第21話 魂が壊れる
「あなたが精霊の加護持ちってだけで、ユーイング伯爵令息の恋人になった図々しい方ね?」
放課後、マーティン様との待ち合わせ場所に向かって一人で歩いていると、向かい側からやって来た女生徒に突然声をかけられた。
ミルクティーブラウンの髪と、勝気な青い瞳が印象的な美人だ。かなり失礼な言い方だったが、彼女の言った恋人という言葉に照れて赤くなる私に、女生徒は勝ち誇ったようにフンっと鼻を鳴らした。
「恋人なんて、わたくしはまったく気にしませんわ。わたくしがユーイング伯爵令息、いえ、マーティン様の婚約者(予定)ですもの。せいぜい、今だけ浮かれていればいいわ。もうすぐお別れですものね。では御機嫌よう」
令嬢はそのまま去って行った。一方的に言われた言葉に、私は一瞬思考が停止した。そして言われた意味をゆっくりと理解した。マーティン様の婚約者?つまり、彼女が結婚する相手??
「うっ……」
理解した瞬間、胸に激しい痛みを感じた。痛む胸に手を当て、必死に息を吸おうとするが、胸の痛みのせいで上手く吸うことが出来ない。それでも事実を確認したい一心で、私は痛む胸を押さえたまま、重たくなる歩みを進めてマーティン様が待っている東屋へ向かった。
私が東屋に着くと、マーティン様が本を読みながら私を待っている姿が見えた。
「エヴェ、遅かったね。何かあった……、エヴェ?どうしたんだ、顔色が真っ青だ」
私に気づいたマーティン様は、本を置いて私に近づいてきた。待っていてくれたことにホッとした瞬間、さらに激しい痛みが私を襲い、私はそのまま膝をついて蹲った。
「エヴェ⁈」
慌てて駆け寄ったマーティン様が、私の体を支えてくれると、激しく痛んでいた胸の痛みが徐々に弱くなって治まった。
「……マー、ティン、様……、こん、…」
すぐにでも婚約者がいる事の真偽を確かめたかったが、マーティン様の名前を呼んだ瞬間に、私の意識は遠のいた。
次に目を覚ますと、そこは森の中だった。
「ここ、どこ?」
『愛し子よ。そなたの魂は限界じゃ。今世は諦めて、我の元へまいれ』
声が聞こえて、私はハッと声のした方を見た。
「緑の精霊……?私は死んだのですか?」
気を失う前、私は経験をしたことがない激痛に襲われた。そのまま心臓が止まっても仕方がないほどの痛みだった。
『まだ死んではおらぬ。いや、死ぬことも叶わぬか……。そなたの魂は今壊れかけている。壊れてしまったら、もう元には戻せぬ。死ぬよりも酷い、消滅するのだからのう』
悲痛な緑の精霊の顔を見て、私はそれが嘘ではないと理解した。
「消滅って、どういう意味ですか?」
『二度と生まれ変わることもなく、消えるということ。そなたの魂は、元々傷だらけじゃった。それが異世界から来た魂と融合して、なんとか形を保っておったのじゃ。我はそなたに加護を与え、その魂の脆さを補ったが、そなたが運命の相手を見つけ出し、その者と絆を深める度に我の加護の庇護が弱まっておった。本来なら、その者と真実の愛を得て、魂は強く結びつくはずじゃったのに、その前の一番危うい時期にそなたの心は深く傷つき、壊れかけておる。このままでは、魂がもたぬ。そうなる前に、我の花嫁になれ』
傷ついた原因はすぐに思い当たった。マーティン様の婚約者が現れた、そのことに私は深く傷ついた。でも、まだそれが事実か確認していない。私は緑の精霊の顔を見て、首を横に振った。
『もし裏切られたら、そなたの魂は一瞬で消滅するのじゃぞ!それでも戻ると言うのか?我と来れば、その魂は徐々に癒され、数百年後には新しい生に転生できる可能性もある。それに我はそなたを裏切ることはない』
緑の精霊の言葉に、私の心は少しだけ揺れた。消滅すると言われて、平気なわけがない。このまま苦しい気持ちを忘れて、緑の精霊と一緒に行けば幸せなのかもしれない。でも、数百年後に魂が癒されて生まれ変われたとしても、そこにマーティン様はいない。
「……現実の世界に戻してください。私はマーティン様を信じたい」
『仕方がないのう。では、少しだけ加護を増やしておこうかの。それでも一度傷ついた魂は、すぐには治らぬ。暫くは苦痛が伴うが、それでも戻るのか?』
「はい、戻ります」
『そうか……、我の愛し子は、強情なので困ったものじゃ。後悔のないようにのう』
困った様に微笑んだ緑の精霊が、私の頭を優しく撫でた。スーッと意識が遠くなり、私は瞳を閉じた。
「エヴェ、お願い、目を覚まして……」
フレデリックの悲壮な声で、私の意識は浮上した。
「……ここは?」
「良かった、目が覚めた。医務室だよ。マーティンがエヴェを抱きかかえて、ここまで運んできた。知らせを受けて僕が駆けつけたら、突然マーティンまで倒れて、今は隣のベッドで寝ているけど……」
「もしかして……?」
「多分、意識だけ緑の精霊に連れて行かれたのかも?迷いの森とかに連れ込まれてたら、僕たちではどうしようもないから、僕はここに残って二人を看ていて、コーディーとキース、クリスは何があったのか調べに外に出ている。ねぇ、何があったの?」
フレデリックの問いに、私の胸がまたズキっと痛んだ。私は、マーティン様の婚約者を名乗る令嬢に会ったこと、そのショックのせいで魂が壊れそうになったことを説明した。
「え、じゃあ、マーティンは緑の精霊の怒りに触れて?帰って来れないんじゃないかな?」
「それは無いと思う。私をここに帰した時点で、今はまだ静観してくれるはず」
婚約者がいるのかを確認するために戻って来たのに、マーティン様がいないのでは戻った意味がない。何か理由があって、マーティン様を連れて行ったのではないだろうか。終われば戻してくれるはずだ。そうでなければ、覚悟して戻って来た意味がない。
「そうか、それならいいけど。それにしても、エヴェの髪、それも加護の影響か……」
フレデリックの言葉に、私は慌てて自分の髪を見た。今までは前髪の一部が緑になっていたが、今は視界に映る髪、全てが緑に変わっていた。私はベッドから降りて、壁際に掛けてあった鏡の前に立った。
「な、なによ、これ。ほとんど緑じゃない」
魂を補うために、加護を増やしておくと緑の精霊は言っていた。今、鏡に映る私は、前髪の一部が辛うじて銀色で、それ以外は腰の辺りまである髪全てが緑に染まっていた。
「まるでお伽話の緑の精霊の花嫁みたいだよね。これ、第二王子が知ったら、無理やりに花嫁にされる案件だよね」
フレデリックの言葉に、私はがっくりと肩を落とした。精霊の加護の強さは、精霊の髪色の多さで判断される。つまり髪のほとんどが緑色になった私は、国宝級の加護を与えられたと自ら宣伝しているようなものだ。
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