第35話 私の覚悟
「ねぇ、聞かなくても分かるけど、一応聞くね。マーティンと喧嘩した?」
馬車に乗り込んでユーイング伯爵邸が見えなくなった頃、フレデリックが私の方を見て唐突な質問をしたので、私は思わずゴホゴホッと咳き込んだ。
「ゴホ、何を、言っているの?……喧嘩じゃないわ、多分?少し意見が食い違っただけよ」
私はフレデリックに、マーティン様から卒業後、一緒にエリシーノ国に行くと言われたことを話した。そして、ほんの少し言い合いになって気まずい雰囲気なのだと説明した。
「うん、大体のことは分かった。おめでとう、初喧嘩だね。喧嘩するほど仲がいいって言うから、その事は前向きに考えるとして、問題はエヴェだね」
「私?」
「本当は、もう分かっているんだよね?マーティンの言ったことは、現状一番いい方法だって。エヴェに足りないのは、マーティンを巻き込む覚悟だよ。マーティンはもう覚悟を決めているんだよ」
「巻き込みたくないわ。これは私の事情で、マーティン様は領主を諦めてまで私について来るべきじゃない……と思う」
言いながら、じゃあどうすればいいのかについては、何も考えられなかった。
「残念ながら、もうすでに十分巻き込んでいて、その上でマーティンは答えを出した。答えが分かっているのに、エヴェはその答えを避けているだけだ。離れてしまって、どうやって緑の精霊に認めてもらうのさ?」
「それは……、努力するつもりよ」
「どうやって?」
「そ、卒業する前に、緑の精霊に真実の愛だって認めてもらう、とか」
「それってエリシーノ国からタランターレ国に、嫁入りできるほどの理由になるかな?むしろ、認められたらマーティンもエリシーノ国で暮らすように言われるんじゃないかな?」
「じゃあ、どうするのよ?あと2年半、それまでにエリシーノ国が私をこの国に留めてくれる許可なんて、絶対に無理だわ。でも、私はマーティン様に領主になる未来を諦めて欲しくない」
目の前に座るフレデリックの顔を見て、私はまるで鏡に映し出された自分と向き合っているような感覚になった。自問自答するならば、答えは知っている。知っているのに、それを認めたら、マーティン様が領主になる未来を断ち切ってしまうような気がして怖いのだ。
未来を奪わないために、マーティン様から手を引く?それは無理だ。
「私は、欲深いのね……。それでも、私はマーティン様の手を離すことが出来ない……」
「それでいいと思うよ。エヴェには双子の僕がいる。その欲深さも半分は僕が背負うよ。だから、今は最善を尽くそう。それでもマーティンに負い目を感じるなら、それも僕が半分背負うからさ。運命に抗ってみよう」
緑の精霊の愛し子、癒しの光が使えて、魔石で髪色は誤魔化しているけど、髪色だけ見ても加護の強さは一目瞭然。こんな私に、普通の幸せを願うことが出来るのだろうか。
これが運命だというのなら、この呪いを返して、自由になるために運命に抗うしかない。
「分かったわ。私も腹をくくる。私はマーティン様を巻き込んで、二人で幸せになるために足掻くわ。そのためにマーティン様がエリシーノ国に行ってくれるなら、その覚悟に私は報いる」
私の決意を聞いて、フレデリックはホッとしたような表情で頷いてくれた。
「取り敢えず良かった。じゃあ、学園が始まったらすぐに話し合って、マーティンと仲直りするんだよ」
「うん、そうするわ。ありがとう、フィー」
覚悟が決まれば、不思議と心が軽くなった。馬車の窓から外を見れば、美しいユーイング伯爵領の景色が広がっている。ここでマーティン様が領主になって、私はマーティン様を助けながら領地を盛り上げていく。マーティン様に似た可愛い子供たちと、温かい家庭だって築くのだ。そんな未来を想像して、ふふふと微笑んでいると、それを見ていたフレデリックに「気持ち悪い」と言われてしまった。誠に遺憾である。
王都の魔法学園寮に戻ってからは、少しでも現状を打開したいと学園内にある図書館に通った。緑の精霊に関する文献は見つけられなかったが、今後何かの役に立つかとエリシーノ国の法律、タランターレ国の法律を調べた。同じような法律だと思っていたが、国が違えば法律も違う部分が多く、夢中になって比較していると残りの夏休暇はあっという間に過ぎていた。
「久しぶり、でもないか?元気だった?」
夏季休暇が終わり、魔法学園の後期が始まった。少し日焼けしたマーティン様が、緊張した面持ちで私に微笑んだ。ユーイング伯爵領で気まずい雰囲気になってから、数回伝書蝶でやり取りはしたが、当たり障りのない内容で、核心部分の話は避けていた。
「元気でしたよ。マーティン様は少し日に焼けましたね」
「ああ、そうかもしれない。エディオンが元気になって、外へ出ることが多かったんだ」
癒しの光で元気になったエディオン様は、私が帰ってから7日後、偶然観光に来た治癒魔法師によって、奇跡的に病気を完治することが出来た、とユーイング伯爵が発表したそうだ。
若干、無理やり感はあるが、ここは言い切ったもの勝ちだろう。公に発表されたことで、エディオン様の療養中の演技は終わり、晴れて表に出ることが出来るようになった。これまで体調を崩すエディオン様は、遠くまで出かけることを禁じられていたそうだ。
制限がなくなったエディオン様は、これまでのうっ憤を晴らすように、マーティン様を連れ出していろいろな場所へ行ったそうだ。
「エディオンが元気になったと噂が広まると、父上の元には、その治癒魔法師の問い合わせが多く寄せられたよ。勿論本当のことは言えないからね、治癒魔法師は名前も出身も名乗らず、報酬だけを受け取ってすぐに立ち去ったのだと説明しているよ」
「そうですか。エディオン様も問題なく元気なら、良かったです。初めて使ったので、その後の経過を心配していました」
「元気過ぎて困るくらいさ。あいつも13歳、本来なら魔法学園に入学する準備をするんだが、ここへは来ないそうだ」
病弱だったエディオン様は、元々魔法学園には入学予定ではなかったそうだ。その息子が元気になったことで、喜んだお義母様が張り切って準備をしようとした。ところがエディオン様は、魔法学園の入学はしないと言ったそうだ。
「エディオンは、アウレリーア国に留学を希望しているんだ」
「アウレリーア国?」
「ああ、体が弱かったエディオンは、絵を描くのが唯一の趣味だったんだ。腕前はかなりのもので、ユーイング伯爵邸に飾ってある絵の半分は、あいつが描いたものだ」
「それは凄いですね。滞在中に絵画を拝見しましたが、どれも素晴らしかったです。その半分がエディオン様の描いたものだとは、知りませんでした」
「アウレリーア国には芸術に特化した学校があって、そこにエディオンが尊敬する芸術家が講師として在籍しているそうだ。将来は芸術家になると言って、我が家で一波乱あった……。特に母上が過保護だからな」
私にはそれが、エディオン様なりの意志表示な気がした。きっと何があっても、領主はマーティン様がなるべきで、エディオン様は自分で、将来行くべき道を探すのだと。
エディオン様の気持ちを思って、私はさらに自分の責任を重く受け止めた。私も、進むしかない。
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