第22話 精霊姫の出来上がり
緑の髪の少女は、緑の精霊の愛し子であり、花嫁だという言い伝えがある。エリシーノ国ではお伽話としても有名で、精霊姫と呼ばれた幸せな少女は、緑の精霊に連れられて精霊の国に旅立つところで物語は終わっている。これを「めでたしめでたし」で終わらせられるのは、お伽話の中だけである。
「どうしたら誤魔化せるかしら……」
「とりあえずタランターレ国にいる間は、何とか出来ると思うけど、エヴェは留学中にエリシーノ国には帰れないね。長期休暇も、こっちで過ごす方が安全だよ。帰ったら拉致されて、二度と国から出られなくなりそうだ……」
「怖いこと言わないでよ。でも、同意だわ……」
第二王子にこの髪を見られたら、すぐに婚姻に持ち込まれそうだ。精霊姫を手に入れたら、流石に国民は熱狂するし、王太子は第二王子になるかもしれない。それほどに精霊信仰はエリシーノ国に根付いている。
「それはそうと、マーティンはいつ目覚めるのか、エヴェ、分かっている?」
「あ……、そうね、その問題もあった。髪の衝撃で、一瞬忘れていたわ……」
マーティン様は隣のベッドでスヤスヤと眠っている。時々眉間にシワが寄るので、もしかしたら緑の精霊に何かされているのかもしれないが、顔色は良く、命に別状はなさそうだ。
「しばらく様子を見て、長くなりそうだったら、緑の精霊を呼び出してみようかしら。このままなのは、心配だわ」
結局、マーティン様は3日経っても目が覚めず、事態を重く見た学園から連絡を受けたマーティン様の父親であるユーイング伯爵が、急遽領地から様子を見にやって来ることになった。
3日間、何度も緑の精霊に呼び掛けたが、いつもならすぐに現れる緑の精霊が、全然呼びかけに応じてくれなかった。それだけ今回のことに怒っているということだとは思うが、それでも目を覚まさないマーティン様を見ていると、このまま目を覚まさないのでは、と不安が募る。
(マーティン様……早く目を覚まして……)
婚約者だと言っていた令嬢が、実は友人であるクリスティアン様たちも知らない令嬢だということは分かった。キース様が令嬢に話を聞こうとしたが、令嬢はマーティン様としか話したくないと言って、結局事実確認は出来ていないので、モヤモヤした気持ちは解消されていない。
眠り続けるマーティン様を一人で見守っていると、隣に誰かが立つ気配がした。ハッとして隣を見上げると、紳士が立っていた。
「もしかして君が、マーティンが言っていた婚約したいご令嬢かな?」
マーティン様によく似た紳士が、私を見て困った顔で微笑んだ。私は直感的に、この方がマーティン様の父親であるユーイング伯爵だと理解した。サッと立って無言でカーテシーをすると、ユーイング伯爵は眠るマーティン様をチラリと見てから、ハァーっと少し長い溜息を吐いた。
「我が息子ながら、よりにもよって、初めて娶りたいと思った女性が緑の精霊の愛し子とは……、なんとも無謀なことを言うものだ」
ユーイング伯爵はそう言いながら、眠るマーティン様の額をぺしりと軽く叩いた。驚く私を見て、ユーイング伯爵は真面目な表情に戻った。私は覚悟を決めてユーイング伯爵を見返した。
「君はおそらく、本来ならこの国に来ることも出来ないほど、大切に国に保護される存在なのだろう?」
誤魔化すことはしたくない私は、素直にコクリと頷いた。
「その髪色は、王族と婚姻できるほど高貴な存在で、うちの息子が気軽に娶りたいと言えるような女性ではないはずだ。隣国に詳しくない私でも、この婚約が前途多難だと感じるのだ。君は当事者として、私以上に分かっているはずだ。それでも、この馬鹿息子を巻き込んで突き進もうというのかい?」
