第23話 マーティン様の決意
ユーイング伯爵は、学園長と話があると言って、そのまま医務室を出ていった。話が終われば、そのまま領地に戻るそうだ。マーティン様が倒れて、急遽王都へ来たため領地の仕事が立て込んでいると言っていた。
慌ただしく去って行くユーイング伯爵の背中を見送っていると、申し訳なさそうな顔でマーティン様が私の顔を覗き込んだ。
「エヴェ、大丈夫かい?父が、すまなかった。それと、こんな時に言うことじゃないけど、その髪色、綺麗だ」
マーティン様は私の髪をひと掬い取って、そっと髪先に口づけをした。そう言われると、厄介だと思っていた緑色の髪が、素敵なもののように思えて、私は少しだけホッとしながら微笑んだ。
周りに人がいないことを確認して、私は胸元のペンダントを握りしめた。
「マーティン様、体調は大丈夫ですか?緑の精霊は、何と言っていたのですか?」
「……そうだな、言えることだけ伝えると、ずっとほとんど嫌味だった、かな?緑の精霊から、君の魂が壊れかけたと聞いた時は、本当に俺自身の失態を呪った。君に言わずにいれば傷つけずに、お見合いだけして断れば、全て無かったことに出来ると思っていた。俺が浅慮だった。本当にすまない。今も、君の魂は疲弊していて、痛むのだろう?」
魂が何処にあるのかは分からないが、確かに私の胸はずっと鈍い痛みを訴えている。でも、あの時に感じた魂が引き裂かれるような、激しい痛みは感じない。私はそっと胸を押さえて、首を横に振った。
「いいえ、緑の精霊が加護を増やしてくれたおかげで痛みません、大丈夫です。髪色が少し派手になってしまって皆に見られてしまうので、それが気にはなりますが当分は仕方ないですね。ふふふ……」
微笑んだ拍子に、ズキリと小さく胸が痛んだが、私はマーティン様に痛みを気取られないように、ぐっと力を入れて微笑んで見せた。
「そうか、それなら安心だけど、体調が悪くなったら隠さずに教えて欲しい。髪色は、確かに目立ってしまうけど、エヴェが美しくて目が離せないのは元々だから……って、それでは慰めにならないか……」
照れたように横を向くマーティン様を見て、思わず私が赤面すると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「ごほんごほん。……そろそろいいかな?」
ビックリして振り返ると、半眼になったフレデリックと目が合った。
「イチャイチャできるほど元気になって良かったって言った方がいいかな?まぁ、とりあえず、マーティンが無事目覚めて良かったよ。このまま目覚めなかったら、エヴェが精霊の森に突撃するんじゃないかって、本当にひやひやしていたんだよ」
「フィーったら、いいかげんなこと言わないで!」
私の言葉に、フレデリックはひょいと肩をすくめた。マーティン様がクスクスと笑ったので、私は二人からプイっと顔を逸らした。
「ごめんごめん。冗談だって。それより、ここに来たのは、お爺様から至急の伝書蝶が来たからなんだ」
フレデリックの言葉に、私とマーティン様はフレデリックの持っていた伝書蝶をパッと見た。
「なんて書いてあったの?」
「ああ、実はエリシーノ国でもエヴェの髪色の噂が広まっているらしくって、お爺様が事実確認も兼ねてこちらに向かっているって……。お爺様なら、すぐにこっちに来られるはずだから、急いで知らせに来たんだ」
「それは、いろいろ拙いわね。まだ4日しかたっていないのに……」
留学してまだ2か月ほどだ。すぐに運命の相手が見つかるなんて思ってもいなかったので、お爺様たちへの報告もまだ詳しくしていなかった。何と言っても初恋だ。赤裸々に身内に報告する勇気がまだなかったのだ。
「運命の相手が見つかりそうだ。ってことしか、まだ報告出来ていないのに、直接お爺様が乗り込んできたら、いろいろとややこしい。まさか髪色が変化して4日で隣国まで噂が広まるなんて、計算外だよ」
伝書蝶を差し出しながら、フレデリックが困った様に頭を抱えた。知らせるのを渋ったのは私なので、弟のフレデリックには少し申し訳ない。
「前向きに考えましょう。駄々をこねる父様より、お爺様の方が説得はし易い。父様が乗り込んでこなかっただけ、マシだわ。きっと今頃領地で、グダグダ言っていそうだけど、お爺様さえ納得してくれれば、後はどうにでもなる……」
「ほう、ワシはチョロいと言いたいのかのう?」
少し剣呑な声に、私とフレデリックがビクっと肩を同時に跳ねさせた。マーティン様は私たちの反応に、ハッと扉の方を振り向いた。
そこには、緑の魔法使いの正装である緑のローブを着た祖父のグスタフが、不機嫌を隠すことなく立っていた。私は舌打ちをしたい衝動を抑えさながら、引きつった笑顔で祖父を見た。
「お、爺様……、お早いお着きですこと。流石は緑の魔法使い……」
「誉め言葉と受け取っておこうかのう?それで、これはどういうことなのか、説明してもらおうか?暫く会わないうちに、エヴェはえらく派手な髪色になったのう?」
じっと私の髪を見て、お爺様は私とフレデリックに厳しい顔を向けた。お爺様の威圧的な雰囲気に呑まれていたマーティン様が、ハッと正気を取り戻したように、お爺様の前に進み出た。
「緑の魔法使い、グスタフ殿にご挨拶させていただきます。俺、……私はユーイング伯爵家の長子マーティンと申します。エヴェリーナ嬢とは、少し前からお付き合いをさせていただいております。正式なご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
お爺様がじろりとマーティン様を一瞥して、そのまま視線を私に向けた。あくまで私からの説明を求める、とお爺様の目が言っている。
「話せば長いような、短いような……。いえ、隠したかったわけではないのですが、こちらのユーイング伯爵令息であるマーティン様が、私が探していた運命の相手であると、確信しています。報告する前に、いろいろとあり、結果的に緑の精霊の加護が増え、髪色が少々変化しました……」
私の説明を聞いて、お爺様の顔にピキッと青筋が浮かび上がった。
「髪色が少々・・・とな?」
ほぼ緑色に染まった髪を見て、明らかに不機嫌になったお爺様に、私は誤魔化すように微笑んだ。
「この馬鹿者!この事実が本国に知られれば、間違いなく強制送還されるのだぞ。どうしてすぐにワシに知らせなかった……」
お爺様は苦々しい表情のまま、私の前に手を差し出した。その手の中には、緑色の魔石がついたブローチが乗っていた。
「これは、魔道具ですか?」
「そうじゃ、ワシが作った。魔石は第一王子が、快く提供してくれてのう。認識疎外の魔法陣が施されている。これを着けている間は、緑色の髪は銀色に見える。緑の髪を見た者も、少しの間は騒がしくとも、そのうち銀髪に戻ったと思われるじゃろう。幸いエリシーノ国には噂程度、事実確認をしに役人が来たとしても、多少のことではこの魔道具は見破れんじゃろ」
私はお爺様に渡されたブローチを胸元に着けた。自分から見れば、髪色は相変わらず緑色のままだった。
「うわ、本当だ。銀色に見える」
フレデリックの言葉に、私は確認するようにマーティン様を見た。マーティン様も同意するように頷いているので、どうやら魔道具は正常に作動しているようだ。
「流石、お爺様……」
我が家の家計を火の車にしながら、研究している価値はありますね。という言葉は飲み込んでおいた。




