第20話 sideマーティンの葛藤と覚悟
エヴェが階段から突き落とされた時は、自分の判断の甘さを本当に後悔した。もっと早く守れる立場になっていれば良かったと。この件をきっかけに、俺はエヴェに告白し、結婚を前提につき合うことになった。これで表立ってエヴェを守ることが出来る、自分の存在が抑止力になるのだと思っていた。
「そんなに自分を責めないでよ。僕たちもまさかここまで、マーティンに心酔する令嬢たちが過激だとは予想できなかったんだよね……」
エヴェを女子寮まで送っていき、男子寮に戻って来ると、コーディーたちが俺のことを待っていてくれた。俺の表情が曇っているのに気づいたコーディーが、俺の肩を叩いて慰めの言葉をくれたが、俺の気持ちが浮上することはなかった。
それよりも気になったのは、俺に「心酔する令嬢たち」という言葉だった。可愛いコーディーは後輩に人気があるし、傾国の美貌を持つ白の魔法使いであるクリスがモテるのも知っている。誰にでも公平で優しく格好いい、優等生のキースに隠れファンが多いのも気づいていた。
「俺に心酔する令嬢たち??」
「ああ、普段はお互いに牽制して、マーティンに直接接触する令嬢はいなかったけど、マーティンはユーイング伯爵家の嫡男。顔だって整っているし背も高い。将来有望な嫁ぎ先だと思わないか?」
クリスの言葉に、確かに客観的に見ればそうなんだろうかと思った。
「もしそれが事実なら、抑止力になれると思っていたのは、俺の読み違いだったのか。俺のせいで、エヴェは2度も危険な目に合っているのか?」
「2度か……。細かい嫌がらせもいれれば、数えきれないんだよね。エヴェリーナ嬢はマーティンに言ってないんだよね?」
キースの言葉に、俺は何かに殴られたような衝撃を受けた。数えきれない嫌がらせ?放課後に会う度、エヴェは何もなかったように、俺と会話を楽しみ微笑んでいた。
俺が無意識に拳を握りしめたのを見て、キースは慌てて言葉をつけ足した。
「ああ、嫌がらせと言っても、教科書が紛失したり水浸しになったり、一部の女生徒に無視される程度で、命に関わることじゃ……、ごめん、追い打ちだったな」
俺の顔色がどんどん悪くなるのを見て、キースがシュンとなって謝った。俺は初めて知った事実に、かなりの衝撃を受けていた。
「気休めにならないと思うが、今日の犯人は捕まえておいた。ただ、教官が言うには、当人はここまで大事にする気はなくて、閉じ込めて困らせたかっただけだと言っているから、反省文と停学処分で、退学にはならないと言っていた」
クリスの言葉に、俺はグッと奥歯を噛みしめた。確かにその女生徒が行ったのは、魔物保管室に閉じ込めただけだ。運悪く暴れた魔物の檻が落下して壊れ、魔物が這い出てエヴェに襲い掛かった。悪意を持って階段から突き落とした時とはわけが違う。でも、俺には等しく同じ悪意に思えた。
「それでも、エヴェは死にかけたんだ……。俺のせいで」
「違うよ。マーティンに想いを寄せた令嬢の暴走だ」
キースの言葉に、俺は乾いた笑いが漏れた。違う、俺のせいだ。守るって言ったのに、俺はエヴェに迷惑しかかけていない。
「まさか自分から身を引いたりしないよね?」
コーディーの心配そうな言葉に、俺は首を振った。
「それだけは出来ない。エヴェには申し訳ないけど、もう手放せる気がしない」
俺の言葉に、3人はフッと笑って、それなら守るしかないなと肩を思いっきり叩かれた。俺は気合を入れて頷いた。
「領地にいる両親に伝書蝶を飛ばす。正式に婚約を結んで、エヴェを婚約者にすれば、これ以上手を出さないだろう」
エヴェの事情を考えて、正式に婚約を結ぶのは待っていたが、このまま恋人関係というだけでは、令嬢の嫌がらせはなくならないだろ。それなら完全に、エヴェが俺の唯一なんだと示すしかない。
まずは俺の両親を説得して、その後に正式にエリシーノ国にいるエヴェの父、アンデル伯爵へ婚約の申し込みを送ることになるだろう。必要なら、休暇の間にエリシーノ国に行って直接申し込んでもいい。
「マーティンも婚約者が出来るんだね。婚約者持ちが増えるのは嬉しいな」
コーディーは幼馴染のアリス嬢と、小さい頃に婚約を結んでいる。アリス嬢は体が弱く、魔力量も少ないので領地に籠って家庭教師に勉強を学んでいる。王都と領地では、長期休暇以外は会えないので遠距離恋愛で寂しいと、よく愚痴を言っている。
「いろいろ事情があるから、すんなりはいかないと思うけど、絶対に認めてもらう」
「ああ、頑張れよ」
俺はその晩に、早速両親に向けて伝書蝶を飛ばした。婚約したい令嬢がいるので、許可が欲しいと書いた。出来るだけ早く婚約をしたいので、一度会って欲しい旨を書き、そのまま伝書蝶に魔力を込めた。伝書蝶は俺の手からふわりと飛び立ち、そのまま俺の両親がいる領地へ向かって飛んでいった。
2日後、父から急ぎの伝書蝶が飛んできた。
「手違いで、見合いの席を設けてしまった⁈断るにせよ、一度顔合わせをして欲しい、だと?」
手紙には、領地の取引先の貴族令嬢が俺に好意を寄せているらしく、見合いの打診があったそうだ。俺には3年生になっても、婚約者どころか恋人の影もなかったので、気軽に申し出を受けてしまった。と書いてあった。タイミングの悪さに、俺は頭を抱えた。
「こんな事なら、恋人になった時点で知らせておくのだった……」
俺がどうやって断ろうか考えている間に、理由は分からないが、エヴェに対する嫌がらせが綺麗さっぱり無くなっていた。
クリスたちが何かしたのかと思って確認したが、誰も何もしていないと言っていたし、俺の情報網をもってしても、その事に関する明確な理由は探すことが出来なかった。
俺が不思議がっている横で、エヴェが複雑な顔で微笑んでいたのが少し気になった。きっと急に嫌がらせが無くなって、戸惑っているのだと解釈して、そこは敢えて聞くことはなかった。
「いろいろとごめんなさい……」
エヴェが小さく呟いた言葉は、見合いをどう断ろうか考えていた俺の耳には届かなかった。
「あのさ、エヴェ。俺……、いや、何でもない」
俺の方を向いて微笑むエヴェの顔を見たら、俺は見合いをすることになったと、どうしても言うことが出来なかった。ずっと俺のせいで嫌がらせをされていたエヴェに、これ以上俺のことで嫌な思いをして欲しくなかった。
例え見合いをしたとしても、その場で手違いだったと誠心誠意詫びて、すぐに見合いを断ればいいと思っていた。そうすれば、エヴェには知られることなく処理できると簡単に考えていた。
その考えが甘かったと後悔するのは、見合いの日程が決まってすぐのことだった。




