第9話 隣国タランターレ国へ
「それではお爺様、お婆様、父様。行ってまいります」
「ああ、気をつけるのじゃぞ。それから、フレデリック、くれぐれも忘却魔法は使わんように!お前の忘却魔法は危険すぎる。幸いなことに同じ学園に、白の魔法使いであるクリスティアン・エイベル伯爵が在籍している。同じ学年だから、何かあった時のために挨拶に行くようにな」
留学するにあたって、お爺様は万が一の保険にとフレデリックに忘却魔法を教えていた。しかしフレデリックの忘却魔法は、何度試しても上達せず、数刻の記憶を消すことが出来なかった。奇跡的に忘却魔法が成功しても、かけられた相手は自分が誰なのかまで完全に忘れるという恐ろしい結果に、とうとうお爺様から使用禁止が厳命された。
「白の魔法使い、クリスティアン……」
白銀の髪に紫色の瞳の絶世の美貌を持つ攻略対象の一人だ。溺愛系だが、好感度が上がり過ぎると監禁ルートが解禁され、バッドエンドになる。
「エヴェ、知っているの?」
「え、ううん、知らないわ。ただ、同じ歳で色の魔法使いなんて、凄いなと思っただけよ」
「そうだよね。凄い人だよね。友達になれるといいな」
素直なフレデリックの反応を少しだけ羨ましく思いながら、前世の記憶にある乙女ゲームの世界に複雑な思いを抱いたまま、私は深いため息を吐いた。
「なるようにしかならないのだし、女は度胸よね」
私は覚悟を決めて、タランターレ国に繋がる転移門を目指すため家族と別れ馬車に乗り込んだ。
順調に旅を進め、タランターレ国に繋がる転移門についた私たちは乗って来た馬車から降りた。ここまで乗って来た馬車は、ここで同行していた侍女と共に我が家へ引き返すそうだ。
私たちは、それぞれの身分証と通行許可証を示して転移門をくぐった。体感的には数分だがくぐり抜けた先のタランターレ国は、エリシーノ国とは全く違う気候だった。
「うわ、ちょっと寒いね。流石北の国。景色も全然違うや」
フレデリックが着ていた外套の前をギュッと握りしめて、寒そうに肩を縮め周りをキョロキョロと見ている。
「あそこに見えるのが、タランターレ国の天界樹かな?」
フレデリックの声に振り向くと、エリシーノ国と同じような天界樹が高くそびえているのが小さく見えた。タランターレ国側にある転移門は、辺境と言っても比較的王都に近く、ここからなら魔法学園のある王都まで馬車で2日もあれば着くそうだ。手配していた馬車に持って来た荷物を積み込み、フレデリックと共に乗り込むとホッと息を吐いた。
「大丈夫?話せないから、不便だよね……。今は二人だけだから、何かあったら言ってね」
領地から同行していた侍女が移動中は常にいたため、気軽に話すことが出来なかった。普段から話せないことには慣れているつもりだったが、初めての長い旅の間、ずっと話せないのは流石に辛かった。
「ありがとう。あともう少しだから、大丈夫よ」
緊張を解いて、私は馬車の背にもたれ掛った。思いのほか力が入っていたのか、肩の辺りがこっている気がした。敵陣に一人向かう気分だったが、私には心強い弟がいるのだ。家族のためにも、悪役令嬢として断罪されるわけにはいかない。出来るだけ攻略対象には近寄らず、早急に運命の相手を見つけよう。
「エヴェ、エヴェったら、宿に着いたよ。今日はここで一泊して、明日には魔法学園の寮に入れるみたいだよ」
出発前夜、緊張であまり寝ていなかった私は、馬車でずっと眠ってしまっていたようだ。呆れ気味のフレデリックに揺り起こされて、私は欠伸を噛み殺して馬車から降りた。
目の前には、貴族用の宿が見える。大きくはないが、明らかに高級な宿だと分かる。色の魔法使いであるお爺様が、タランターレ国に出張する時に使う宿らしく、支配人が愛想よく宿の中へと案内してくれた。私たちは15歳の未成年のため、お爺様が何かと融通が利く宿を手配してくれたようだ。
「お食事はお部屋に届けさせていただきます。御用がある時は、入り口にございます紐を引いてベルを鳴らしてください。係の者がすぐにまいりますので」
支配人はにこやかに去っていった。きっとお爺様に、ある程度の事情は聞いていそうだが、流石は高級宿の支配人、守秘義務は守ってくれるようだ。
「すごいや。奥に二つ部屋があるから、僕は右の部屋を使おうかな。部屋に魔石があって自動で湯が出るみたいだよ。すごいな」
勢いで留学すると言ってしまったが、我が家はそれほど裕福な貴族ではない。勿論お爺様が緑の魔法使いなので、それなりに収入はあるはずだし、領地も賜っているので収入は安定しているのだが、お爺様が趣味で魔道具の研究をしているため、魔石購入費や研究費がかさみ常に火の車なのだ。
「この宿、絶対高いわよね。それに3年間、私たちが留学する費用もかなりかかるはず。我が家でそんなお金、出せるのかしら?」
「ええっ、どういうこと?」
「腹黒王子の私財、使ってないか心配しているの。もしそうなら、帰国後かなりの借りが出来てしまうわ。何を要求してくるか、ちょっと怖いわ」
「腹黒って、もしかして第一王子殿下のこと?それ不敬罪になるよ……。まあ、そうだとしても、運命の相手を探す必要があるのは、第一王子殿下も目的は同じなんだし、気にせず楽しんだらいいと思うよ」
意外と強かな考えをするフレデリックに、私は驚きながらも、それもそうかと微笑んだ。賽は投げられたのだ、今更気にしても仕方がない。
その後、部屋に運ばれてきた豪華な食事を前に、一瞬だけ二人で固まったが、出されたものは仕方がないと、その後は美味しい料理を遠慮なく楽しんだ。
一応心配だったので、確認も含めてお爺様に昨夜のうちに伝書蝶でお礼の手紙を送ったが、私の「お金は大丈夫なのですか?」の一文に、「魔道具が完成したので問題ない」と返答が来て、二人でホッとしたのはお爺様には内緒だ。
「あ、見て。王都が見えてきたよ」
フレデリックの声に、私は馬車の窓から外を見た。天に届きそうな大きな巨木、エリシーノ国にある天界樹によく似た樹が、夕日を背にキラキラと輝いている。樹の向こうに見えるのが、タランターレ国の王城だろう。白い壁が美しい、エリシーノ国とは違う優美な城だ。
「うん、この景色、間違いなく見覚えがあるわね……」
私の呟きに、フレデリックが不思議そうに首を傾げた。勿論、実物を見るのは初めてだが、乙女ゲームのオープニング、天界樹と王城、そして聖なる乙女……
「聖なる乙女の祈り……って、やっぱり聖女様の祈りってことかしら?」
「どうしたの、エヴェ。気になることがあるの?」
「えっと、そうね。聖女様って、どこにいるのかなって……」
「今更何を言っているのさ。聖女様は皆様、始まりの天界樹があるガレア帝国にいるでしょ?」
「そうよね。そうよ、聖女様は皆様ガレア帝国よね。じゃあ、ヒロインは誰なのかしら……」
乙女ゲーム「聖なる乙女の祈り」は、魔法学園に転校してきたヒロインが、魔法学園にいる攻略対象と恋に落ちるストーリーだ。当然、ヒロインは聖女だと思っていたのだけれど、現実的にはあり得ないのだ。
読んでいただきありがとうございます。
もし気になる方がいらっしゃいましたら、白の魔法使いシリーズもチェック、よろしくお願いいたします。