ユーイング伯爵の言葉には、息子を案じる親の情が籠っていて、私はズキリと胸が痛んだ。今の髪色が一時的なものだとしても、それを抜きにしても問題は多い。巻き込んでいることは、痛いほど分かっていた。それでも私は、マーティン様のことを諦めることが出来ず、結果的にマーティン様は眠り続けているのだ。
「……」
私は何と言ったらいいか答えが分からず、喋ることのできない悔しさで、手の平に爪が食い込むほど強く手を握りしめた。
不意に温かい手が、緊張で冷たくなった私の手をギュッと握りしめた。私は反射的に、眠っているはずのマーティン様をパッと見た。
「父上、その辺で勘弁して下さい。エヴェリーナ嬢は事情があって喋ることに制限があるのです。あなたの言いたいことは、全て俺が聞きますが、エヴェリーナ嬢を諦めろという言葉だけは、絶対に聞きたくありません。不出来な息子で申し訳ありませんが……、これだけは譲れません」
ベッドから体を起こしながら、マーティン様は挑むようにユーイング伯爵を真っすぐに見た。ユーイング伯爵は、私とマーティン様の繋ぐ手を見て、またハァーっと長い溜息を吐いた。
「馬鹿息子、別に私は反対しに来たのではない。お前が目を覚まさないと言うから、様子を見に来たのだ」
「あ、そうでしたか。それはすみませんでした。緑の精霊に、棲み処の森に招待されて、懇々と説教を聞かされていたので、目を覚ます暇がありませんでした」
「……⁉」
私の声にならない悲鳴に、マーティン様が安心させようと、握る手にぎゅっと力を込めた。
「大丈夫だよ。俺は改めて、俺がエヴェの運命の相手なんだと、緑の精霊に宣言してきた。何を言われても絶対に、エヴェを緑の精霊に渡さない。それより緑の精霊に事情は聴いた。俺のせいで、エヴェのことを危険にさらした。誓って俺に婚約者はいない。手違いですることになった見合いの相手が、勝手に現れて君に誤解を与える様な発言をしたようだ。見合いのことも、事前にちゃんと説明していたら、こんなことにならなかった。本当にごめん!!」
私の方を見て、マーティン様は頭を勢いよく下げた。そしてユーイング伯爵を見て、マーティン様ははっきりと自分の意志を示した。
「父上、身勝手な理由でエヴェを傷つけた令嬢とは、取引先の義理がある見合いであっても会うことは出来ません。会ったとしても、俺は許せずに令嬢に抗議をして、きっと領地の不利益になると思う。どうかすぐ、断って下さい。正式に抗議するかどうかは、父上に任せます」
不本意だという顔で、マーティン様はそう言ってから、気遣うように私を見た。
「分かった。令嬢の行動は、こちらとしても看過しがたい。見合いは無かったことにしよう。ただ、こちらも一度見合いを受けた手前、断ってすぐにエヴェリーナ嬢との婚約を進めることは難しい。第一、こちらが婚約を一方的に進められるものでもない。エヴェリーナ嬢の生家に婚約の打診すらしていないだろう?」
「確かにそうですね……。まずは俺の家から説得しようと思っていたので……」
私の実家はおそらく問題はない。元より、運命の相手を探しにタランターレ国に来たのだ。運命の相手と婚約したいと言えば、お爺様もお婆様も、恐らく駄々をこねる父様も最終的には折れてくれるはずだ。ただ、家族が了承したとしても、国は別だ。特に現状、私の髪色は稀有な存在だと宣伝するほどに緑色なのだ。
「詳しい話は、領地に戻ってからだ。夏の長期休暇にエヴェリーナ嬢を連れて、領地に帰って来なさい。母さんも心配していたし、今後のことを全てここで決めてしまうのは、流石に無理だ」
「分かりました。急ぎたいですが、そこは待ちます。見合いの件だけは、よろしくお願いします」
「よかろう。そこは責任を持って対処しよう。エヴェリーナ嬢、いろいろ言ってすまなかった。夏に会えるのを楽しみにしているよ」




