第13話 運命の相手
「もしかして、声に惑わされた生徒を、クリスに忘却魔法をかけてもらおうと思っている、とかかな?」
キース様の問いに、フレデリックは気まずそうに頷いた。私も申し訳ない気持ちで、そっと俯いた。属性魔法以外の魔法は、魔法陣や魔術式で発動させるのだが、その魔法にも相性はあるようで、フレデリックは忘却魔法との相性が壊滅的に悪かったのだ。それでもフレデリックは、お爺様の修業を頑張っていたのだが……
「急遽留学が決まったので、祖父から受けていた修業が間に合わず、僕の忘却魔法は中途半端な状態でしか発動できないのです。下手に使うと、エヴェの声だけでなく、自分が誰だったのかも忘れてしまうので、祖父には使わないように厳命されています」
「それは怖いな……。間違っても僕たちには使わないで欲しいな。ところでクリスは、忘却魔法は使えるの?」
キース様の疑問に、クリスティアン様が頷いた。
「ああ、一応使えるよ。施設で面倒ごとに巻き込まれた時、忘れさせる方が手っ取り早いと気づいてから練習して、12歳くらいで習得した」
理由を聞いて引き気味のフレデリックが、クリスティアン様に向き合った。
「エヴェの声を聞いた部分だけ忘れさせるには、細かい技術が必要になりますが……」
細かい技術が苦手で、何度挑戦しても成功しなかったフレデリックが、これだけは聞いておかないとと、果敢にクリスティアン様に質問をした。
「ああ、分単位は試したことはないけど、一時間単位なら可能だ。だけど、常に僕がいることは不可能だよ。僕も白の魔法使いの仕事をしているしね」
「勿論分かっています。基本的には、エヴェは喋りません。万が一、何か起こった時に、クリスがいてくれると、心強いと思っているだけです」
「まあ、そういうことなら、わかったよ」
クリスティアン様の言葉に、私たちはホッと息を吐いた。
「ありがとうございます」
エリシーノ国にいる時も、気をつけていても不測の事態は何度か起こった。祖父が常に側にいることは不可能で、その度に危険な目に何度もあった。流石に他国で、同じようなことを起こせば、強制送還になりかねない。そうなれば、運命の相手も真実の愛も探すどころか、第二王子の婚約者まっしぐらだ。それだけは絶対に阻止しないと……
さあ、これで安心して運命の相手を探せると思っていると、マーティン様が私を見て微笑んだ。なに、この素敵な笑顔は……
「それにしても、エヴェリーナ嬢はこんなにキラキラ輝いていて、さすが精霊の加護持ちは別格なんだな」
マーティン様が感心したように発した言葉に、私たちはピシリと固まった。フレデリックが、緊張からか、ごくりと唾を飲みこんだ。
「あ、あの、マーティン様。エヴェがどのように輝いて見えているのか、参考までにお伺いしてもいいでしょうか?」
「どのようにって……」
キース様たちも見守る中、マーティン様が私をじっと見つめたので、私は緊張して身じろぎできずにマーティン様をそっと見た。
「そうだな、銀色の光の中に、薄く緑がかった光が混じっていて、とても綺麗だ、と思うけど。これ、何のための質問なんだ?」
「あ、えええっと、そうですね、なんとなく、そう、何となく気になっただけです。気にしないで下さい」
フレデリックが、挙動不審になったところを、キース様がフォローするように微笑んだ。
「あ、マーティン。そういえばコーディーは?」
「ああ、そうだ、コーディーのところに行く途中だったんだ。今年もコーディーがクラス代表になって、先生に手伝いを頼まれていたから、手伝おうと思ってさ」
どうやら攻略対象のコーディーも存在するようだ。私はその事よりも、マーティン様が運命の相手かもしれないという事実に、今にも叫び出したい衝動を必死に抑え込んでいた。ここで叫べば、緑の精霊の加護を余すことなく発揮し大惨事になる。私の心の叫びに、フレデリックが焦った様に落ち着けと目配せしてくる。私は黙って頷いた。
「そうか、じゃあ早く行った方がいいね。僕たちも校内を案内している途中なんだ。また、あとでね」
「おう、じゃあまた後でな」
キース様の言葉に、マーティン様が手を上げて去っていったところで、私たちはホッと息を吐いた。
「それでは改めて、フレデリック。先ほどの件、説明してもらえるかな?」
クリスティアン様がフレデリックの方を見て、有無を言わさない雰囲気で微笑んだ。フレデリックは覚悟を決めたように私を一瞥してから、おもむろに口を開いた。
「はい、伝承によると、運命の相手には、緑の加護が光って見えるそうです」
本当は緑の精霊に直接聞いた話だが、フレデリックは伝承ということにしたようだ。確かに、緑の精霊のことを、他国の人間に軽々しく話すことは慎重になる方がいいだろう。
「エヴェが運命の相手を見つける方法はないので、今まではエヴェの声に反応しない男性を闇雲に探すしかなかったのですが……」
その結果、加護のせいでおかしくなった男性に追いかけられ、跪かれ、攫われかけた。事あるごとに騒ぎを起こした私は、エリシーノ国の男性からは「呪いの娘」扱いを受けて嫌厭されてしまっている。
「声に反応しない?今の話だと、マーティンがエヴェリーナ嬢の運命の相手だと言っている様に聞こえるけど、それで合っている?」
「はい、まさにマーティン様が今のところ最も有力な候補です。後は、エヴェの声を聞いて惑わされなければ、確実にそうだと断言できます」
フレデリックの話に、キース様が困った様に微笑んだ。
「運命の相手って、出会った瞬間に恋に落ちるのかと思ったけど、全然普通だったよ?本当にマーティンで合っている?」
「それは、今後の発展に期待ですね。運命の相手と言っても、エヴェの声を聞いても惑わされず、相性がいい相手なだけで、いきなり恋に落ちたりはしません。幸いエヴェの方は、マーティン様のことを気に入っているようなので、マーティン様には運命の相手だとは言わないで欲しいのです。出来れば自然に想い合うことが理想なので……」
勝手に気持ちをバラされてしまった私は、恥ずかしくなって頬を染めた。前世の推しキャラが、転生先で運命の相手だなんて、何、これ、ご褒美⁈って叫びたい気持ちでいっぱいだ。勿論、叫びませんけどね。
幸いマーティン様には決まった婚約者などはいないらしい。私とフレデリックは、その事に安堵してホッと息を吐いた。いくら運命の相手だとしても、婚約者から略奪とか、それはそれで大問題だ。
「分かった。僕たちは秘かに見守ることにするよ。エヴェリーナ嬢、健闘を祈る」
私はキース様の言葉に、赤くなった頬のまま微笑んで、コクリと頷いた。
「お、これは上手くいくんじゃないか?絶対彼女は、マーティンの好みだと思う」
「……僕も、同感」
私とフレデリックは気合を入れて今後の作戦を考えていたので、クリスティアン様がそっとキース様に囁いた言葉を聞きとることは、残念ながら出来なかった。
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