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第29話 初デートと恋人たちの湖①

「エヴェ、黙っていたこと怒っている?それとも、キスをしたこと……嫌だった?」

「そ、それは嫌じゃなかったです。ただ、こんな加護を授けた緑の精霊に少し、腹が立っていただけ……」

 初めてのキス、いや、人命救助と言うならこれはノーカウントだ。それでも先ほど触れ合った唇の感触は鮮明で、これを無かったことには流石に出来そうもなかった。

「あの、それでこちらに来られたのは?」

「ああ、そうだ。先ほど母上に呼ばれて、勧められたんだ。明日から3日間、湖の周辺で祭りがあるんだけど、一緒に行かないか?」

「お祭り、ですか。それは……」

「あ、フレデリックも先ほど誘った、うん、誘ったけど遠慮された。だから、二人でデートしないか?」

 照れくさそうに、マーティン様が私を見つめる。つられて私も頬を染めた。デート……

「デート、したいです!」

「そ、そうか、デートしたいか。じゃあ、行こう!」

 学園にいる間、会うのは放課後の園庭。学生が少ない場所を選んでも、人の目は完全に無くなることはなかった。緑の精霊の加護を持つ私は、気軽に王都の街に出かけることも出来るはずもなく、デートなんて夢のまた夢だった。

「でも、大丈夫でしょうか?私は認識疎外の魔道具があっても、緑の精霊の加護で目立つと思うので……」

「ああ、それは大丈夫だと思う。祭りは別名、仮面祭りと言って、派手な仮面をつけるんだ。きっとエヴェの前髪の緑色も隠れるし、目立つ格好をした者も多いから」

 そう言って見せてくれた仮面には、色とりどりの鳥の羽の装飾や、派手なリボン、キラキラの色ガラスが付いていた。男性用は少し装飾が控えめだが、それでも鳥の羽や色ガラスで装飾されており、これを着けてしまえば誰かは分からないだろう。

「着ければこんな感じかな?」

 男性用の黒い仮面をつけたマーティン様は、顔の半分が隠れている。だが仮面で覆っていない高い鼻梁と薄い唇、オレンジ色の綺麗な瞳が仮面から見えて、格好いい雰囲気は隠せてはいなかった。長身のマーティン様が仮面をつけると迫力があるし、年齢より大人びて見えるので妙に色気を感じてドギマギとしてしまう。

「エヴェはこれなんかどうかな?」

 マーティン様が差し出したのは、女性用の銀色の仮面で、仮面の上部に花の造花と鳥の羽があしらわれていた。色ガラスが目元を彩り、動かす度にキラキラと反射している。

 私はマーティン様から仮面を受け取ると、そっと顔に当ててみた。上部に装飾された造花が、丁度緑の髪の部分を隠しており、これならばパッと見た感じではバレないだろう。

「どうでしょうか?」

「ああ、良く似合っている……。でも、エヴェが美しい女性だってことは、仮面を着けても隠せないようだ」

「それは、マーティン様もですよ。きっと街でも、目立つでしょう」

 お互いに仮面を着けているせいか、いつもより素直に言葉が出る。マーティン様が、仮面の中で瞳を嬉しそうに細めたのが分かった。そのまま、どちらからともなく身を寄せると、二人の顔がそっと近づいた。そこでハッとマーティン様が、我に返って身を引いた。

「クソ、加護のせいで……」

 悔しそうなマーティン様が愛しくなって、私はそっとマーティン様の頬に口づけをした。目を見開いて固まったマーティン様に、私は悪戯が成功したように微笑んだ。

「マーティン様からは出来ないですが、私が唇以外にすることは可能のようですね?」

 口付けされた頬を押さえて、マーティン様は壊れた玩具のように何度も頷いた。


 翌日、ユーイング伯爵夫人改め、お義母様が用意してくださったお祭り用の衣装に着替え、仮面を着けた私とマーティン様は、目立たない馬車に乗り込んでお祭りが開催されている湖へと向かった。馬車に乗り込むときに、2階の窓から覗くエディオン様と目が合った気がしたが、確認する間もなく窓のカーテンが閉められた。

