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第24話 sideマーティンと緑の精霊

「とりあえず王家の方は、ワシが上手く誤魔化しておく。万が一確認のための役人が来ても、堂々としていれば案外バレないもんじゃ。……それと、ユーイング伯爵令息じゃったな。ワシも色々と混乱しているのじゃ。すまんが、まだ君を運命の相手、……孫の婿だとは認めることは出来んな。ただ見たところ、緑の精霊様は、君を少し認めたようじゃな?こちらの事情に君を巻き込んだ自覚はあるが、少し考える時間をもらおうかの」

 グスタフ殿は俺を品定めするような視線でじっと見ると、そう言って去って行った。緑の精霊に少し認められたと言われた時は、内心ドキドキと鼓動が跳ねるのを必死で押さえた。この事実を、エヴェには知られたくなかったのだ。


 目が覚めた時、4日しか経っていないと聞いた時は驚いた。俺の体感で言えば、1か月は迷いの森にいたような気がする。

 あの時、倒れたエヴェを医務室に運び、ベッドに寝かせて常駐する治癒魔法師に任せたところで、急に抗えないような眠気に襲われた。我慢できず瞳を閉じると、そのまま床に倒れ込んだところで意識を失ったようだ。


 鳥の鳴く声で意識が浮上し、俺は勢いよく半身を起こした。

「……ここはどこだ?」

 見たことのない幻想的な景色が、視覚いっぱいに広がっていた。意識を失って見ている夢かと思い始めた頃、風がふわりと俺の頬を撫ぜた。

『目を覚ましたか?小僧、我の愛し子を殺しかけた罪、どう贖ってもらおうかのう?』

 心が凍りそうな冷たい声に、心臓をぎゅっと握りしめられたような圧迫感を感じ、ハッと顔を上げると、底が見えないような透明な瞳と目が合った。

 夢であった方が幾分かマシだと心で毒づいてから、俺は真っすぐに緑の精霊と向き合った。殺しかけた罪、という言葉がズシリと俺の心にのしかかった。

「エヴェが倒れたのは俺のせいなのか……?」

『そうじゃ、お前のせいじゃ。あの子の魂は、産まれた時から不安定だったからのう。壊れる寸前の魂を、我の加護で繋ぎ止めていた。本来ならお前の存在で、あの子の魂は完全に安定するはずじゃったのに、一番不安定な時によりにもよって浮気とは、万死に値する!!』

「……浮気??俺が⁈」

 今すぐ俺を殺しそうな雰囲気だった緑の精霊が、俺の驚いた声にフッと怒気を緩めた。

『違うのか?』

「違う!!俺は浮気なんて絶対にしない!」

『じゃが、実際に愛し子の前に貴様の婚約者が現れて、あの子は悲しみのあまり魂を激しく傷つけた。このままなら、いずれあの子の魂は壊れ、完全に消滅するやもしれぬ……』

 緑の精霊の言葉に嘘はないように聞こえるが、俺に婚約者はいないし、エヴェ以外を愛した覚えもない。唯一心当たりがあるとすれば、父が断り切れなかった見合い話だが、あれもすぐに断る予定だ。緑の精霊は俺の説明に、複雑な表情を浮かべた。

『事実がそうじゃとしても、婚約者を名乗る娘が現れ、愛し子の魂は風前の灯火なのじゃ。この責任、どうやって償うつもりじゃ?』

 そう言った緑の精霊の姿が、一瞬で男性から女性の姿に変わった。俺は驚いて目を擦ったが、やはり何度見ても女性の姿のままだった。

『おや?もしや、我の姿が女性に見えるのか?それは愉快じゃのう。このまま我の森で飼殺してやろうかのう?どうじゃ、我のものにならぬか?』

 妖艶な美女になった緑の精霊が、俺の顔を覗き込んで蠱惑的に微笑んだ。

「断る!俺が愛しているのはエヴェだけだ!」

『そうか、それは残念じゃのう。ただ、このままでは我の森からは出られんのう』

「出られないとはどういうことだ!」

『我の森は意志を持っておる。迷い込んでも引き入れられても、出るには森に許される必要があるのじゃ。貴様の場合、我が男に見えなくては、ここからは出られんはずじゃ。さて、どれほどかかるかのう?一年か、百年か、それ以上か?』

 楽しそうに微笑む緑の精霊をグッと睨んで、俺は途方に暮れた。その姿を暫く楽しんでいた緑の精霊が、森での修行を提案してきたのは、森にきてかなり経った頃だと思う。なにせこの森はいつも明るく、夜が無かった。時間の流れもよく分からないので、自分が何日ここにいるのか、既に時間の感覚が麻痺していた。

 それからは緑の精霊に言われるままに、出された課題をこなす日々が続いた。命の危険を感じたことは、一度や二度ではなかった。もしかしたら、このまま殺す気なんじゃないかと、何度も疑心暗鬼になった。それでも早くこの森を出て、エヴェの元へ帰ることだけを考えて、死線を越えてきた。

 一ヶ月が過ぎた頃(あくまで自分の感覚だ)、やっと緑の精霊の姿が男性に見えた。

「やった……、これで帰れるのか?」

 妖艶な女性の姿だった緑の精霊は、先ほど無事、筋肉隆々の男性へと姿を変えていた。俺はホッとして、緑の精霊を見た。

『いや、まだじゃ。最後に我に誓いを立ててもらおうか。もしも貴様がエヴェを裏切り、エヴェの魂が消滅するようなことがあれば、貴様の魂も同時に消滅させることに異存はない、とな』

 もしは無いと思うが、万が一何かがあって俺がエヴェを守れず、エヴェがこの世界から消滅するなら、その時は俺も一緒に消えたっていい。緑の精霊の言葉に、俺は迷いなく了承していた。

「誓う」

『なんじゃ、すぐに即答するとは、面白みのない奴じゃのう。人間なんじゃから、少しは迷ってみせよ。まあ、仕方がないのう。小僧、そなたの覚悟の褒美に、我の加護を少し授けよう。この加護で、エヴェが消える前に、この世界に繋ぎ止められることを祈っておるぞ』

 ニヤリと不敵に笑うと、緑の精霊は俺の唇にキスをした。不意打ちに合い、俺はあっけなく唇を奪われてしまった。

「なっ、何するんだ⁈」

 よりにもよって、筋肉隆々の男性姿に戻った緑の精霊に……。俺の狼狽する姿を見て、緑の精霊が面白そうにくつくつと笑った。

『おや、初めてじゃったか?それならば、女性の姿の方が良かったかのう?』

「そう言う問題じゃないし、は、初めてではない!」

 小さなプライドが、この精霊とのキスを初めてと認定することを拒んだ。幼い頃、年の離れた従姉妹が悪ふざけでキスをしてきたことがあった。こいつとのキスを認定するぐらいなら、あっちを初めてと認定した方がマシな気がしたのだ。

『なんじゃ、初めてではないのか。我の加護は、エヴェの魂をこの世界に繋ぎ止めるためのものじゃ。何かあった時は、迷わず愛し子にキスするのじゃぞ』

「わかった……」

『では、またな』

 緑の精霊の言葉に、スッと意識が遠のいて、気がつけば学園の医務室で寝ていた。まさか、あれだけのことをしたのに、4日しか経ってないなんて、迷いの森には二度と行くことがないように強く願った。


いつも読んでいただきありがとうございます。

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