第19話 モブですが、白薔薇を愛でる会の会長です
魔物たちが私の指示に従い檻に入っていく様子を、マーティン様がじっと見守っている。最後の魔物が入り終わると、私はホッと息を吐いてマーティン様を見た。視界に入ったマーティン様の表情は、いつの間にか曇っていた。
「分かっていたけど、実際に見ると、エヴェの加護の力が国の宝だと言われるのも分かる。でも、魅了が魔物にまで効果があることは、出来れば秘密にしてくれないか……」
「マーティン様?」
私の顔を見て、マーティン様が気まずそうに顔を横に背けた。
「あ、……ごめん、今のは卑怯な考えだった。今でも君と俺の間には障害が多い。これ以上加護の力が増えれば、俺はエヴェと一緒にいられないかもしれないって、不安になった……。頑張るって決めたのに不甲斐ないな……」
付き合うことになって、私は今後自身に起こり得る可能性を、包み隠さずに正直に話した。精霊の愛し子は国の保護下に置かれ、国外に出ることが本来は出来ない。今回は特例だということ。3年間の留学が終われば帰国する約束で、戻った後の処遇は決まっていないが、自由に過ごすことがとても難しいこと。
結婚を前提にすることは嬉しいが、実現するには国レベルでの許可が必要になる可能性があること。それ以外にも、障害になる可能性は山ほどある。
「そんなことないです。私もマーティン様の意見に賛成です。魔物を操れるなんて知られたら、私は一生王宮に閉じ込められるか、危険分子として一生監禁されるかも……?コーディー様にも口止めをお願いできますか?」
私が少しお道化ていった言葉に、マーティン様は苦笑した。そして小さく「気を使わせたな。ありがとう」と言って微笑んだ。
前世30歳の記憶を持っている私とは違い、マーティン様はまだ15歳だ。成人が16歳のこの世界であっても、私の重すぎる事情は背負うには荷が勝ちすぎる。それでも精一杯、一緒に挑もうとしてくれるマーティン様に、感謝こそすれ不甲斐ないとは思うはずがない。
私は感謝を込めて、マーティン様の手をぎゅっと握りしめて微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございます」
魔物保管室を出た私たちは、外で見張ってくれていたコーディー様に事情を話し口止めをした。コーディー様は快く了解してくれ、協力は惜しまないと言ってくれた。
「それにしても、魔物保管室に閉じ込めるなんて、エヴェリーナ嬢の力がなかったら、下手したら怪我どころか死んでしまっていたかもしれないよね?いくら気に入らないからって、これは流石にやり過ぎだね」
不穏な微笑みを浮かべるコーディー様に、マーティン様も深刻な顔で同意していた。医務室に行って、怪我の治療を受けて、やって来た教官に事の次第を説明し終わると、私はマーティン様に送られて赤の薔薇寮まで戻って来た。女子寮の前にある門から先は男子禁制なので、その前でお礼を言って別れた。
疲れて重くなった足を引きずりながら寮に向かって歩いていると、不意に私の耳に不穏な声が届いた。思わず胸の鼓動がドクッと跳ね足を止めた。
「悪役令嬢エヴェリーナが、どうして襲われているのかしら?バグ?それとも……」
その声は確かにそう言った。悪役令嬢??
私の特技は、遠くの音を聞くことだ。私は気づかれないように声が聞こえた方向を見た。かなり離れた木から、制服のスカートがちらりと見えた。私は気づかれないようにそっと近づき、一気に木の後ろに回り込んだ。
「ぎゃっ」
驚きのあまり、淑女としては残念な悲鳴を上げて、一人の女生徒が目を見張った。
「な、なにか、私に用事かしら……?」
私は持っていたメモ帳に素早く「悪役令嬢?」と書いた。
「な、さっきの言葉、聞こえていたの?」
私はコクリと頷いた。そしてメモ帳に「聖なる乙女の祈り」と書いてみた。もし私と同じ転生者なら、乙女ゲームのタイトルを書けば、何かしらの反応が返って来ると思ったのだ。もし転生者でなければ、反応は無いと思ったのだが、その女生徒はメモをガン見して暫くの間固まった。
「あなたも、やっぱり転生者なのね?そうよね?」
沈黙の後、女生徒は私を指さしてそう宣った。私は否定せずに頷いた。だって彼女は言ったのだ、あなたも、と。つまりこの女生徒も転生者なのだ。胸元の寮バッチは白い百合、その下に寮長を示すリボンがついていた。私の視線に気づいた女生徒は、自己紹介をした。
「私は白の百合寮の寮長、4年生のコレット・ベイリーよ。……ああ、考えなくてもいいわよ!私は乙女ゲームの中には出てこない、モブキャラですらないから」
私の思考を読んだのか、コレット・ベイリーが慌てて手を振った。
「私は前世でこの乙女ゲームに嵌まっていたファンで、趣味と実益を兼ねて本を出していたのよ。転生したことには驚いたけど、記憶を辿って思い出しても私の存在は、このゲームには登場していない。思い出した当時はショックだったのよ。でも、学園には攻略対象が存在していたし、ヒロインは今も見当たらないけど、悪役令嬢エヴェリーナが転校してきて、やっとゲームが始まるかと楽しみにしていたの……」
ところが待てど暮らせど、悪役令嬢のはずの私は、それらしいことはしないし、ナビゲートのマーティン様と恋人になってしまった。そもそも虐めるはずのヒロインはいないので、設定からして無理がある。更に攻略対象のはずの隣国の第5王子は、自国で何か問題を起こして留学にもきていないらしい。
「仕方ないから今世でも、趣味だった創作活動に勤しんでいたのだけれど、一部の令嬢にバレてしまって、今では同好会として活動しているの。ただ、会長の私の存在は一部の生徒以外には秘密なので、くれぐれも内密にしてね」
そう言って薄い本を手渡された。表紙はクリスティアン様がキース様を抱きしめている絵が描かれている。これはまさか……⁈
「白薔薇を愛でる会で発行している、所謂同人誌ね。こちらに漫画という文化はないから、文章と挿絵だけなのよ。私は前世でもBL専門だったから、今世もそうなんだけど、貴族令嬢にも、平民の女生徒にも結構人気なのよね」
私はそっと薄い本のページをめくった。そこには声に出して(喋れないので読まないが)読めない内容が、びっしりと書かれていた。攻略対象のクリスティアン様が(名前は一応違う)が、キース様(こちらも違うが似た名前)に愛を囁きベッドに……!これは、拙いのでは?
「ああ、言いたいことは分かっているわ。バレたらヤバいわよね。なので、くれぐれも内密にね。私もあと2年したら卒業して引退するから、それまでだし。あ、それと次回発行は、攻略対象のコーディー様と悪役令嬢エヴェリーナの弟フレデリックの予定なんだけど、……お願い睨まないで、これはあくまで創作、妄想であって現実ではないのだからね」
とんでもないことを言っているのに、言い切られると強くは怒れない気がしてくるから不思議だ。確かに現実ではないが、次にキース様たちに会った時にこの文章を思い出せば、私は平静でいられる自信がない。
「お詫びと言っては何だけど、次回作であなたとマーティン様も登場するから、白薔薇を愛でる会の会長の権限で、これ以上あなたに危害を加えることがないように、会員に指令を出す予定だから」
私がよく分からず首を傾げると、コレット様はニヤリと微笑んだ。曰く、白薔薇を愛でる会の発行している会報(同人誌)は、令嬢から絶大な支持を集めているので、それを牛耳っている会長が、本に登場する(予定)の人物(私)を害することを阻止するように言えば、どうにでもなるそうだ。
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