第18話 緑の精霊の加護の正しい使い方
マーティン様と正式にお付き合いを始めて10日がたった。公表はしていないが、キース様たちからは祝福され、細かい嫌がらせはあるものの平穏な学園生活をおくっていた。
初めは弟のフレデリックも警戒して、常に一緒に行動してくれていたが、それもずっとは難しい。女性だけの授業もあるので、移動も男女別になることもある。
今日は女性だけの授業があり、その授業が終わってあとは寮に戻るだけだった。付き合うようになってからは、マーティン様と時間を合わせて、放課後に会うようになっていた。その様子を学園の生徒にも目撃され、二人が恋人関係になったのではと噂されるようになっていた。
それは恥ずかしいような照れくさいような、でも嬉しくてうずうずする何とも言えない気持ちだった。きっと私は、かなり浮かれていたのだと思う。
「あなたが、ユーイング様の恋人だなんて、絶対に認めませんわ!」
突然後ろから声がして、直後にドンと勢いよく突き飛ばされ、私は扉の開いていた一室に転がり込んだ。転んだ拍子に腕と膝を強打して、思わず顔を歪めている間に、背後の扉がバンっと締まり鍵のかかるガチャリという鈍い音が聞こえた。
「……⁈」
閉じ込められた事実に愕然としながら、確認のためドアノブを回してみたが、やはりドアは閉まっていた。部屋の奥からは、何かが動いてガタガタと激しく金属がこすれる音がしている。
すでに嫌な予感しかしないが、私は薄暗い部屋の中に目を凝らした。部屋の奥には、頑丈そうな鉄の檻がいくつも積み上げられ、その中には何か生き物がいるのか荒い呼吸音がする。更に大きめの檻からは、今までに聞いたことのない低い唸り声まで聞こえてきた。
突然部屋に入ってきた私に、檻の生物たちはかなり興奮しているようで、ガシャンガシャンと体を檻にぶつけ、激しく檻を揺らしている。そのうち上に乗っていた檻がバランスを崩して、下に落下した。運が悪いことに、そこには大きめの檻があり、互いにぶつかって檻が破損したのか、中から黒い物体がのそりと這い出して来るのが見えた。
その存在は禍々しく、私は恐怖心から壁際まで後ずさったが、残念ながら退路となるはずの扉は締まっており、それ以上逃げることは出来なかった。
『ぐるるるる』
薄明りの中、低い唸り声と共に黒い物体の輪郭が浮かび上がった。せめて大きな犬であって欲しいと願ったが、残念ながらその黒い物体は魔物だった。大きな口からは殺傷能力が高そうな大きな牙が見えているし、狼よりも体躯は明らかに大きい。知能も高いようで、その大きな前足で他の檻を壊し、中にいた他の魔物まで解放してしまった。
私の目の前で、解放された魔物数匹はそのまま魔物に飲み込まれてしまった。魔物が食事をしている隙に、私は震える手で首に下げている魔道具のペンダントを握りしめて声を出せるようにした。
風属性の私は、いくつかの風魔法が使える。ただ詠唱に時間がとられるので、どこまで近距離の魔物に対応できるかは分からない。だからと言って、このまま黙って殺されるわけにはいかない。
「風の……」
風魔法発動の呪文を唱えようと、声を出した途端、魔物は弾かれたように私の方へ飛びかかった。魔物の前足が私の肩を押し倒し、そのまま私は魔物に乗りかかられた。私の顔の前ギリギリに大きな口と牙、熱い呼吸が私の頬を撫ぜる。
もう、マーティン様に会えないの⁈そんなの……
「いやっやめて!!」
今までに出したことのない声だった。その瞬間、魔物はピタリと動きを止めた。
「私の上からどきなさい!」
魔物は言われるままに私から離れた。他の魔物も同様に、私の方を見てじっとしている。まるで躾のされた犬のように大人しくなった魔物たちに、私はようやく落ち着きを取り戻した。
「まさか加護の力が、魔物にも有効なの……?」
魔物はさっきまでの威圧感を出すことなく、じっとしている。私は恐る恐る声を出した。
「おすわり、ふせ」
私の指示に合わせて、大小関係なく魔物たちが動く。その様子に、私は止めていた息を吐いた。伏せの姿勢のまま、魔物たちは動かないが、扉の鍵が開かない限りこの状態のままだ。どうすることも出来ず、困っていると扉を叩く音がした。
「エヴェ、ここにいるのか?」
私は返事をする代わりに、内扉を2回叩き返した。暫く待つと、ガチャリと鍵の開く音がして、薄暗い部屋に外の光が入ってきたので、私は眩しくて目を細めた。
「大丈夫か?」
私は入ってきた人物の胸元に、勢いよく飛び込んだ。マーティン様……、もう会えないかと思いました。声に出すことは出来ないが、気持ちは伝わったのか、マーティン様は答えるように強い力で抱き返してくれた。
「……!」
直後、肩に激しい痛みが走った。緊張で気付かなかったが、魔物にのしかかられた時に鋭い爪で肩を引っかかれたようだ。
「エヴェリーナ嬢、無事、ではないみたいだね……、マーティン、一度離れてよ。僕が癒すから」
マーティン様の背後から、コーディー様の声がした。攻略対象のコーディー様は、光属性の魔法を使える。防御の方が得意で、癒しの魔法は苦手だったと記憶している。
「癒しの光は得意じゃないから、痛みを軽くする程度だけど、医務室まで行く間、少しはましだと思うから」
コーディー様は肩の傷に手を当てて、癒しの光の呪文を詠唱した。温かい光に、痛んでいた傷が癒されていく。綺麗には治っていないが、痛みは消えてホッと息を吐いた。
「何があったんだ?待ち合わせの時間になっても来ないから、探しに来たんだけど。エヴェの髪留めが扉の前に落ちていたから、運よく見つけられたけど……」
「ここ、魔物保管室だよね?生物学の生徒が、研究材料として飼育しているはずだけど、何があったの?」
私は持っていたメモ帳に、誰かに押されてここに閉じ込められたけれど、加護のお陰で助かった、と書いた。室内には、檻から出た魔物が、私の指示に従って伏せの姿勢で大人しく待っていた。
「つまり魔物たちが大人しいのは、エヴェリーナ嬢の加護の力、ってこと?」
コーディー様の質問に、私は頷いた。魔物にも加護の力が有効だなんて、読んだ文献にも載っていなかった。きっと緑の魔法使いであるお爺様も知らないはずだ。知っていたら、エリシーノ国にいる時に、その力を使って魔物がいる森に入って、お爺様が魔道具作りに必要な材料採取に駆り出されていたはずだ。
マーティン様が魔物の入っていた檻を確認して、私の元に戻って来た。
「エヴェ、取り敢えず、魔物をこのまま放置してはおけないから、壊れていない檻の中に戻したいんだけど、出来そうかな?」
私が頷いたので、マーティン様は私と一緒に魔物保管室に入って、声が漏れ聞こえないように扉を閉めた。外にはコーディー様がいるので、もう一度閉じ込められる心配はないだろう。
「檻の半分は壊れているから、無事だった檻に、肉食系は一つの檻に一頭、草食系は出来るだけまとめて。生物学の教官に知らせたあと、こんなことをした犯人を捜し出してやる!」




