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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
9/21

経過報告(1)

こうなる事はわかってました…。

(及川目線、陣内目線交互)

(1)




「あーそうねぇ、その頃の携帯のカメラ、性能良くなかったしねぇ?」






 東北の玄関とも呼ばれるS市。パートさんを入れても従業員が70人程の弁当製造業、千田フーヅ。 営業だの広報だのと部署は分かれているものの、小さな会社。 生産ラインのある工場棟と渡り廊下でつながった本社の建物は地下一階含む5階建てで、一階は倉庫兼用。 1フロアあたりの面積が広くて、各課はほとんど筒抜け状態。要するに秘密基地をのぞけば社内全体トッテモ風通しがいい。


 その日俺は営業先で使うサンプル用のパンフレットの補充に広報に来ていた。

 っつーか、表向きはそんな用事で来たんだけど、実は別の目的もあったりして。


 その時広報には光江さん(千田一族につき、名前の方で呼ばれてる)しかいなかった。 梱包材や印刷物が並んでいる中、ふくよかな笑顔でニッコリ。

 気のせいだろうか、ウチの会社食品会社なせいかふくよかな人が多い気がする。 などとどうでもいい事を思いつつ、俺はチャンスだと思った。 あの一言一言がいちいち嫌な感じの松本主任がいない。俺はおしゃべりの合間にその話を振ってみる。



 実はあるものを探していた。それは陣内課長が入社したてのころの忘年会の写真で―――。



 その話を振ると、トタンふくよかな体をゆらしてコロコロと笑い転げる光江さん。 思い出し笑いってだけでそんな笑えるって、それはつまり「それ」が大変なショーゲキをもって迎えられた、と言うワケで。



「そうそう、着てた! こーーんなスリットがここまで入ってたの!!」


 大サービス、と言わんばかりに光江サンまでもが、すっと片足を伸ばしてつつ、 と腰の辺りまで指をすべらせるジェスチャーをしてくれた。 そんな光江さんの態度に俺の期待はいっそう高まった。


「へー……」


 戸川部長の話は…本当だったんだ。


 だけど俺はニヤケそうなのを必死にこらえて写真が残ってないか聞いたら、残念ながら無いって答え。 でもガッカリしながらそれでも広報だし、色々イラネー映像資料が残っている事を期待して どっかにデータとか、とかもうちょっと食いさがってみた。




 だって絶対見たい。中途入社したばっかりのころの陣内課長の写真だよ?



 それも忘年会で、チャイナドレスで女装して、コテコテの昭和の歌姫の歌を熱唱したという陣内課長の晴れ姿!!




 光江サンの話が本当なら、しっかりスネ毛の処理までしてストッキングも履いていたらしいんだよね…課長………。





「お、何だ及川、英嗣ひでつぐ君ならいないぞ。今商品に写真撮りに行ってる。」


 だけど「えー」なんて光江さんが首をひねってるところに松本主任が戻ってきてしまった。 また俺が英嗣君を探しに来たと思ったのか、向こうから声をかけてきた。


 と、言うのも今営業部の主なメンバーは、戸川部長、陣内課長、俺、の他にあと一人の4人と言うことになっている。 で、ウチの会社は規模が小さいので、対外的にわかりやすくする為に役職の肩書きがついているだけみたいな部分があって、 広報課って部屋は営業と別にあるけど、実際には営業部の一部で戸川部長が上に来る感じ。

 でもってその営業のあと一人―――千田英嗣君。名前の通り縁故採用で、一応俺の後輩になるんだけど………。

 色々あって今はこの松本主任のトコロにいる。


「あ、別の用事で」


 本当は俺は彼を後輩として指導しなきゃいけない立場なんだけど、 やりたくない仕事はしない英嗣君のお陰でそのあたりはウヤムヤ。 戸川部長の場合別に千田一族だからって遠慮はしない。だけど英嗣君はヤル気なし、多分基本的な能力も――アレで。 どうせ縁故採用の社員だからアレコレ言ったところで向こうのワガママが通っちゃうから面倒だ、 とか言ってほっといている(部長はどうせすぐ辞めるヨ、とかまで言ってる!)。

 ともかく、印刷関係とか資料の管理とかが絡むので、商品の資材課と同じ並びにあるこの広報に、 俺は連絡事項だけを伝えに英嗣君のところに来る事がよくあった。 俺はやっぱそういうの放っておくのもどうかとも思うし、でもかと言って強気で指導が出来ないヘタレなので。

