↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/42

第31話 初デートと恋人たちの湖③

「はぐれると困るから、エヴェ、手を繋いでいいかな?」

 湖に向かって進む人ごみに、流されまいとする私に気づいて、マーティン様が私の手を取った。夕方になって、少し肌寒さを感じていた私は、温かいマーティン様の手をそっと遠慮気味に握った。

「手が冷たいな。俺の外套ですまないが、これを着て欲しい。風邪をひかせたくない」

 マーティン様の爽やかな香水の匂いが、ふわりと私を包みこんだ。その温もりに、私は強張っていた体の力がぬけるのを感じた。どうやら無意識のうちに、緊張していたようだ。魔道具で声を封印しているとはいえ、大勢の人に囲まれている状況は緊張を伴う。

「湖はこの先なんだけど、観光客には知られていない特別な場所があるんだ。そこなら、ゆっくりと夕日が見えるから、そこに行こう。今日は特に祭りで人が多いからね」

 こっそりと耳元で囁かれ、耳に熱を感じながら私はコクリと頷いた。

 マーティン様は私の手を引いて人ごみの流れから離れると、林を抜け目立たない小道を進んで行った。道の途中にしっかりとした柵があり、【私有地につき、立ち入りを禁ずる】と書かれた看板が掛かっていた。

「ここからはユーイング伯爵の所有する土地なんだ。普段は湖を見学に来た貴族や王族に開放しているんだけど、祭りの初日は、誰も来ないようにお願いしてある」

「……?」

 誰も来ないようにお願い?私が首を傾げると、マーティン様は私の手を引きながら黙ってしまった。しばらく無言で進むと林が開け、目の前に美しい湖が広がった。遠くの湖岸に沢山の人がいるのが見えるが、ここには私たち以外、人の姿は確認できなかった。

「エヴェ、ここは誰もいないから、魔道具を解除して欲しい」

 私はペンダントを握りしめ、心の中で解除呪文を唱えた。

「マーティン様?」

「ほら、夕日が湖に沈むよ」

 マーティン様が少し緊張した様子で、私を湖の側へとエスコートした。湖面に夕日が沈み始め、湖面をオレンジに染め、キラキラと反射している。

「凄く綺麗。マーティン様の瞳の色みたいです」

「なっ……、エヴェ、そんなこと言ったら、俺は緊張して、……実はこの湖には伝説があって、ここで告白をして結ばれた恋人は、永遠に離れることなく幸せになれるって……」

 マーティン様は少し緊張しながら私の手を取り、夕日が沈む湖面を背に立った。そしてそこに片膝をつくと内ポケットから小さな箱を取り出した。

 驚く私を見つめながら、そっと箱を開けて私の前へ差し出した。箱の中には、緑の綺麗なエメラルドの指輪が入っていた。

「エヴェリーナ・アンデル伯爵令嬢。俺はまだまだ未熟ですが、絶対に緑の精霊に認められる男になります。その時は、俺と結婚してくれますか?」

 突然のプロポーズに、私は一瞬惚けてしまったが、慌てて両手で箱を受け取った。

「はい、勿論です。マーティン様と結婚したいです」

「エヴェ、ありがとう」

 マーティン様はホッと息を吐いて立ち上がると、私に近寄り優しく抱きしめた。私の耳には、対岸の人々がどよめく声が聞こえた気がしたが、私は気がつかないフリをした。

 人生初のプロポーズに心躍る気持ちを落ち着かせるため、そっと瞳を閉じて幸せな時間を堪能した。


 私たちは、3日間のお祭りが終わるのを待って、二人だけで神殿へ赴き、秘かに婚約証明書にサインをした。これで正式な婚約者となったが、この婚約は出来るだけ隠すことが両家で決められていた。婚約者の名前は公表せず、領地にだけ嫡男マーティン・ユーイングに婚約者ができたと発表するに留められた。

 勿論、神殿には多めのお布施をし、このことは極秘事項だと領主のユーイング伯爵自らしっかりと念を押すことも忘れていなかった。

 

 後日、ユーイング伯爵令息が婚約を発表すると、あの湖で告白していたのは、きっと令息だったのだと噂になった。

 ただ、婚約者の名前は極秘とされているので、領地ではいろいろな憶測が飛び交った。中には領地によく遊びに来る、美しい白の魔法使いとの秘めた恋だから相手を公表しないのだ、なんていう噂も混じっていたらしく、マーティン様が悔しそうに文句を言っていた。

「確かに遠目に見れば、私の銀色の髪は、クリスティアン様に似ているような気がします。きっと見間違ったのかもしれませんよ?」

 私の言葉に、マーティン様はムッとした顔で私の髪を掬い取った。

「全然違う。確かにクリスも銀髪で長髪だけど、エヴェの繊細な髪の方が、ずっと綺麗だ」

 クリスティアン様の銀髪も、とても綺麗だと思うが、きっとマーティン様の目は、婚約者フィルターが掛かっていて、何でもよく見えてしまうのだろう。私は苦笑しながら、マーティン様に飲み物を差し出した。

 今日はマーティン様と領地にある丘にピクニックに来ていて、軽食を広げて二人で景色を見ながら食事を楽しんでいた。

「その指輪、とても似合っているね」

 マーティン様に贈られたエメラルドの指輪は、私の左手の薬指にぴったりとおさまっている。ただ、魔法学園では婚約指輪をつけると、いろいろな憶測が飛び交うことが予想されるので、チェーンに通して首飾りにして服の中へ隠す予定だ。

「ありがとうございます。とても素敵なので、隠さないといけないのが残念ですが……」

「俺も残念。エヴェは俺のものだって、この指輪を着けていたら、牽制できるのに……」

 婚約した日、ユーイング伯爵家でささやかな婚約披露の食事会が開かれた。

 参加したのは、ユーイング伯爵夫妻とエディオン様、フレデリックと私、マーティン様のみだ。相変わらずエディオン様とは言葉を交わすことはおろか、視線すら交わすことも困難なままだった。

 婚約披露と言えば、結婚式より派手に行う貴族がいるほど、貴族にとっては重要な慶事なのだが、大々的に出来ない理由を考えると、本当に申し訳なく思う。

「ごめんなさい。私の事情に巻き込んで」

「違う。そんなつもりで言ったんじゃないよ。俺の方こそ、ごめん。俺が緑の精霊に早く認めてもらえたら、堂々と発表できたかもしれないのに……、って、この話はもう止めよう。俺が言いたかったのは、指輪が似合っていて、エヴェが俺の婚約者で嬉しい。それだけで充分幸せなんだ」

「マーティン様、私も嬉しいです。幸せです」

 私たちはお互いの顔を見合わせて、笑いあった。自然に顔が近づき、額と額を触れ合わせて微笑んだ。キスは出来ないため、苦肉の策だったが、これはこれでドキドキする。間近にマーティン様の綺麗なオレンジ色の瞳が見える。幸せを噛みしめ瞳を閉じると、不意に頬に冷たい何かが当たった。

「あ、雨だ。本降りになる前に帰ろうか」

 幸せなピクニックは、雨が降ってきて終わってしまった。今日は朝から晴れていたのに、昼過ぎから曇り出し、ついに雨が降って来たようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。