第36話 デビュタントともう一人の悪役令嬢
「マーティン様、私は覚悟を決めました。もしも2年半後エリシーノ国に帰国しなければいけないのなら、私と一緒に来ていただけますか?」
私の言葉に、マーティン様は力強く頷いて私を抱きしめた。
「ああ、勿論だ。俺はエヴェと一緒に、どんな運命だって乗り越えてみせる」
「ありがとうございます。あなたとなら、本当に何でも乗り越えれそうです」
私たちは強く抱きしめ合ってから、お互いを見つめて微笑んだ。
「え、外交官になるのですか?」
いつものガゼボで近況報告が終わり、今後の対策の話になると、マーティン様は「事後報告ですまない」と前置きをして、「俺は外交官になろうと思う」と言った。
「ああ、俺はエリシーノ国に伝手はないし、2年半後エヴェと一緒に行くにしても、立場がなければ何も出来ない。そのことを父上に相談したら、外交官になればいいと言われた。といっても初めは外交官見習いなんだけど、それならタランターレ国の後ろ盾を得た形で、俺の立場も保護されるだろうって言われたんだ。もちろん誰でもなれるわけではないから、5年生の時に見習いになるための試験を受けることになる。受かりさえすれば父上の口利きで、エリシーノ国に赴任する外交官に見習いとして同行できるように取り計らうことは可能だと言われた。だから、まずは合格できるように、試験勉強を始めることにした」
「外交官試験は難関だと聞いたことがあります……」
「そうだね。まあ、そこは得意分野も含まれているから、必死に勉強さえすれば受かる自信はある」
不安そうな私を見て、マーティン様は微笑んだ。世界情勢や政治経済、全てが情報だというのなら、マーティン様の得意分野に違いない。
「では、私も一緒に勉強します。今、タランターレ国とエリシーノ国の法律を調べるために、図書館に通っているので」
「法律か。確かに法律も試験科目に入っているな。よし、放課後のデートは、図書館に変更だ」
その日から、私たちは放課後、図書館の端を定位置に決めて、毎日勉強をすることにした。外交官関連の勉強に加え、3年生の後期は課題も多く、勉強する時間はいくらあっても足りないくらいだ。
後期試験前には、コーディー様、キース様、クリスティアン様、フレデリックも合流して一緒に勉強をした。それ自体は、教わることも多く良かったのだが、フレデリックとマーティン様以外のメンバーは、乙女ゲームの攻略対象だ。つまり兎に角目立つ。図書館の一角は、女生徒の注目を集めるには十分な、華やかな空間と化していた。
白薔薇を愛でる会の会長であるコレット様のお陰で、女生徒からの嫌がらせは無くなっていたが、図書室で遠巻きに嫉妬と羨望の視線を向けられるのは、仕方がないこととはいえ気が重かった。
「綺麗なだけの女」「喋れないのに何がいいのか分からない」「男を侍らせて何様のつもり」など、直接的な攻撃はないが、私に聞こえる声は相変わらず辛辣なものが多かった。
「エヴェ?どうかした?」
私が固まっていると、マーティン様が心配そうに私の顔を覗き込んだ。私が何でもないと首を振ると、側で見ていたクリスティアン様が図書館の一角をサッと睨んだ。
「陰口なんて気にしなくていい。言いたいことがあるなら、直接言えばいい。それが出来ないやつの言葉なんて、気にするだけ無駄だ」
耳のいい私だけに聞こえていると思っていた声は、クリスティアン様の耳にも届いていたようだ。私が驚いていると、クリスティアン様が図書館の一角に向かって、にこりと微笑んだ。
「きゃああああ!」
クリスティアン様の微笑みを見た図書館の一角から、黄色い悲鳴があがった。外で待機していた司書が、声を聞きつけて、騒がしい女生徒たちを外へ連れ出した。
「これで静かになった。そもそもこの図書館は、人数制限があるはずなのに、どうしてこんなに生徒が入っているんだ?」
この図書館は、昔の生徒がふざけてかけた魔法のせいで危険な図書館になったそうで、たまにその魔法が誤作動を起こし、年に数名の生徒が迷子になって数日遭難することがあるらしい。
「試験前だから、特別措置で人数制限を緩めているんだよ。まさか、僕たちを見学に来る生徒がいるなんて、学園側も予想できないよね。クリスのお陰で静かになったね」
コーディー様が良かったと言って、少し悪い顔で微笑んだ。
「そうだ、この試験が終わったら後期も終わって、僕たちの社交界デビュー、エヴェリーナ嬢はデビュタントだよね?僕の婚約者のアリスに話したらさ、ぜひ友達になりたいって言っていたんだ」
コーディー様の婚約者、アリス・エヴァンズ侯爵令嬢といえば、乙女ゲームに出てくる悪役令嬢の一人だ。コーディー様ルートに入ると、コーディー様と仲良くなるヒロインを虐めるのが彼女だ。
体が弱く甘やかされて育った悪役令嬢アリスは、ヒロインを害そうとしてコーディー様から婚約破棄されるのだが、現実的に考えると、婚約者に手を出されて怒るのは当然な気がする。確かに、ヒロインを害するのは行き過ぎた行為ではあるけれど……
私はコーディー様に向かってこくこくと首を縦に振った。魔法学園に入学してもうすぐ1年が経とうとしているが、いろいろな事情で女友達と言える人物がほとんどいない残念な状況なのだ。
【ぜひ、お友達になりたいです】
私は紙にそう書いて、コーディー様に差し出した。
「そうか、良かった。じゃあ、王宮の舞踏会で紹介するね。アリスもデビュタントなんだ」
同じ悪役令嬢として、ここはぜひ仲良くなりたい。もしかしたらコレット様のように、転生仲間の可能性もあるかもしれないし……
私たちは、それぞれの課題をこなしながら、後期試験までの時間を過ごした。あれからも、嫉妬や妬みのこもった陰口を言われていたが、直接面と向かって言われることはなかった。直接言われても、私が話せない状況なので、それはそれで困ると気づいてからは、クリスティアン様の言う通り気にしないことにした。
「今日で試験は終了だ。結果が出るのが5日後、成績が悪いものは追試があるので、忘れずに確認すること。寮生は、寮を出る時は、係りの者に外出届を出してから行くように。毎年数名の生徒が出し忘れて帰るから、その度に安否確認をする教官は大変なんだ。では、新学期まで、何も問題を起こさずに過ごして……。王宮舞踏会に参加する生徒は、特に羽目を外さないようにね。問題が起こったら、僕たちも巻き込まれるから」
3年生最後のホームルームは、モリス先生の愚痴のような注意喚起で締めくくられた。
王宮舞踏会は10日後、王宮の大広間で開催される。私はマーティン様のエスコートで、デビュタントすることになっていて、先日領地にいるお義母様から素敵なドレスが届けられた。同時刻に、そのドレスの対のような礼服がマーティン様にも届いたそうで、お義母様の意気込みに、マーティン様は若干引き気味だ。
「婚約したことは内密なのに、対の装いだなんて、明らかにそうだと言っているみたいだ」
デビュタントは白を基調にするのが慣例で、それはエリシーノ国でも同じだ。白のシフォンドレスの胸元と袖には、オレンジ色の刺繍と緑色のビーズが縫い込まれていて、とても可愛い仕上がりだ。同じくマーティン様の着る礼服の襟袖には、同じデザインで銀色の刺繍と緑色のビーズが縫い込まれていた。お義母様曰く、互いの色を同じデザインで入れるのが、今の流行なのだそうだ。
「これが俗にいう、匂わせ?」
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