第16話 落ちました
マーティン様が運命の相手だと分かり、キース様とクリスティアン様は積極的に協力をしてくれるようになった。おかげで、何度も二人きりで昼食を取ることが出来たし、話もとても弾んだ。これはもう恋人と言ってもいいのではない?とフレデリックに言ったら鼻で笑われたけど……、私は勝手にそう思っている。
昼食を終えて、午後の授業のために教室戻ると、女子生徒の一部がわざと私を避けるように移動した。転校当初は喋れないなりに、クラスの女子生徒とも良好な関係を築けていると思っていたのだが、最近は一部の女生徒から一方的に避けられている。いや、無視だけならいいのだが、最近は身の回りの物が紛失したり、酷い時は教科書が水浸しになっていることもあった。
どちらかというとのんびりしているフレデリックも、流石にこのことには気づいていて、どうにかしようと動こうとしていたが、暫くは静観して欲しいとお願いした。ただでさえ緑の精霊の加護持ちだと悪目立ちしているのに、些細なことで騒ぎを起こして更に目立つようなことはしたくなかった。
「これって、些細なことに入るの?結構えげつないことしていると思うんだけど?」
フレデリックは、私の申し出に不満を漏らしたけれど、最後は私の意思を尊重してくれた。
私自身が、女生徒に嫌われるほどのことをした覚えはなかったが、嫌がらせや無視が始まった時期を考えると、マーティン様と親密になり始めた頃と重なる。自惚れでなければ、周りの人からも、親密だと思ってもらえていることになる。それはかなり嬉しい反応だ。ただ、これ以上嫌がらせが増えれば、そうは言っていられないのだが……
その日は少し遅れて、マーティン様と待ち合わせしていた昼食場所へ向かっていた。最近は、二人で昼食を取ることが当たり前になっていて、約束はしなくても「また明日」と言って微笑んでくれるマーティン様を、私は何とも言えない気持ちで見送っている。はっきりいって浮かれていたし、すっかり油断していた。
待ち合わせ時間ギリギリだったこともあり、私は少し焦りながら階段を下っていた。まさかそのタイミングで、階段から突き落とされるなんて思いもしなかった。
ドンッと音がすると同時に、鈍い痛みが背中に走った。あっと思った時には、体が完全に宙に放り出され落下していた。走馬灯のように景色が流れていく。誰かが悲鳴を上げているし、周りの生徒が驚いている顔も目に入った。加護のせいで声に出して魔法を詠唱が出来ない私は、属性である風魔法も発動できない。咄嗟のことで、残念ながら周りの生徒も誰一人として、落下する私を助けようとはしていない。
私は出来るだけ体にダメージがないように祈ることしかできなかった。打ちどころが悪ければ、最悪死んでしまうのだが、そこは腐っても緑の精霊の愛し子だ。加護の力で、命までは奪われることはないだろう。
痛いのは嫌だな……と思いながら、目をぎゅっと閉じ衝撃に備えた。
「エヴェ!!」
マーティン様の声がした瞬間、柔らかい風に包まれる感覚に、私は閉じていた瞳を開いた。その後すぐに、ドンッという衝撃と共に、マーティン様の逞しい腕の中に抱き込まれたまま床に倒れ込んだ。
風魔法だけでは、完全に人の体を浮かせることは出来なかったようだ。それでも勢いは十分に軽減されていたので、倒れ込んだ衝撃だけで大きな怪我はなさそうだ。
「エヴェ、怪我はないか?」
茫然とする私を心配そうにマーティン様が覗き込む。私は思わずマーティン様に腕を伸ばして、ぎゅっと抱きついた。無事だという安心感と、助からなかった場合の恐怖心が後から込み上げてきて、何かに縋り付きたかった。震えながら抱きついた私を、マーティン様は優しく抱きしめ返してくれた。
「無事でよかった。怖かったな。もう大丈夫だ」
マーティン様は、優しく私に声をかけ続けてくれたので、私もすぐに落ち着くことが出来た。
「エヴェリーナ嬢、大丈夫そうだね?犯人はこっちで確保したから、指導教官のところまで、一緒に行けそうかな?」
キース様の声がして、私はここが何処だったかを思い出した。公衆の面前で、マーティン様に抱きついてしまったことに気づいて赤くなってオロオロする私を、マーティン様はそっと優しく引き起こしてくれた。そして、そのまま肩を抱いて、人の目からも隠してくれている。
キース様の後ろに、クリスティアン様が立っていて、その更に後ろにはフレデリックとコーディー様がいた。クリスティアン様の横には、項垂れた様子の女生徒が一人立っていて、何かの魔法で拘束されている様に見えた。一応、逃げないように、女生徒の後ろにフレデリックが立っているようだ。
私が大丈夫だと言うように、キース様に向かって頷くと、クリスティアン様が女生徒に歩くように指示をして、私たちはその場を離れた。
「このまま歩いているのは目立つから、僕の闇魔法で移動しようか?」
キース様は闇属性の魔法使いで、影の中を移動できるそうだ。私を突き落とそうとしたとはいえ、まだ学生の女生徒を、晒し者にするのは抵抗があるので、私はその提案に乗った。ただ、影の中はどこまでも闇しかなく、影から出るまで生きた心地がしなかったので、出来ることなら次は遠慮したいと思った。
影の中にいる間、ずっとマーティン様が私の手を握ってくれていたので、私は辛うじて正気を保てたが、犯人の女生徒は途中で半狂乱になって気を失ってしまい、クリスティアン様が面倒くさそうに肩に担いでいた。
「制服のブローチは白の百合寮だから、貴族の娘なんだろうけど、エヴェリーナ嬢は他国の緑の精霊の加護持ちだ。こんなことをすれば退学、最悪の場合、国同士の問題に発展して、家門の責任も問われて一家郎党断罪になるってわからなかったのかな?」
クリスティアン様が呆れたようにそう言って、重い溜息をついたので、私は自分の立場に複雑な気持ちになって俯いた。加護のせいでいろいろな事に巻き込まれたが、流石に階段から突き落とされるような経験は初めてだった。
自国で私は、自分の預かり知れないところで敵視されたり、逆に神格化されたりしていた。乙女ゲームの中では、私がヒロインに嫌がらせをするのだが、確かに階段から突き落とす場面もあった。自分の手を汚さず、魅了で操った女生徒にさせていた。うん、それは最悪だ。断罪されても仕方ない。実際に落ちた私は、心からそう思った。
まさか先ほどの階段突き落とし事件も、無自覚の魅了で自分を突き落とすように女生徒を操って……?いや、それは流石にないか……
「エヴェ、大丈夫か?」
私を気遣うマーティン様の声が、混乱して変な方向に考える心を落ち着けてくれた。私は大丈夫だと分かるように微笑んだが、気遣うマーティン様の顔色の方が、私より青ざめていて心配になった。
「あのさ、女生徒を教官に渡したら、その後、二人で話がしたい……」
私は了承するようにコクリと頷いた。深刻な表情で、何かを思っているマーティン様の話を、聞かないという選択は、勿論私にはない。
やって来た教官に、突然突き落とされた経緯を筆談で伝え、後のことは任せると、私は皆と別れてマーティン様と二人で北館の外れにある東屋にやって来た。そこに向かう間中、マーティン様は何かを悩むように終始無言だった。東屋に人がいないことを確認して、私は魔道具のペンダントを握り声が出るようにした。
「マーティン様、先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました。あの、それで、話したいこととは……」
「エヴェ、本当は何度も言おうとしていたんだ。だけど、勇気が出なくて、でも、もう、これ以上……」