 せいぜい、メールで済ませればいいような内容でもわざわざこっちまで来る事で、 もうちょっと英嗣君にやる気を出してもらえないかと探っているような中途半端な状況。



 ところが松本主任、部屋に入ってくるなりそのまま俺を廊下に連れ出した。


「っつーか、及川、おい。」


「な、なんスか」


 そしてまわりに人がいないようなのを確かめると、主任、いきなりとんでもない話を切り出したのだった。










「あ、話してなかったか?」


 俺は慌てて営業のフロアーに戻った。今日の予定ではまだ戸川部長が席にいるはずだったからだ。


「っつーか本人から…話して――」


 上目遣いにチラリと俺を見て、部長、直ぐに視線を書類に戻した。


「――無いか…。あいつの事だし、」


 そして部長、今度は視線を課長の席に一瞬向けた。課長、今日は半休をとって午後はいない。 そして休みの理由を俺は聞かされてなかった。


 そんな部長の態度に、大騒ぎするほどの話しではないのかと俺はちょっとうろたえた。 だけど主任から聞かされた内容はそんな何でもないような話とは俺には思えなかった。



 主任から聞かされた話し、それは陣内課長の事。


 ここに来る前の職場での事が今裁判沙汰になっていて、それに課長がからんでいるという話――――。





 課長の事は相変わらず何も知らないに等しい俺だけど、課長が前、不動産関係の会社にいた事だけは知っていた。



 ただ、それがどこか、はハッキリとは聞いてなかった。




 まさか、あの欠陥住宅問題で大騒ぎの△△建設だったなんて―――。





 モノを知らない俺だって、△△建設の欠陥住宅の話は嫌と言うほど耳にしていた。 とにかくこのあたりでは本当、大騒ぎになって今でも捜査や裁判がどんな風になってるか、 しょっちゅうテレビとかで流れていて、たくさんの被害者がいるという話。


 部長はちら、と周囲を見渡して立ち上がると窓際に俺をうながした。


「…で、お前、誰からその話を?」


「――噂です」


 主任に口止めはされていたので、俺も直ぐ誰からかわかるような言い方はしなかった。 だけどハッと気づけば俺の手元を走る部長の目線。

 俺はまだ販促用のパンフを抱えたままだった。戸川部長はめちゃくちゃ頭の切れる人なので、 もしかしなくても松本主任だとバレたみたいだった。


「クソ、あのスピーカー」


 小さな声で…多分主任の事だ。

 広報って言っても松本さんに任されてる仕事は商品関係のものだけ。チラシの印刷とか、紹介記事とか。 他の会社の広報みたいに組織の宣伝窓口みたいな大きな仕事はしていない。 会社が小さいから経営陣の千田一族本人たちが出てくれば済むので、細かい仕事だけやってればいいわけだ。

 だけどそれ以前に松本さんにはあまり責任ある仕事は任せられないと思われている。俺も思うけど松本主任は口が軽い。 と言うか変な風にウワサを盛って広げたがるところがあって、社内の信用はイマイチだ。 ただ、結構イケ面で喋りがウマイと見栄えがいいので、気づかない人は主任のいい加減なトコロに気づかないが。

 しかも、光江さんの話を信じるのなら、主任自身は全く自分が口が軽いって自覚が無いらしい。 でもって冗談めかして遠まわしに陣内課長がそれをやんわりとたしなめた事があったらしいんだが、 課長に限らず自分以外の他人のことを下に見るタイプなので、まったく通じなかったとか。


 ともかくそんな松本主任、俺を廊下に引っ張り出すと「課長ここ、千田フーヅ辞めるかもしれないよ」、と、 イキナリ「はぁ!?」な話を振ってきた。あの松本主任の話だから膨らし粉半分と気にかけながら聞いたんだけど……。


 何でも陣内課長、前にいた会社でも営業で、 でもってその欠陥住宅が乱売された頃と課長がそこにいた頃って時期がモロ被っているという話。 そして今それを売りつけられた被害者たちが集団訴訟を起こしていて、 会社が解散してしまったものだから当時の関係者一人ひとりを相手にしているという事。

 そんなワケで、陣内課長もその中に含まれているんじゃないか―――と。


 主任に最近の課長の様子を聞かれても、俺には何も答えられなかった。 俺たちの場合それどころじゃなかったってのもあるけど、それ以前に殆ど――というか 全くといって良いほど課長、相変わらず自分の話しなんてしなかったから。

