第10話 ヒロインはどこですか
「じゃあね、エヴェ。僕の入る寮は、白のユニコーン寮だって。エヴェも、気をつけてね。くれぐれも、ペンダントを外さないように」
私は分かったと口パクで答えて、静かに手を振った。私が入寮するのは貴族用の女子寮、赤の薔薇寮だ。男子寮には幻獣の名前、女子寮には花の名前がついているそうだ。貴族は貴族の寮、平民は平民の寮があるらしく、男子寮、女子寮それぞれ4つずつあるそうだ。
「では、ご案内します」
私は係りの職員の後を黙ってついて行った。事前に話すことが出来ないことは伝えてあり、授業も黙ったまま受けることが許可されている。精霊の加護を持った生徒は珍しいため、特別措置なのだそうだ。少しだけ珍獣扱いされている気もするが、魔法学園に編入して運命の相手を探すためには些末なことだと思うことにした。
「こちらが赤の薔薇寮です。寮長で4年生アンリエット・バズ侯爵令嬢には、話すことが出来ないことは伝えております。エヴェリーナ・アンデル伯爵令嬢は3年生でしたね。男子寮と違い、女子寮はイベントもございませんので大丈夫だとは思いますが、なにかあれば職員、寮長に相談してくださいね」
私は黙ったまま頷いてから微笑んだ。確かに男子寮は、乙女ゲームの中でも寮対抗のイベントがあり、ヒロインと仲を深めていくイベントもあったはずだ。
寮の入り口で待っていた寮長アンリエット・バズ侯爵令嬢は、私よりも遥かに悪役令嬢のような派手な女性だった。少しつり上がった綺麗な青い瞳も、綺麗に巻かれた金色の髪も悪役令嬢がよく似合う。
「あなたがエヴェリーナ・アンデル伯爵令嬢ね。緑の精霊の加護持ちのせいで話せないのですって。不便ですけど、何かあればわたくしにおっしゃって……、そうね、話せないのよね、本当に不便ですわね」
私は黙って頷いた。私は自己紹介用に作成した冊子を、黙ってアンリエット・バズ寮長に差し出した。冊子には名前や出身国、お爺様が緑の魔法使いであり、自分は10歳の頃から精霊の加護持ちで話せないことなどに加え、趣味や特技まで書きこんである。
ちなみに趣味は刺繍で、特技はかなり遠くの音を聴くことが出来るのだが、令嬢として役に立つかどうかは微妙だ。元々耳がいいのか、精霊の加護の副産物なのかは不明だが、聴こうと思えばかなり遠くの音まで聞こえる。
サッと冊子に目を通した寮長の反応が微妙だったので、冊子の内容は見直した方がいいかもしれないと、心のメモに書いておいた。
「ああ、それからわが校には女子寮が4つあるでしょ。特に白の百合寮の寮長、コレット・ベイリー伯爵令嬢には気をつけてね。我が赤の薔薇寮とはライバル同士、仲良くしないでくださいね」
私は黙って頷いた。乙女ゲームの中にアンリエット・バズ寮長もコレット・ベイリー寮長も出てこなかったので、物語の中ではモブなのだろう。確かヒロインは途中で編入してくるのだ。寮のシーンはほぼ無かったはずだから、寮でイベントは起こらないのだろう。
寮長に部屋まで案内され、私は持って来た荷物を置いてホッと息を吐いた。
「一人部屋、助かるわ。それに寮と言ってもかなり豪華なのよね」
豪華すぎる内装に、流石貴族令嬢が住むための部屋だと感心してしまった。入寮案内には、貴族寮と平民用の寮では、造りが違うと書いてあった。赤の薔薇寮が高位貴族、白の百合寮が貴族、青の紫陽花寮が裕福な商人の娘や資産家の娘、緑の野菊寮は優秀な平民の娘が入る寮らしい。魔法学園は貴族平民分け隔てなく平等に学ぶと謳っているが、実際にはどの国の魔法学園も平等ではないのが現実だ。ちなみに伯爵令嬢の私が高位貴族用の寮に入寮したのは、精霊の加護持ちということを配慮した結果らしい。
「聖女がヒロインでないと仮定して、攻略対象は実際に存在しているのかしら?」
