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第26話 お母様が出ていきました

 快晴の空の下、お母様は大きな荷物を持って屋敷の門の外へ出た。

「エヴェ、フィー、身勝手なお母様を許して。どうか、元気でね」

 出発を見送りに出た私たちに、お母様は申し訳なさそうに微笑んで最後の抱擁をした。

「お義父さま、お義母さま、それと旦那様。エヴェとフィーをどうかよろしくお願いいたします。至らぬ嫁で、本当に申し訳ございません」


 国土の半分以上を森林が占め、精霊や妖精が多く棲むエリシーノ国には、精霊信仰が深く根付いている。いつから言われているのかは定かではないけれど、その信仰の教えに双子は不吉な存在だという一説がある。古い考えを持った国民の中には、今でもその教えを真面目に信じている者が少なくない数、存在している。

 お母様の生まれた育ったテロン子爵家は、その古い考えを持った者が多い家であった。精霊神を信仰する神殿に所属する神官を多く輩出し、精霊信仰に重きを置くその家風は、例え優秀で自慢の娘だったお母様であっても、双子を生んだ時点で忌むべき存在に変えてしまった。

 ただでさえお母様は、初産で双子を産んだのだ。気力も体力も限界だったはずだ。テロン子爵夫人も娘の出産に立ち合っていたが、双子を産んだ瞬間憎悪の表情を浮かべて、実の娘に罵詈雑言を浴びせてさっさと子爵家に帰ってしまったそうだ。

 その変貌ぶりを目の当たりにして呆気に取られていた父様は、血の気の失せた顔色の妻を見て、やっと正気に戻った。すぐに元気づけようとしたけれど、お母様を深い悲しみから救い出すことが出来なかった。父様はいつものんびりしていて、肝心な時に間に合わないとお婆様が嘆いていた。

 産後の肥立ちも悪く、実の母親に叱責され気を病んだお母様は、そのまま寝込んでしまった。食欲もなく、母乳の出も良くなかったため、私たちは早々に乳母に預けられた。この頃にはお母様は産後鬱の状態で、何もすることが出来ず臥せっていたが、まさかそのまま10年も体調を壊すことになるとは思っていなかった。

 幸いお爺様もお婆様も、精霊信仰はしていても、双子が不吉だということに関しては懐疑的だったので、私たちはアンデル伯爵家でスクスクと自由に育っていた。5歳になる頃には薄っすらと前世の記憶も思い出していたので、双子が不吉だと言う大人のことを、鼻で笑うくらいの余裕は持っていた。

 そんな私たちに転機が訪れたのは、双子を捨てる慣例によって、森に捨てられたあの日だ。精霊信仰において、10歳で精霊の愛し子になった私は、精霊信仰を最も重要視するテロン子爵家にとっては、誉になるそうだ。

 お母様の実家のテロン子爵、つまり母方のお爺様がその噂を聞いてすぐに駆けつけてきた。お母様の出産以来、音信不通になっていたので、実に10年ぶりの訪問だった。

 テロン子爵はベッドに身を預けているお母様に向かって、孫が精霊、それも上位の緑の精霊の愛し子になるなんて、なんて素晴らしい孫だ。よくぞいい子を産んでくれたと宣ったのだ。見事な手の平返しである。

 その言葉を聞いた途端、ずっと臥せっていたお母様はテロン子爵にブチ切れた。目の前で見ていた私たちは、お母様がテロン子爵を「実の父だとは思わない」という絶縁宣言と共に、風魔法でアンデル伯爵家の門の外まで吹き飛ばしたのをバッチリと目撃した。圧巻の風魔法に、フレデリックと二人で思わず拍手したほどだ。


 この一件で、お母様は完全に気力を取り戻した。弱いと思っていたお母様は実はとても強い人だったのだ。

 父様と出会った頃、お母様は外交官として活躍していたそうだ。そんな格好いい姿に一目ぼれをして、父様は何度も告白しては振られ、そして最後には結婚を了承してもらえたそうだ。執着、いや粘り勝ちである。

 テロン子爵を吹き飛ばしたお母様は、茫然と突っ立っていた父様に向かって高らかに宣言した。

「旦那様、私は外交官に復帰して、この国を出ます。双子が不吉だなんて、他国では聞いたことがありません。だから外交官として、他国の世論を味方につけて、この国の悪習を外側から正してみせます。もし復帰を許して頂けないのなら、きっぱりと離婚してくださいませ」

