第17話 告白と緑の精霊
マーティン様が突然跪くと、私の手を取り口付けた。
「あ、あの……」
口付けされた手から直接熱が伝わるように、私は真っ赤になってマーティン様を見つめた。マーティン様は真摯な眼差しで、挑むように私を見つめ返した。
「エヴェリーナ嬢、俺はあなたのことが好きだ。結婚を前提に、俺の恋人になって欲しい。俺に君を守る権利を与えてくれないか」
私は言われた言葉を、かなり混乱しながらも理解した。マーティン様が私のことを好きだと、結婚を前提に恋人になって欲しいと、そんなことを言われたら私の答えは一つしかない。
了承の返事をしようと、私はマーティン様の手を握り返そうとした。ところが急に私とマーティン様を遮るように強い風が吹き、私は伸ばしかけた手を引いた。
「え?」
マーティン様が私の横を驚いたような顔で見たので、私はつられて横を見た。そこには美しい緑色の髪にどこまでも見透かしたような透明な瞳を持つ、何度見ても慣れない容姿の美しい緑の精霊が立っていた。
『我の愛し子を誑かそうとは、命が惜しくないのかのう?』
独占欲を隠すことなく私の肩を抱いた緑の精霊が、マーティン様を威圧的に睨んだ。
「男……?」
マーティン様の呟きに、私は驚いて緑の精霊を見た。男?いや、どう見ても女性にしか見えない。だって誠に遺憾ながら、私よりはるかに立派な胸があるのだ。どう見ても妖艶な美女だ。
『ほう。我が男に見えるか?それは面白いのう。迷いの森に引きずり込んでやろうかと思ったが、様子をみようかの?』
しれッと怖いことを宣う緑の精霊から、私は慌てて距離を取りマーティン様の手を取った。迷いの森とは、エリシーノ国にあると言われている森で、妖精や精霊が気に入った人間を閉じ込めるというお伽話に出てくる森だ。まさか本当に存在しているとは知らなかった。一説によると、迷いの森に入った者は二度と元の世界には帰って来られないとか……
「マーティン様、緑の精霊は女性ではありませんか?」
私の問いに、マーティン様はじっと緑の精霊を見ながら首を傾げた。
「緑の精霊?いやいやいや、あんな逞しい胸筋の女性は見たことがないし、腕だって筋肉質だ。どう見ても男性にしか見えない」
「逞しい胸筋?豊かな胸、ではなくて?」
私たちのやり取りが面白かったのか、緑の精霊がくつくつと笑い声をあげた。
『前に言ったであろう。我に性別は無いのじゃ。見る者によって見方も変わる。その男が我が男だと言うのなら、そうなのじゃ。つまりその男は、我の愛し子を奪う者じゃ』
「奪う者?」
『運命の相手だということじゃ。ただし真実の愛が得られなければ、その男は我にそなたを奪われることになる、それもまた一興。今は、静観しようぞ。ではまたな』
いつも急に現れて、急に去っていくのが緑の精霊だ。もう少し具体的にどういうことなのかと聞きたかった気持ちを押さえて、私は諦念の境地で消える緑の精霊を見送った。
「今のが、緑の精霊か。凄い威圧感だった。俺のことを運命の相手だと言っていたが、どういうことかわかる?」
「あ、それは……」
私は覚悟を決めて、マーティン様を見つめた。マーティン様は私の言葉を待つように、じっとオレンジ色の綺麗な瞳で見つめ返してくれる。その様子に、正直に私が何故留学してきたのかを話したとしても、この人ならきっと大丈夫だと思うことが出来た。
私は緑の精霊の加護を無くすため、この国に運命の相手を探しに来たこと、そしてその相手は私の声を聞いても魅了されないことを説明した。
「つまり俺がエヴェの運命の相手?」
「ああ、こんなこと突然言われても迷惑かもしれないんですが……」
居た堪れなくなって、私は手を握りしめて俯いた。そんな私の手を、マーティン様はぎゅっと握りしめて微笑んだ。
「どうして?俺は今、君に結婚を前提に交際を申し込んだんだよ。そんな相手が、運命の相手だなんて、幸福なだけじゃないか。それで、さっきは予期しない邪魔が入って、ちゃんと告白の返事を聞けてないんだけど?」
悪戯っ子のような顔で私の方を覗き込んだマーティン様に、私の気持ちは一気に高鳴った。あああ、もう。
「だ、大好き、です。私の気持ちも、マーティン様と同じ。もしかしたら、私の方が重いかも……ですが、こんな厄介な呪い付きですが、よろしくお願いいたします」
「よかった!ちゃんと了承がもらえるまで、実はずっとドキドキしていた。俺も、きっと負けないくらい重いから、似た者同士、よろしく」
心から嬉しそうな破壊力満点の笑顔に、私は動悸が激しくなり思わず胸を押さえた。悶絶したい気持ちをマーティン様に気づかれないように、推しの笑顔をしっかり心に記録しながら、心拍を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
マーティン様に告白されて付き合うことになったと、私は真っ先にフレデリックに話した。少し複雑そうな顔をしながらも、フレデリックは無事運命の相手を射止められたことを祝ってくれた。
「でも、エヴェ、分かっているよね?お婆様の占いで、ここまで勢いでやって来たけど、実際にマーティン様と添い遂げようと思うのなら、越えなくてはいけない壁がいくつもあるって……」
「……分かっているつもりよ。3年間の留学をもぎ取るだけでも、かなり揉めたのよ。このまま上手くいって、マーティン様と婚約するとなっても、私を国外に出してくれるはず、ないわよね……」
精霊の加護、精霊の愛し子は、国の宝だ。本来なら王宮に滞在して、国の決めた相手と婚姻を結ぶことが多い。歳が近く貴族であれば、王族との婚姻も有り得る。第一王子の婚約者がその例だ。
一生国から保護されるが、自由に生きることは難しい。いわば立派な鳥かごに囚われた鳥のようなものだ。私の場合、例え加護が無くなっても、精霊の愛し子であることは無くならないので、変わらず保護対象になるらしい。
「まずはお爺様に手紙を送ろう。ずっと探していた運命の相手が見つかって、付き合うことになったんだ。それだけでも、今までのことを思えば一歩も二歩も前進だよ。お爺様ならきっといい案を考えてくれるさ」
「そうね、前向きに考えましょう。お爺様なら、悪知恵も…、じゃなくて、いい案も持っているわよね」
「あとは、あれだね。マーティン様と正式につき合うとなると、今まで以上に嫌がらせが激しくなることが心配だな。階段から落ちただけでも、こっちの寿命が縮んだよ。用心してね」
フレデリックの心配そうな声に、私は頷いた。結果的に、私を突き落とした令嬢は、残念ながら退学処分になったそうだ。家門にも監督責任を問うため、何かしらの沙汰が下るらしい。一人の令嬢の未来に影が差したことになると思うと、被害者ではあるが何とも言えない後味の悪さを覚える。
このことがきっかけで、嫌がらせが無くなることを切に期待したい。
「そうね。階段からは二度と落ちたくないし、それ以上の嫌がらせも、遠慮したいわね」




