛いドレスの方が似合うと言うので、着替えましたの」
白を基調にした大人っぽいドレス(悪役令嬢らしいドレス)から、今は同じ白でも、天使のようにふわふわのドレスに着替えたアリス様は、とても可愛らしく可憐だった。
すっかり意気投合した私たちは、アリス様のお友達数名も加わって、すっかり仲良くなった。冬の休暇の間に、アリス様のタウンハウスでお茶会をする約束もして、マーティン様が迎えに来る頃にはすっかり友達になっていた。この国に来て、コレット様以外のお友達はいなかったので、とても嬉しい。
「では、エヴェリーナ様。また招待状を寮宛に届けますわね」
コーディー様に手を引かれ、ダンスフロアに向かうアリス様へ手を振って、私は隣に立っていたマーティン様の手を取った。
「随分仲良くなったんだね?楽しかったかい?」
私はこくこくとマーティン様に頷いて、満足だと示すように微笑んだ。
「そうか、それは良かった。けど、ちょっと妬けるかな。俺は男どもに囲まれて、綺麗なエヴェを独り占めできなかった。だから今から、2曲続けて踊る権利を貰ってもいいかな?」
マーティン様の申し出に、私はギョッとなってマーティン様を見上げた。だって、舞踏会で2曲続けて踊るのは、婚約者もしくは夫婦。それ以外なら、婚約者同然の立場だと宣言するようなものだ。それが暗黙の了解。
「エヴェ、休暇が終われば俺たちも4年生だ。君が帰国するまで2年。俺としては少しでも、エヴェと俺の仲を確かなものにしておきたい。先ほど、父上たちには踊ることを宣言してきた。任せると言われたから、俺の判断だけど、踊っていただけますか?」
私はマーティン様の真剣なオレンジ色の瞳を見つめて、どうすればいいか考えようとしたが、まったくいい考えが浮かばなかった。だって、マーティン様がとても素敵だったから……
私は考えることを完全に放棄して頷くと、マーティン様の手をきゅっと握り返した。
「ありがとう。エヴェ、愛しているよ」
私の耳元で嬉しそうなマーティン様の囁きが響いて、そこからはふわふわと気持ちが舞い上がってしまい、残念ながら記憶が曖昧になってしまった。
正気に戻った頃には、2曲目の音楽が終わっていた。息を整えている私の耳には、いろいろな声が聞こえてきた。覚悟していた以上の声が聞こえてきた時点で、私は居たたまれなくなって聞くことを止めた。
「エヴェ、顔が赤いね。大丈夫?」
私は静かに首を横に振った。大丈夫ではない。恋人同士だと言われることまでなら、覚悟して聞く耳を持っていたが、それ以上の赤裸々な予測が耳に飛び込んできたのだ。聞こえていないと思って、好き勝手なことを言っているのだろうが、ほとんど聞こえている。ああ駄目、恥ずかしすぎる。
「そうか、じゃあ少し休憩しよう。バルコニーに飲み物を持って行こうか」
精神的ダメージで、私は素直にマーティン様についてバルコニーに出た。まさかその行為が、更なる噂の種になるとも知らずに……
Sideマーティンの独占欲
2曲続けて踊って欲しいと言ったのは、一種の賭けだった。断られても仕方ないと思っていたが、エヴェは困惑しながらも頷いてくれた。
「ありがとう。エヴェ、愛しているよ」
思わず告げてしまった言葉は、エヴェの頬を赤く染めて、その姿をますます愛らしいものに変えた。俺は気持ちが舞い上がったまま、エヴェの手を取ってステップを踏み出した。
踊っている間も、他の令息たちの視線がエヴェを追いかけていることには気づいていた。その視線を遮るようにエヴェを引き寄せ、少し大げさにターンを決めた。エヴェは俺の婚約者なんだと言ってしまいたいが、流石にそれをすれば拙いことも分かっていたから、せめてもの抵抗だ。
2曲続けて踊ることで、自分はエヴェの特別なんだと主張したかった。2曲目を踊り終わると、エヴェの表情が赤く染まっていた。ダンスは体力がいる。初めての舞踏会で続けて2曲踊らせてしまったため、疲れさせたのかと心配になって、バルコニーで休憩しようと誘った。
向かう途中で、アルコールのない飲み物を2つ取ると、そのまま人気のないバルコニーに出た。冬の初めだけあって、外は冷えていたが温まった体には心地よかった。
「冷えるから、これを着て」
俺は上着を脱ぐと、エヴェの肩にそっと掛けた。背の低いエヴェが、俺の上着にすっぽりと包まれるのを見たら、何とも言えない気持ちになった。綺麗なエヴェ、可愛いエヴェ、どちらも兼ね備えた俺の婚約者、最高だな。
暫く澄んだ夜空を見上げながら、感動に打ち震えていると、エヴェが心配そうに上着を返そうと差し出してきた。どうやら寒さで震えていると思われたようだ。
「ああ、寒くないよ。……ごめん、着ていて欲しい」
小首をかしげてエヴェが俺を見たところで、バルコニーに出るための扉が開いて、キースとクリスが顔を出した。
「お邪魔だったかな?でもさ、これ以上バルコニーにいたら、噂好きの貴族の格好の餌食になると思ってさ。それにここ、ちょっと寒すぎない?」
キースの言葉に、エヴェがハッとバルコニーから会場を見て、サッと顔を青ざめさせた。
「ああ、そこまで気にしなくてもいいさ。僕たちも暫く一緒にいて戻れば、バルコニーで待ち合わせしていただけだって、言い訳が出来る。余計な声は聞かなくていい」
クリスの言葉に、エヴェは動揺を落ち着かせ、素直に頷いた。俺は少しだけ面白くない気分になった。
読んでいただきありがとうございます。
今週は、これで投稿終わりです。
来週も2話は投稿できるように頑張りますので、よろしくお願いいたします。