「エヴェ、どうかした?」

「いいえ、お祭り、楽しみですね」

 エディオン様に「兄上と別れてください」と言われたとは言えず、落ち込む心にそっと蓋をして、私は何事もなかったように微笑んだ。前日まで感じていた胸の痛みは、マーティン様のキス(加護)のお陰ですっかり回復していた。加護は全部で3回使えると言っていたので、残りは2回。出来れば使うことなく、緑の精霊に認められ、真実の愛を得て加護を返上出来ればいいのだけれど……


 ほどなくして、馬車は湖に近い林の中で止まった。

「ここからは歩きだよ。仮面祭りを楽しもう」

 私はぎゅっと魔道具のペンダントを握り、声を封印して微笑んだ。お祭り用の衣装は、膝下丈の白のワンピースに認識疎外のブローチをつけ、足元は編み上げブーツ、銀の仮面を着ければ完成だ。髪は緩く編み込んで花の飾りを付け一つにまとめておろしてある。

 マーティン様は白いシャツにベスト、黒いスラックス。特に仮面を着けること以外に決まりはなく、自由な服装でいいそうだが、湖の周辺は舗装されていない道も多いため、動きやすい衣装が推奨されている。

 平民も貴族も参加可能で、一見すると見分けはつかない。ただ、着ている服を見れば、裕福かどうかはある程度判断できるだろう。

「まずは湖に行こうか?わが領の自慢の湖なんだ。夏は特に人気で、祭りの間は出せないけど、ボートにも乗れるんだ。透明度が高くて、泳いでいる魚もよく見えるんだ」

 マーティン様は私の手を引き、いろいろな事を説明しながら進んで行った。私は話すことが出来ないので、その度に頷いて見せた。

 湖に近づくにつれて仮面を着けた人が多くなり、湖周辺には多くの出店が並んでいた。祭り用の仮面も売られているようだ。飲食店から漂う甘い匂い、香ばしい匂いにつられて、私のお腹が小さく鳴った。

「……」

「……ふふ。そういえばお腹がすいたね。何か先に買って食べようか?」

 聞かれていないことを祈ったが、私の小さな主張は、しっかりマーティン様の耳に届いていたようだ。恥ずかしくて俯いていると、マーティン様が私の手を引いて飲食店へ連れて行ってくれた。

「何がいいかな?お薦めは、この地方で作られているチーズが入った肉詰めパン。濃厚で美味しんだよ。あとは、領地特産の果物を絞った果樹水。搾りたての牛乳も濃厚で美味しいし、肉の串も豪快だけどうまいよ」

 マーティン様は説明しながら、それぞれの食べ物を一種類ずつ買い求めていった。両手いっぱいになった食べ物を持って、近くに設置されていた飲食が出来る所へ来ると、空いている場所へ座った。

「エヴェが食べたいものを食べて。俺が残りを食べるから」

 そう言って、買った全ての食べ物を机の上に並べてくれた。私は頷いて、気になっていたチーズの入った肉詰めパンを手に取った。見た目よりずっしりと重いパンを掴み、思いっきり口をあけて齧り付くと、口いっぱいに肉と濃厚なチーズのうまみが広がった。期待以上の味に、私は思わず微笑んだ。

「喋らなくても、その顔を見れば分かるよ。とっても幸せそうだ」

 マーティン様は肉の串焼きを取って、豪快に齧り付いた。私はじっとマーティン様の口元を見た。

「ん?エヴェも食べたい?はい、あ~ん」


iいつも読んでいただきありがとうございます。

土曜日日曜日お休みして、執筆しましたがなかなか進まず、今週はこのお話と、あと少しの話数しかできておりません。本当に申し訳ないです。

今週は、どこかのタイミングで1話投稿して、当分は毎日投稿は控えさせていただきます。

待っていて下さる方、本当にごめんなさい。頑張って書きますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。 黒柴あんこ

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