第33話 緑の精霊の加護は、光属性でした
雨脚が激しくなり、丘を下るマーティン様が少し速度を上げて細い道を下りていく。私の足ではついて行くことが難しく、少し距離が開いた。ふと横を見ると、ちょうど湖に向かう道があり湖の一部が見えた。
「エディオン様?マーティン様……」
私の声は、雨の音に遮られ、少し前を行くマーティン様には届かなかったようだ。目を凝らすと、湖の柵に手を掛けるエディオン様が見えた。思い詰めた表情で、今にも湖に飛び込みそうな雰囲気だ。
私は慌てて、湖に向かって横道を駆け下りた。ぬかるむ道に足元を取られながら、何とか湖へとたどり着き、そのまま無言でエディオン様の右腕を掴んだ。
「な、んで、エヴェリーナ嬢が……離してください!僕は、今から死ななければならないんです!」
死ぬと言われて、離すことなんて出来るわけがない。話すことが出来ず、必死で首を横に振りながら、両手で右腕を強く掴んだが、残念ながら非力な貴族令嬢の腕力では、13歳の少年を落下しそうな体勢から引き戻すことは出来なかった。
暫く頑張ってみたが、重みで手と腕が痺れだし、これ以上は限界を感じていた時だ。突然耳元で声がした。
『なにをしておるのじゃ?』
私は横に立つ緑の精霊を見て、「マーティン様を呼んできて欲しい!」と心の中で叫んだ。思いが通じたかどうかは分からないが、緑の精霊はフッと消えた。消えた後で、「エディオン様を助けて」と言えばよかったと後悔したが、既に緑の精霊の姿は無かった。
長いような短いような時間が過ぎ、このまま一緒に湖に落ちる覚悟をした頃に、突風が吹いてエディオン様が陸の方へ飛ばされた。腕を必死で掴んでいた私は、その反動で地面に倒れ込んだのだ。
「死にたいと言ったのか?エディオンがどうして……」
『それは本人に聞けばよいじゃろ?』
緑の精霊は、エディオン様の方を見ると、パッと手を振った。
「ん、うんん……あれ、ここは……」
「エディオン、大丈夫か?」
マーティン様の声に、フッとエディオン様の焦点が合った。
「あ、兄上?僕は……」
ハッとして、エディオン様が慌てて飛び起きると、再び湖の柵に手を掛けた。何が何でも湖に飛び込みたいようだ。勿論そんなことを、マーティン様が許すはずもなく、エディオン様の体はマーティン様によって抱え込まれた。
「兄上、お願いです。離してください。僕が死ねば、後継者は兄上だけです。そうすれば、兄上はここに戻って来てくれるでしょう?」
エディオン様の言葉に、マーティン様がグッと息をつめた。
「馬鹿やろう!お前が死んでしまったら、俺は一生自分を許せなくなって、ここへ戻ろうなんて思えなくなるぞ。それでいいのか⁈」
脅し文句に、湖に飛び込もうと暴れていたエディオン様の動きが止まった。
「じゃあ、僕はどうすればいいんですか?病弱で役立たずなのに。僕が領主なんて無理です。兄上、お願いです。この国を出て行かないで下さい!」
エディオン様の言葉に、私は驚いてマーティン様を見た。国を出る?私の顔を見て、マーティン様が気まずそうに目を逸らした。
「エディオン、その話はここでは……」
「兄上、もしかしてエヴェリーナ嬢に言っていないのですか?僕は、全て知っていて、同意しているのかと思っていました」
私は首を横に振って、知らなかったと示した。それからじっとマーティン様の顔を見た。
「エヴェ、その話は、またゆっくり話したい。今はエディオンのことが先だ」
「兄上、例えエヴェリーナ嬢が知らなかったとしても、僕が領主になれるような体ではないと、分かっていますよね?大きくなって少しは体力がつきましたが、それでも月に数度は寝込むんです。咳き込みすぎて、血を吐くこともある。兄上がエリシーノ国に行って帰る10年後まで、僕が生きている保証なんてないんです……」
「なんてことを言うんだ!それに、もし仮にそうだとしても、今、自ら命を絶つなんて……」
マーティン様はグッと息をつめて、瞳を真っ赤に染めた。綺麗なオレンジ色の瞳から涙がこぼれ落ちたが、それを気にすることなく、マーティン様はエディオン様を引き寄せて抱きしめた。
「頼むから、こんなこと、二度と止めてくれ」
マーティン様の気持ちが伝わってきて、私の瞳まで潤んできたところで、私の背後から、底冷えのする様な冷たい声が響いた。
『小僧、我の存在を無視して、よくもつまらぬ話をしてくれたのう』
横柄な緑の精霊の言葉に、マーティン様が緑の精霊を睨んだ。
「つまらないだと?人の生き死にがか?」
『そうじゃ。その小僧の病気など、愛し子に治してもらえばよいだけじゃ。何を深刻になっておる?』
「……」
いきなり私のことになって、私は驚いて緑の精霊の顔を見た。私が治すとは⁈
『なんじゃ、気づいておらんのか?我の加護、すなわち精霊の属性の付与。我の属性は知っておろう?』
緑の精霊の加護イコール魅了(呪い)だと思っていた私は、ハッと事実に思い当たる。緑の精霊の加護は、光属性だ。つまり、もしかして私は癒しの力を持っている??
『癒しの光、それが我の本来の加護。愛し子の真の力。ただし、魅力を酷使すると精神が病むように、癒しの光も使いすぎれば、愛し子の命を削る。だから使っていないのかと思っておったが、まさか知らぬとは……』
呆れたように私を見る緑の精霊に、言いたいことは沢山あったが、今はそんなことより治癒の使い方が知りたかった。
『治れと祈ればよいのじゃ。言葉があってもなくても、思いが伝われば効果はあるじゃろう』
何でもいいと言われて、私は乙女ゲームのヒロインが癒しの光を使うシーンを思い浮かべた。確か、「ヒール」と言っていた。そうと分かれば早い方がいいと、私はズイッと前のめりにエディオン様に近づいた。
「エヴェ、待ってくれ。緑の精霊、本当にエディオンを治療するのに、エヴェが命を削ることはないんだな?」
『大丈夫じゃ。死にかけの人間ならともかく、胸に病を抱える程度なら、魔力だけで癒せるのう』
その言葉を聞いて安心したのか、マーティン様は私を見て「頼む、治してやって欲しい」と頭を下げた。
私は頷いて、今度こそ気合を入れてエディオン様に近づいた。エディオン様は一瞬ためらいを見せたが、観念して大人しく私の前に寝転んだ。私はエディオン様の胸の辺りに手をかざし、心の中で「ヒール」と唱えた。私の手から出た温かい光が、エディオン様の中に入っていく。目を閉じてじっとしているエディオン様が光に包まれた瞬間、私の手の光とエディオン様の光がフッと消えた。
「終わったのか?エディオン、気分はどうだ?」
マーティン様の言葉に、エディオン様がパッと目を開けて起き上がった。
「兄上……、全然苦しくない。胸の痛みも、息の詰まるような呼吸も、嘘のようになくなっています……」
エディオン様はそう言って、顔を両手で覆うと嗚咽を漏らした。さらに先ほど、突風で飛ばされた時にできた擦り傷も治したのか、傷は全て無くなっていた。癒しの光、これは間違いなくチートだ。だからこそ、この能力は絶対に知られては拙い。一生自国の監視下に置かれる未来しか想像できない……
いつも読んでいただきありがとうございます。
不定期投稿ですみません。
今週は、この一話で投稿終わりです。
来週も最低でも2話は投稿予定です。よろしくお願いいたします。