 いつも話を広げたがる主任の話。だけど課長が不動産関係にいたという話ぐらいは俺だって知っていたから、 頭ン中にどんどん嫌なイメージが広がってしまう。

 音声を変えてインタビューに答える当時の関係者の無責任でめっちゃくちゃ腹の立つ裏話。 二重のローンを抱えざるを得なくなってしまった被害者のやつれた顔―――。



 前の会社での話だからと切り離して考えていい問題だとは思う。


 ただ、もし、課長がそんな当時の関係者の中に―――いたのだとしたら。


 犯罪者になってしまう―――かもしれないとしたら。



 主任の言うように今のこの千田フーヅでの立場もヤバいんじゃないかと思えてきて――――。




「ま、誰が流してる噂かどうかはともかく、」


 だけど戸川部長は俺の疑問に答えようとはしなかった。 ただ、俺が何を知っているかだけを聞き出すと、再び席に戻ってどっしりと椅子に座った。

 部長の様子はむしろ静かなぐらい落ち着いたものだった。 そして書類に目を通しながら、声のトーンを落として言ったのだった。



「とにかく、仕事とは「関係ない」話だから、知らなくてもいい事だ。でも噂の鵜呑みも危ないから、 気になるんならちゃんと自分で陣内に本当のトコ聞いとけ。」




 余計な話に首を突っ込むなと言った空気。部長は表面上はとるに足らない話だと流してしまいたいのだろう。 ただ、あの戸川部長がイライラを隠さないでいる分、それだけで済みそうにない、そんな嫌な予感がしてならなかった。











 俺はその日何十回、何百回か目の大きなタメイキをつきながらあらためて思った。


 俺は本当に、課長の事を何も知らない――――。










 アレ以来。ちゃんこ鍋屋での「アレ」以来。俺たちの間に、特に進展、 というか変化は、ない。ただ、俺の心の中で変化があっただけ。


 つーか、何て言ったらイイのか。


 俺、課長からOKもらって。もちろん、最初はもちろんそんな事信じられなくって。

 でも課長は本当は根は真面目だって事はわかってるつもりだったから、 冗談とかでそんな事言ってるわけではないという事だけは信じられた。


 ありえない話に舞い上がったりもした。


 でも、何かが引っかかってた。俺の中でずっと。




 それが何なのかまではわからないけどとにかくずっと引っかかってた。 だから、いざチャンス!なんて時に課長にさらっとかわされたりすると、 ガッカリするよりホッとする気持ちが大きかったりして。




 あん時のキス、マジで最高、気持ちよかった。

 少し緊張した感じの課長。それでも俺にしがみ付いてくれた少し骨ばった腕の感じとか、 継ぐ息の熱さとか。やっぱタバコの匂いとか。


 俺だって、威張れるほどではないけど、経験がないっつーワケでもない。

 でもあれは本当に、本当にこれまでで最高のキスだった。


 だけどあんまり気持ち良過ぎて、幸せ過ぎて。


 俺、何で俺なんかがこんなに幸せなんだろ、とか思って。






 思い返してみると課長、この2、3カ月、半休とったり休んだりしていた事があった気もする。 それでもちょっとだけ社に顔を出して、深刻なカオで戸川部長と何か話し込んでいたり。

 そんな時の課長はいつものよれたスーツ姿と全然違う印象だった。 俺は誰かの不幸かと思っていたけど、よく考えていたら喪服ではなかったし、ネクタイの色も黒じゃなかった。


 いつも明るく振舞う事を武器としているタイプの二人の静かな様子に、俺は立ち入ってはいけないモノを感じていて。 もしかしてあの時、そんな話を部長としていたのかもしれない。









「何か…あったんスか?」


「んー?」


 部長はあまり大騒ぎしたくない風だった。だけど、ヤッパ聞くしかないと。


 二人で飲みにいったその日、さり気なく、なんて無理だから正面から聞いてみた。

 案の定、「ン?ああ、何でもねぇよ。ちょっとな、俺の個人的な事」、そういってはぐらかしてくる課長。 はっきり話したくはないとは言わず、だけど、他の話題をさらりと振って誤魔化してしまう。 いつも通り、聞き上手の課長に話をリードされて上手い事話題を戻す事すら出来ずに。



 でももう俺はわかってる。課長の明るさってのは一種の殻みたいなもので―――。


 ふざけてるフリして、手の内を晒さずにのらりくらりと色々と切り抜けている課長。



 ヘビースモーカーで、クイズ番組が好きで。一途な恋に破れて独身って意外に不器用な面があって。 今はC町の社宅として借り上げてるマンションに住んでいる。

 多分全社員の誕生日を覚えていて、押し付けがましくならない範囲で小まめにプレゼントなんか用意していたりして。


 社にはマイカーで通勤してくる事もある。ただ、営業という仕事上、飲みが多くてバス通勤が殆どで。


 俺が知っている課長の事。ハッキリ言って、他の社員だって知ってる事ばかり。



 別に悪気がないのはわかってる。もともと自分の事話さない人だったし。



 ただお互いの間にある壁、っつーか課長がかぶってる殻は、そう簡単にやぶけそうになくて。


 俺はその事を少しずつ辛く感じるようになって来ていて―――。









 それでも俺は俺なりに、だったら気にしないで行くしかないといつも通りにやっていたつもりだった。






 で、それから少しして。



 ようやっと課長、俺にその話をしてくれた。







 そしてまるでそれが自然な流れのように、その日俺たちの関係は終わったんだ――――。



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