第34話 秘密(チート)が増えました
内心冷や汗をかきながら、私は喜んでいるエディオン様とマーティン様を見ていた。
『愛し子よ。我は帰るが、そろそろ我の森に来る気になったかのう?小僧たちは気づいておらんようだが、今回の件でそなたの立場は益々危うくなった。王宮に囲われて、一生囚われの身になる前に、我のところへ来る方が良いのではないか?』
緑の精霊が私の耳元で、楽しそうに囁いている。私はじっと緑の精霊を見て、静かに首を横に振った。
『それは残念じゃのう。気が変わればすぐに呼ぶがよいぞ。いつでも歓迎してやるからのう』
緑の精霊は、どこまでも透明な瞳を細めて微笑んだ。私が引きつった笑顔を浮かべると、その表情を見て満足したのか、次の瞬間には姿が消えていた。
その後、雨でずぶ濡れのまま屋敷に戻った私たちは、出迎えたお義母様を盛大に驚かせてしまった。特に体の弱いエディオン様の姿を見ると血相を変えて、すぐに侍女を呼んで治癒魔法師を手配するように指示を出した。
慌ててエディオン様が、お義母様にもう病気は治ったので大丈夫だと言ったが、お義母様はエディオン様が熱を出して正気ではないと勘違いして、侍女に薬の手配を追加した。
見かねたマーティン様が、私の加護の力で、本当にエディオン様は健康になったと説明したが、お義母様は半信半疑でエディオン様の額に手を当てた。
「熱は、無いわね……。では、本当に、この子は元気になったの?」
エディオン様が頷いた瞬間、お義母様は安堵から床に座り込んで泣き崩れた。心配になって近づく私の手を、お義母様は握りながら涙を流し、何度も何度も感謝の言葉を述べられた。この時は、厄介な加護も少しだけいいもののような気がしてきたのだが……
大雨で視察を切り上げてきたユーイング伯爵と弟のフレデリックに、湖であったことを詳しくマーティン様が説明すると、二人は揃って顔を青くした。そして、頭を抱えて同じ言葉を繰り返した。
「それはマズい。凄く拙い!」
事の大きさを理解していないお義母様とエディオン様は、どこが拙いのかと少し不機嫌になったが、マーティン様は流石に新たな加護が、今後の私たちに与える影響の大きさに気づいたようだ。
「エヴェ、ごめん。俺、エディオンが元気になったことに浮かれて、その事に気づけていなかった」
シュンとうなだれるマーティン様に、私はフルフルと首を振った。大切な家族が長く患っていた病気が、治ったのだ。浮かれてしまっても仕方がない。それよりも、今後の対策が先決だ。
「とにかく、このことは内密に。知られてしまえば、エヴェリーナ嬢がマーティンの嫁に来ることは叶うまい。幸い知っている人間も、ここにいる者だけだ。エディオンが元気になったのは、偶然通りかかった治癒魔法師が優秀で、たまたま治ったことにしよう。勘繰られると厄介なので、エヴェリーナ嬢が魔法学園に帰ってからしばらくしてのことにして、それまでの間は、エディオンは寝込んでいるフリをしなさい」
ユーイング伯爵が皆に指示を出し、厳重な箝口令を出した。お義母様とエディオン様も、私が嫁に来られないのは困ると、箝口令に賛成した。そして、雨に濡れたエディオン様は寝込むこと(演技)になった。
せっかく元気になったのに、演技をさせてしまうことを申し訳なく思っていると、エディオン様が私の前に立った。
「今から寝込むので、帰るまでに会えないかもしれない。だから今言っておく」
エディオン様は、そう言うと私の手をとり、ぎゅっと握りしめた。
「ありがとう、エヴェリーナ嬢。何度感謝してもしきれないけど、本当にありがとう。あなたのお陰で、僕は未来に希望が持てる。ずっと、諦めることしかできなかった。そんな僕を、あなたが救ってくれた。何も出来ないけど、エヴェリーナ嬢が僕の義姉上になってくれることを祈っているし、協力は惜しまないと誓うよ」
エディオン様はそう言うと、幼さの残る笑顔を見せた。いつも私には仏頂面しか見せていなかったが、笑うとマーティン様によく似ていた。話しかけることのできない私は、エディオン様の手をぎゅっと握り返した。
エディオン様が寝室に引き上げ、ユーイング伯爵夫妻はフレデリックと話し合いをするため応接室へと向かった。残された私とマーティン様は、夕食の準備が整うまで、中庭に行くことにした。
降っていた雨はすでに上がり、夜の庭を照らす明かりを受けて、木々や花はしっとりと輝いている。私は誰もいないことを確認すると、胸のペンダントを握りしめた。
「マーティン様、私に話さないといけないことが、ありますよね?」
マーティン様は、私の言葉にピタリと動きを止めたが、観念したように頭を掻くと、私に向き直った。
「黙っていてごめん。勝手に決めたことも謝っておく。でも、もうこれは決めたことだから、エヴェにも認めて欲しい。俺は、卒業後、エヴェが帰国しなくてはいけないなら、一緒にエリシーノ国についていく」
先ほどのエディオン様の言葉で、ある程度の予測は立っていたはずなのに、マーティン様から直接その事実を言われると、何とも言えない苦い気持ちが込み上げてきた。
「……勝手です。私のために、マーティン様は自分を犠牲にするのですか?」
「犠牲だなんて思っていない!俺がそうしたいから、一緒にいたいから、ついて行くんだ」
ユーイング伯爵領の次期領主。そのために努力していたマーティン様を、私は痛いほど知っている。それなのに、その未来を、私の為に……?それを犠牲と言わずして何と言うのだろう……
「マーティン様の気持ちはわかりました。でも、そんなこと私は望んでいない」
「エヴェ?」
「もしついてきたとして、私が帰国後二度とこの国に行くことが出来なかったら、その時はどうするのですか?マーティン様は、私を置いてこの国に戻ってくれますか?それとも一生エリシーノ国に住みますか?」
「それは……」
グッと息をつめたマーティン様に、私は困った様に微笑んで首を振った。
「ついて来るということは、その覚悟をするということだわ」
「エヴェ……、俺は君との未来を信じている。だから、その未来を勝ち取るために、ついて行くんだ。エヴェも未来を信じて欲しい……」
真摯なオレンジの瞳に、私は素直に頷くことが出来なかった。緑の精霊の愛し子で、癒しの光の加護。自分で言うのは烏滸がましいが、私は国の宝になるだろう。隣国の伯爵令息に、差し出す国が何処にあるんだろう。
「少し時間をください」
マーティン様が傷ついた表情を浮かべたが、私はそれ以上何も言えなかった。
ギクシャクとした雰囲気のまま3日が過ぎ、私とフレデリックは予定通り魔法学園に帰るため、ユーイング伯爵領を立つことになった。
寝込む演技中のエディオン様は出られなかったが、ユーイング伯爵夫妻とマーティン様が屋敷の門まで見送りに来てくれた。私は複雑な気持ちのまま微笑んだ。
「エヴェ、俺が学園に戻ったら、改めて話そう。それまでに、俺ももう一度ちゃんと考える。だから、エヴェも俺の言ったこと、考えて欲しい」
私はマーティン様の瞳を見つめて、コクリと頷いた。私たちの未来を考えよう。婚約しただけでは、乗り切ることのできない現実を思って、私は再び痛みだした胸をそっと押さえた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
不定期投稿ですみません。今週、あと一話投稿予定です。
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