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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
10/21

経過報告(2)

(2)




 俺はここ、千田フーヅに来る前は○×住宅という不動産関係の会社にいた。


 今はその会社はない。と言っても正確には「無くなった事」になっているだけで、実際は責任者の首を挿げ替えただけで、 同じ体質の会社が形を変えて存続している。これは不動産とか建築の世界にはよくある話だったりする。


 ともあれ、俺は色々あってその会社を辞めてこの「千田フーヅ」に来た。あの会社がなくなったのは俺が抜けた後だった。



 切羽詰ったような顔で及川が聞いて来たのは、俺にとってのその件がある程度片付いてからの事で。


「違う、△△建設じゃない」


「え?」


「俺がいたのは○×住宅」


 もう何度か足を運んだ居酒屋で、俺は自分がこっち、 千田フーヅに来てもう12年経ったのか、などと人事のように考えていた。


「なぁんだ…△△建設じゃないんですね…」


「まぁ…な」


 緊張が抜け、拍子抜けしたような顔で及川が息をつく。


 俺はこの話は自分からは戸川部長にしか伝えていない。ただ、俺が○×住宅にいた事は、 人事や入社したての頃一緒に研修を受けた松本も知っている事なのでカンのいいやつなら連想も出来るだろう。 だから及川がどこからどんな話しを聞いたかは、なんとなく予想が出来た。



 多分間違った噂が伝わってると思ったが、俺はやはりそれ以上自分から話す気にはならなかった。


 確かに俺がいたのは△△建設では無い。

 だが、及川が多分心配しているだろう事と、決して離れた場所にいたわけではなかったのだ。



 ○×住宅に新卒で入った。ぺーぺーの頃、賃貸物件の斡旋が俺の担当していた仕事だった。 窓口にいて、相談受けてお客さん案内して、必要な書類をそろえて。 結構大きな事務所で個人の賃貸契約から、店舗用物件など、取り扱い商品の幅は広かった。


 大家さんの代わりに、業者を頼むほどでもない契約者のマイナートラブルにも対応した。 それで暫く経つと、俺の事を気に入ってくれた大家さんに、 俺は土地の売買と上物の事で仲立ちを頼まれる事になった。

 そこで噂の△△建設が出てくるわけだ。○×住宅は△△建設の系列で、 上物を作る、修繕するなどと言った話は全て△△建設が請け負うことになるわけで。

 この業界ではよくある話。そしてその時の俺は売買に関してはまだ右も左もわからないまま、 とにかく上司の言う通り動いた。




 △△建設の欠陥住宅問題が発覚したのは、その後色々あって俺が○×住宅を辞めて暫く経った後だった。




 離れてみてから改めて思うが、不動産とか建築とかの提携と言う名の結びつきは本当に堅固なもんだ。 好みの作りにしたいからとお客さんに言われても、付き合いのある業者でそれが出来ない場合、 お客さんの方を説得しなきゃなんない事のほうが多いといった具合で。


 俺はその時何にも知らなかったから、必死に頭を下げながら△△建設と会社とお客さんの間を言ったり来たりして。


 で、ようやく建った上物が欠陥住宅だったんだからなぁ……。





 俺は結果的に、詐欺の片棒を担いだ事になっていた。



「じゃ、あの欠陥住宅の騒ぎとはカンケー無いんですよね?」


「………」


 俺は表には出さなかったが、内心及川の答えを求める視線が痛かった。


 その後欠陥住宅の被害者は集団訴訟を起こした。そして例のオーナーさんももちろんその中に入っていた。

 俺はその人から弁護士を通して、参考人として知りうる限りのあの時の社内事情を、 裁判所で証言できないかと依頼され―――。



 俺は引き受ける事にしたんだ。



 賠償を求めての裁判は長い事かかっている。会社が大きかった分、 物事を隠蔽する手段も手が込んでいて初動の調査で躓いた事も大きかった。 だが、被害者の姿と訴訟の進捗状況の報道は今でもテレビに取り上げられており、話題が色あせる事はない。

 今、△△建設の名前を聞けば、皆が眉をしかめる。 あの後転職しようとした元同僚が再就職に苦労している話も俺の耳に届いていた。 俺がその事が露見するより早く転職できたのはある意味ラッキーだった。


 ともあれ、普通企業というものは訴訟ごとはどんな内容でも極力避けて通りたい。イメージが大事な会社なら尚更。 △△建設の騒動はかなりこのあたりでは印象が悪いので、 今の会社の一部の神経質な上役が何か言ってくるかもと覚悟はした。


 ただこの事を相談した戸川サンからは、ヤッパリと言えばヤッパリで、戸川さんらしい返事が返ってきた。


 戸川さんはその件と今の俺の立場は完全に切り離して考えている。

 そして上が何かケチつけて来ても俺がどうにかしてやるから、今のここでの仕事の事は心配するな、と。 ただし一人で抱え込まずに、逐一の報告は忘れるな、と言う心強い言葉まで。




 立場で言えば俺は加害者側の人間だ。だが実際あの当時の俺のした事はあくまで窓口の仕事だったから、 証拠と言い切れるものは何も残っていない。 実際、あの時俺はひたすら上に言われたとおりに動いただけだから、逃げようと思えば逃げ切れる。