 お母様の宣言に、父様は目を見開いて膝から崩れ落ちた。そしてお母様の服にしがみついて「エイミィ~、離婚は嫌だ~嫌だよぅ」と泣き崩れた。あまりにも情けない父様の姿を見て、フレデリックと私はドン引きだ。

 お爺様お婆様を巻き込んで父様は、ずっと「離れるのは嫌だ。離婚も嫌だ」と駄々をこねたが、結局お母様の意思を曲げることは出来なかった。

 離婚よりは外交官に復帰する方がいい、と後ろ向きに判断した父様は、渋々外交官復帰を了承した。

「エイミィ、復帰すると言っても、外交官は高位文官だ。すぐに採用などされないと思うよ。残念だけど」

 残念だと言いながら嬉しそうな父に、お母様は一枚の紙を差し出した。印章に王宮の印があるので、正式な公文書になるようだ。

「……採用、通知書??」

「ええ、旦那様が駄々、いえ、反対をされている間に、元上司に復帰の相談をさせていただいておりましたの。先ほど、ちょうど届きました。これで復帰できますね」

 美しい微笑みを父様に向けると、有無を言わせない威圧を放って、「復帰しますね」ともう一度念を押した。滂沱の涙を流す父様を、お母様は一瞥して通り過ぎた。

 父様は優しい。それはとても美徳だと思う。でもお母様が寝込んでいた決して短くない期間、オロオロと心配はしても、根本的な解決策を講じていなかったことも事実だ。父様の作る優しく脆い鳥かごは、強さを取り戻したお母様には通用しなかった。今、お母様は自分の羽で飛び立とうとしている。

 唯一止められるとしたら、それは子供である私たちだと思うが、私もフレデリックも反対する気はない。10年間、気を病んで寝込むことが多かったお母様が、今は輝いている。離れてしまうのは寂しいが、寝込んでやせ衰えていく母親よりは、離れていても元気で輝いているお母様の方が絶対に良い。私とフレデリックは二人でそう結論を出して、お母様の意思を尊重することにしたのだ。

「エヴェ、フィー、お前たちは父様の味方ではないのだね……」

「ごめんね、父様。僕はお母様の味方だよ」

「今のお母様、すごく綺麗で格好いいと私は思うの」

 私の言葉に、父様はハッとして、凛とした佇まいで去って行くお母様の後姿を見た。父様は泣き笑いのような複雑な表情をして、一言「そうだね」と言った。


 1か月後、完璧に体調を整えたお母様は王宮へ出仕しだした。そしてそれから3か月後、東側に位置するアウレリーア国に赴任することが決まったのだ。

「アウレリーア国は海が近くて、素敵な所よ。エヴェはエリシーノ国から出られないから、素敵なものを沢山送るわね。フレデリックは、お父様のこと捕まえておいてね。領地のことを放棄して、こちらに来ないように……。二人には苦労をかけるけど、きっとお母様が双子の人権を取り戻すから、待っていてくれるかしら?」

 私たちは揃って頷いた。その様子を柱の陰からこっそりと見ている父様には、気づかないフリをして、私たちは別れの時間を惜しんで限りある時間を有意義に過ごした。

 元気を取り戻したお母様は、私に淑女としての心得を教え込んだ。そして私とフレデリックに、得意な風魔法の指導をしてくれた。夜は父様と夫婦の時間を過ごしながら、旅立つ準備を同時に進めていた。

 時折お母様は、葛藤するように手を止めるけど、結局深呼吸をしてから荷造りを再開していた。きっとお母様なりに、迷う心はあったのだろう。でもこの国で過ごす限り、お母様の気は完全に晴れることはなく、妥協してこの国に留まっても、また気を病んでいただろうことも容易に想像が出来た。だから寂しがりながらも、父様は強引な方法で反対することはなかったのだ。


 それからずっと、お母様は他国で外交官として生活をしながら、彼女なりの方法で現在も戦っている。


読んでいただきありがとうございます。

土日は投稿お休みしていますが、なんと月曜日から水曜日まで祝日です!シルバーウイーク、頑張って執筆します!実は、投稿しながら書いていたら、書き溜め分が……

頑張って書きます!

シルバーウイーク明けから、投稿しますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。

その間、白の魔法使いシリーズの方も是非チェックしてみてください!

よろしくお願いいたします。

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