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第28話 弟君に敵視されています

「ユーイング伯爵、夫人。ご招待いただきありがとうございます。フレデリック・アンデルと申します。姉のエヴェリーナ・アンデル共々、お世話になります」

「ああ、先日は突然でほとんど話すことが出来なかったが、今後のことも含めてゆっくり話がしたい。出来れば、精霊のことも知りたいのだが……」

「はい、勿論です。話せることは全てお話いたします。その上で、婚約のことも打ち合わせを」

 話すことのできない私の代わりに、ユーイング伯爵にフレデリックが今後の打ち合わせを打診した。婚約することは決まっていても、実は今後のことなど、何一つ決めることが出来なかった。

「大丈夫だ。父上も婚約することは了承している。伝書蝶のやり取りは、アンデル伯爵と何度もしているし、この婚約が無くなることはあり得ない」

 不安に思っている私に寄り添うように、マーティン様がそっと私の傍らに立ち、こっそりと私の手を握った。私はマーティン様の綺麗なオレンジの瞳を見上げて、素直に頷いた。


 その日の晩餐に姿を見せなかったマーティン様の弟、エディオン様に偶然会ったのは晩餐が終わって部屋に戻る途中だった。この廊下の突き当りが私の部屋で、フレデリックはその隣の部屋だ。その先は行き止まりになっているので、偶然通りかかったわけではなさそうだ。

「初めまして、アンデル伯爵令嬢。僕はユーイング伯爵の次男、エディオン・ユーイングです。晩餐は欠席してしまいすみませんでした。早速ですが、一つお願いを聞いていただけませんか?」

 話すことのできない私は、黙って頷いた。

 ちなみに私を部屋まで送ろうとしていたマーティン様は、食後にユーイング伯爵夫人に残るように言われ、フレデリックは晩餐後もユーイング伯爵が話したいと言ったのでそのまま食堂に残った。話せない私は、他に用事もなかったので一人で部屋に戻ることにしたのだ。

 ユーイング伯爵領まで長い距離を移動したので、流石に疲れていたし、途中から胸の痛みが酷くなり夜もゆっくり眠ることが困難になっていた。

「申し訳ないとは思うのですが、兄上と別れていただけますか」

「……」

「ああ、話せないのでしたね。では、この紙を指さして頷いていただければ、僕は満足して部屋に戻ります」

 エディオン様が差し出した紙には、「別れることに同意します」とだけ書かれていた。他の選択肢がないことに困っていると、更に紙を私の方に突き出して不機嫌そうな態度で私を見た。

 3歳年下のエディオン様は、今年13歳になる。来年には魔法学園に入学する歳になるが、器官が弱く寝込むことが多いため、入学はしない予定だと聞いている。まだ幼さの残るマーティン様によく似た顔で、精一杯虚勢を張る姿は、まるで毛を総立ちで威嚇する猫のようで、微笑ましくさえ思ってしまった。

「ど、どうして笑っているのですか⁈僕を馬鹿にしているのですか。失礼な方ですね」

 無意識のうちに微笑んでしまった私を見て、エディオン様は更に態度を硬化させた。話せない私は、誤解だと首を横に振ったが、エディオン様は私のことを許す気はないようだ。

「とにかく、僕はあなたを兄上の婚約者だなんて認めません!……ごほごほっ」

 エディオン様は、勢いよく叫んだあと激しく咳き込んだ。私は咄嗟に手を差し出そうとした。

「……触らないでっ、ごほごほっ」

 思わず差し出そうとした私の手を払い除けて、苦しそうな咳をしたまま、エディオン様は去って行ってしまった。私はどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くした。


「エヴェ?部屋に入らず、どうしたんだ?」

 暫くその場に立っていた私の背後から、戸惑ったようなマーティン様の声がした。窓の外に見える月は、すっかり上っているので、思いのほか時間が経っていたようだ。

 予期せぬ遭遇と、未来の義弟に拒まれてしまったショックで、ボンヤリしていましたとは流石に言えず、私は誤魔化すように微笑んだ。

「えっと、先ほど偶然お会いしたエディオン様が、苦しそうな咳をされていました。心配なので見に行ってもらえませんか?」

 突然のお願いに困惑しながらも、何も聞かずにマーティン様は「わかった」と言って廊下を引き返していった。

 私は部屋の鍵を開け、明かりも付けずにそのまま窓際のソファに座り込んだ。先ほどから、胸の痛みは少しずつ増していた。激しい痛みを恐れて、私はそっと痛む胸を両手で押さえた。


「エヴェ、今いいかな?」

「……はい、鍵は、開いています」

 痛む胸が治まらず、私は返事だけを返した。出来るだけ普通に見えるように気合を入れたけれど、立ち上がる気力は無かった。

「入るよ。エヴェ?……、大丈夫か?顔色が真っ青だよ」

 暗い部屋で顔色は分からないと思っていたけど、マーティン様はすぐに部屋の明かりをつけて私に駆け寄ってきた。

「少し寒かったみたい。避暑地の夜は、冷えると聞いていたのに……うっ……」

 激しい痛みに胸を押さえ体勢を崩した私を、マーティン様が慌てて支えてくれた。早く平気なふりをしなくてはと考えるのに、体は限界なのか力が上手く入らない。

「エヴェ、もしかしてずっと苦しかった?そうなんだね?」

「……黙っていて、ごめん、なさい」

「俺こそ気づかなくてごめん!魂が疲弊して、このまま消えるなんてことは?」

 私は激しい痛みに、意識が遠のきそうになった。このまま魂が消滅したら、二度とマーティン様に会えないと思うと怖くなって、マーティン様の服を思わず強く握りしめた。

「……エヴェ、これは俺たちの初めてにして欲しくないんだけど、キスしていいか?いや、このままエヴェが消えるなんて耐えられないから、嫌がってもする。ごめん」

「マー、ティン様……」

 マーティン様が辛そうに私を見ると、そのまま顔を傾けた。優しく触れあった唇から、何か温かいものが流れてくるような感覚と共に、私の痛んでいた胸がスッと軽くなるのが分かった。

 私が目を見張っていると、パッと顔を離してマーティン様が恥ずかしそうに頬を染め、手の平で顔を隠した。

「エヴェ、そんなに見られたら、照れる……」

「あ、ごめんなさい。あの、今のは……?」

「緑の精霊の加護、なんだ……」

 マーティン様が眠っていた間、迷いの森でそれはそれは過酷な修行をさせられ、目覚める前に緑の精霊から加護を賜ったそうだ。私の魂が壊れかけた時、キスをすれば癒しを与え魂は守られるらしい。

「どうしてキス?ほかの方法は?」

「それについては、よく分からない。きっと精霊の嫌がらせかも……」

 加護は三回。キスをすれば無条件に加護は発動されるから、いざという時のためにキスは取っておかなくてはならない。恋人のキスをしても発動するなんて、確かに嫌がらせだわ……


いつも読んでいただきありがとうございます。

土、日曜日は投稿、お休みします。月曜日に投稿します。しばらくお待ちください。

よろしくお願いいたします。

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