攻略対象は全部で4人、白の魔法使いのクリスティアン様は実在していることがわかった。あとは、可愛い弟タイプのコーディー・ロジャーズ侯爵令息、前白の魔法使いの息子キース・アドキンズ侯爵令息、隣国ゴルゴール国の第5王子サミル・ゴルゴール殿下だ。
白の魔法使いのクリスティアン様は、絶世の美貌を持つ溺愛系ヒーローだが、ヤンデレ要素も有りで、攻略難易度は高かった。一番攻略しやすいのはサミル殿下で褐色の肌を持つワイルド系俺様キャラで、私は苦手だったので攻略したことはない。可愛い系弟タイプのコーディーは、何度か攻略したが隠しルートまでは攻略できていないので、よく分からない部分がある。
4人を攻略すると隠しルートで、炎の貴公子と言われる、アルベール・ブルックス公爵令息が追加で攻略出来るらしいが、私は4人を攻略できていないので残念ながら内容は分からない。
一番人気はキース・アドキンズ侯爵令息で、私も何度か攻略したが、ここにヒロインを虐める悪役令嬢として登場するのが精霊の加護持ちの留学生エヴェリーナだ。キースに恋をしたエヴェリーナは、人の心を操り邪魔になるヒロインを襲わせるのだ。妨害を乗り越えヒロインがキースを攻略できると、恋人になったキースが闇魔法でエヴェリーナを撃退し、断罪されて国外追放となる。
「人の心を操る……」
私の声を聴けば人は私を求めて跪く、これを操ると言われてしまえばそうなのかもしれない。10歳からお爺様の魔道具のペンダントをつけ、出来るだけ話さない生活を心がけていたので、ハッキリ言って精霊の加護の実際の効果は未知数なのだ。
「この加護で、得をした実感はないのよね……」
この世界には便利なスマフォは無いので、貴族令息などの情報は図書館の貴族名鑑や、友人たちの情報網を駆使して噂を集めるのだが、私の場合は基本的に人との関わりを避けていたので、残念ながら友人と呼べる人はほぼいない。
「乙女ゲームなら、ナビゲートに相談……」
私はハッとして、記憶を探るように天井を見た。「聖なる乙女の祈り」には、ヒロインの力になるモブキャラがいた。特にモブなのに、一部のファンから攻略対象並みに支持されていた、情報に強いマーティン・ユーイング伯爵令息という男子生徒がいたのだ。濃い茶色の髪にオレンジ色の瞳、正義感が強くヒロインが困っていると、サッと現れて相談に乗ってくれる。攻略情報をくれるそのキャラは、私の推しキャラだった。
「もしかして、いるのかしら?マーティン様が……??会えるの?」
リアル推しキャラ爆誕の予感に、私は服がシワになるのも構わず、ボフッとベッドにダイブしてじたばたと悶えた。悪役令嬢としてここに来るのは不安だったが、もしも現実で推しに会えるなら、ここは地獄ではなく天国かもしれない。
「あ、でも、運命の相手を探すのよね……。真実の愛って、本当にそんなもの、あるのかしら…」
天国から現実に引き戻されて、私は深い溜息を吐いた。10歳で加護を押し付けられ5年間、私の迷走を思えば、前向きな気持ちにはとてもなれなかった。
加護によって私を妄信的に追いかけ、縋り付く大人や子供の目には、本当の私の姿は映し出されていなかった。5年間、いくら気をつけていても隙は生まれる。その度に襲われかけたり攫われかけたりを何度も繰り返し、私は軽く、いや、かなり人間不信になってしまった。
身内には気を許せるが、他人に会う時はどうしても体が拒否反応を示して強張ってしまうのだ。今や立派なトラウマになっている自覚はある。その度に過呼吸になる私を、毎回フレデリックが担いで逃げてくれた。本当に頼りになる優しい弟である。
フレデリックと双子として生まれた幸運に、いるかいないかは定かではない神に感謝しているほどだ。例え自国で忌み子だ、不吉だと言われようと、私は気にしない。だって、自分のことを大切にしてくれる弟と、この世に同時に誕生できたのだ。最高だよね。私は、頼りになって可愛い弟が大好きだ。




