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第37話 王宮舞踏会①

「え、匂わせ?」

 前世の記憶で、つい呟いてしまった言葉に、マーティン様が首を傾げた。

「あ、ううん、何でもないです!気にしないで下さい」

 今世で匂わせなんて言葉は存在しない。厳密には、貴族が牽制する時などに使う手法にないこともなさそうだが、説明するのは難しい。

「婚約者だと言えないことは残念だけど、こうして揃いの衣装で舞踏会に出ることで、エヴェを狙っている令息を牽制出来るのは、いい方法だと思う。それが母上の提案なのは、ちょっと気になるけどね」

 そう、それがまさに匂わせです。

「頂いた婚約指輪もつけられないのは残念ですが、そうですね。マーティン様のエスコートで、デビュタント出来るのは嬉しいです」

 私の言葉に、マーティン様が嬉しそうに微笑んだ。私にとっても、マーティン様を狙う令嬢たちに対する牽制になるはずだ。だから敢えて言っておこう、匂わせバンザイ。


 タランターレ国は、5カ国の中で最も北に位置する国だ。真冬になれば王都にも雪が降るそうだ。雪を見るのは、今世では初めてなので少し楽しみだ。冬の初めの王宮舞踏会は、王都より北に位置する領地が雪で移動できなくなる前に開催される。

 16歳になった貴族令嬢と貴族令息は、この冬の初めの舞踏会で社交界にデビューすることが多い。エリシーノ国に帰らない(帰れない)私とフレデリックも、この舞踏会で社交界に入る。残念ながらフレデリックには、恋人も婚約者もいないのでエスコートする相手はいないのだが……


「なに、この手紙の束は……」

「ああ、これは僕宛に届いた手紙。どれも、舞踏会でエスコートして欲しいって内容かな?」

 定期報告をするために、ガゼボに来たフレデリックの手には、片手では持てないほどの手紙の束が握られていた。

「そうね、そうだったわ、フィーはモテたんだわ。クリスティアン様たちを毎日見ていたから、冷静に弟の容姿を見誤っていたわ」

「なにそれ。クリスと比べられたら、どんな完璧な容姿の男も霞むよ。その基準は、すぐに訂正するべきだよ」

 傾国の美女も、クリスティアン様を目の前にしたら裸足で逃げ出す、なんて言われている美貌の貴公子だが、性格は少し過激な部分がある。それは彼の生い立ちに関係している。

 乙女ゲーム公式ブックによると、両親の愛を得ることなく、魔法学園に入学するまでを魔法省の管轄する施設で育ったクリスティアン様は、表面上は穏やかに見えているが、内面はかなり複雑な性格だ。

 クリスティアンルートは人気だったが、溺愛ルートに入ってから仲が拗れると、そのまま監禁ルートに入ってバッドエンド、という裏ルートがあるのだ。完全に罠である。

 これでもキース様たちと出会い、攻撃的だった性格もかなり丸くなったと聞いている。味方なら心強いが、敵に回したくないタイプだ。

 本来と言っていいかは分からないが、乙女ゲームのストーリーでは、3年生の時に転校してきたヒロインと出会い、孤独だった心を癒してくれたヒロインと恋に落ちるはずだった。

「そうなのよ、もうその3年生が終わってしまうわ。ヒロインはどこに行ったのかしら?」

 この世界は、乙女ゲームのはずだ。でも、私の知っている【聖なる乙女の祈り】とは全然違っていた。同じ転生仲間のコレット様も言っていたが、ヒロインが聖女だと仮定するなら、天界樹に祈りを捧げる聖女様たちは、現在全てガレア帝国にいるのだ。

 でも、悪役令嬢エヴェリーナ(私)と悪役令嬢アリスは存在している。舞踏会では、そのアリス様には会える。コーディー様が大切にしているアリス様は、果たして悪役令嬢なのか?

「エヴェ?」

「あ、ううん、何でもないの。それでフィーは、誰かのエスコートをするの?」

「いや、僕の知らない令嬢ばかりだし、何を基準に選んだらいいか分からない。特定の誰かを選ぶと角が立つし、期待にも応える自信がないよ。僕は一人で参加しようと思う」

 冬の王宮舞踏会は、パートナー同伴でなくても参加できるので、一人で参加する貴族も多いそうだ。デビュタントの場合、パートナーのいない令嬢は、父親や兄にエスコートを頼むことが多いそうだが、令息は単身での参加も多い。

「ごめんね。私がパートナーになれればよかったのだけど」

 お揃いのデザインで姉弟が並ぶ。双子コーデで舞踏会に参加するのも、ちょっといいなと思っていたのだ。

「う~ん、それはマーティンに恨まれるから、遠慮しておくよ。エヴェは綺麗に着飾って、マーティンを狙う令嬢たちを、頑張って蹴散らしてよ。僕は遠くから、見学しているからさ」

「なによ、それ。私は見世物じゃないわよ……」

「でも間違いなく、注目されるよ。精霊の愛し子が留学してきている噂は、社交界でも伝わっているし、学園生以外は、この機会に見てみたいって思うのが噂好きの貴族ってやつじゃないか」

「なにそれ、本当に見世物になった気分だわ」

 フレデリックの言葉に気が重くなったが、ここで参加しておかないと今後社交界に参加し辛くなるのも分かっている。エリシーノ国に帰るまでに、タランターレ国の貴族との繋がりを少しでも得て、マーティン様と私を応援してくれる人脈を作りたい。

「仕方ない、気合を入れて乗り切るわ!」


 冬の王宮舞踏会は、冬の始まりに王宮で開かれる。冬に行われる舞踏会の中では一番規模が大きく、16歳になった貴族令息、令嬢の社交界デビューの場にもなっている。デビュタントの令嬢は白を基調にしたドレスを纏い、令息も白を基調にするのが慣例だ。

「すごい。華やかだ。白の装いの人も、結構いるね」

 マーティン様の馬車に同乗してきたフレデリックが、装飾された王宮を見上げて思わず感嘆の声を上げた。

「国中の貴族が参加するからね。普段は領地にいて魔法学園には通ってない者も参加するから、それなりの人数になるな。さあ、エヴェ、お手を」

 先に降りていたマーティン様が、馬車から降りる私に手を差し出した。白い礼服を着こなしたマーティン様は、まさに麗しい貴公子だ。同じく白を基調にした礼服を着こなしたフレデリックと共に、会場前にいた貴族令嬢、貴婦人の視線を集めている。

「もう、注目されているな。綺麗なエヴェを見せるのは困る、このまま連れ去りたい」

 注目されているのはマーティン様だと思うが、視線から守るようにエスコートされれば、まるで私自身が宝物にでもなった気分だ。思わず照れて頬が緩んだ。

「エヴェ?そんなに可愛く微笑んだら、本当に攫いたくなる。君の笑顔を見て、令息たちがこちらを見て頬を染めているし……」

 私とマーティン様がもじもじしていると、側に立っていたフレデリックが私とマーティン様の間に入った。

「ああ、もう、こんなところでイチャイチャしてないで、さっさと入場口に行くよ。僕は注目されるのも、限界だから!」

 気づけば、入り口前で待機している貴族の視線が、私たちに向けられていた。


読んでいただきありがとうございます。

今週は、ここまでです。来週も2話は投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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