 もちろん、現場にいて、仲立ちとして実際に動いたのは俺自身だから、 この言い訳がどこまで通用するのかはわからないが―――。


「そういうウラだったら――お前、断りゃ良かったのに、証人。」


 俺の心の底を見透かしたような一言。ミシ、と戸川部長の体重に椅子が悲鳴を上げる。


「ま、そういうトコロがお前らしいっちゃお前らしいけど」



 最後に一言、遠まわしにチクリと戸川さんは言った。



「今の仕事と、俺の面子の事も忘れんなよ」



 戸川サンは常に長い目で物を見ている人だ。中途半端な正義感は、 決して事を良いほうへ運ぶわけではない、と言いたかったのだろう。



「ハハ、ご迷惑お掛けします」






 そう言って俺は戸川部長に頭を下げた。そして自分の良心が疼く事に気づかないフリをして、 言わなくて済みそうな事は出来るだけ黙っていようと心に決めた―――。












 ただ、やはり及川の耳にもこの話は届いてしまった。



 俺はいつも通りのらりくらりとかわすつもりだった。 もう20代も後半の若者を捕まえて汚い話を聞かせたくないも無いもんだが、 及川にこの話は聞かせたくなかった。



 だが―――。



 その日も最近よく足を運ぶようになった居酒屋で飯を食っていた。




 少し飲んでいただろうか。

 いや、いつもより多かったかもしれないが俺は全く酔っている気がしなかった。




 ただ俺の中の「良心」がちくちくと俺を苛んでいた。


 こんな、このままではいけないと。





 これは小さな隠し事だ。きっと誰でも抱えているレベルのものだ。 誰もが皆抱えてる、大なり小なりの隠しておいた方がいい秘密。 どう自身の保身の為の卑怯な嘘だと後から言われようと、実際それを抱える本人の気持ちを量れば、 簡単に他人が責められるレベルのものではない。


 そうだ、誰でも―――――。







 俺は戸川サンに話したのとほぼ同じ説明を及川にした。




 その時俺は、取りあえず裁判所での証言を終えて、俺の役割を果たした後だった。

 結局、俺の手元には当時の具体的な書類が殆ど何も残っていない事。 俺は俺にとって不利にならない範囲での当時の俺が知っていた全てを話した。 それが解体された会社への責任の追及の為、どれだけ手助けになるのかわからないが、 もう俺はこれ以上この件には関わりたくなかった。

 弁護団が結成されている集団訴訟。だが関わった全ての人間に訴訟を起こしたところで、 回収なんて不可能という現実。何しろ俺らのお客さんだった人たちの払った金は、 政治献金に消え、当時の社員たちの給料に消え、福利厚生に消えちまったわけだから。



 予想通り、と言ったらいいのか。



 そこまで言って。そこまで俺の卑怯な心情まで吐き出したって言うのに。



 及川は俺を責めるような言葉は何一つ吐かなかった。



「───」






 ただ俺を労わるような悲しいような顔がそこにあって──────。





 ああ、何だろうな。何でコイツはこういう顔するんだろう。

 及川は本当にオメデタイ奴だ。幸せに育ってきて、 そしてそんなおおらかな雰囲気で相対する相手ものんびりした気持ちにしてくれるような奴だ。


 ハタチとっくに越えた成人男子に、俺は何を言い訳しようとしていたんだろう。 世の中の歪んだ部分を見せたくないなんて、及川はそんなに弱いヤツじゃあない。



 何より俺の歪んだ内面を知られたくなかったんだと――――。






 俺は、ようやっと自分の我が侭にケリをつける気持ちになった。









 俺は、やっぱりコイツにふさわしい相手じゃぁ、ない。

















 及川はナニをどう勘違いしているか、ともかく俺の事が好きで。そして俺はコイツに懐かれている事が心地よくて。


 だけど俺がコイツの告白に乗ってからずっと抱えていた不安定な気持ち。


 及川の真剣な思いを、俺の都合のいい形で受け止めているつもりでいる現状を。





「でもさ、証拠はもう、何もないけど―――。」




「え?」




「俺、本当はうすうす気づいてたんだ。△△建設のヤバさ加減。」




「……」





「つっても、ぺーぺーだったからな、俺。あくまで先輩社員の噂とか、 周囲の評判からこの会社、ヤバいんじゃないかと言うレベルでだったけど。」



 そう、俺は本当は――――気づいてたんだ。あの時。




 噂で聞いていたってレベルだけだったけど。上の社員の態度に、 △△建設の仕事はヤバそうだと一方的に判断していただけだけど。

 俺が転職を考えたのはそんな先を見越してのことだった。






「あン時、俺ナ」




 俺はぬるくなったビールを煽る。簡単なしきりで各テーブル毎に仕切られた居酒屋。 互いの会話が聞き取れないほどの喧騒はない。



「お客さんに薦めながら、あの時はもう、俺、自分が家を建てるような事になっても、 自分の会社経由では絶対に建てたくないって思ってたんだよな――――。」





 それきり、会話は途絶えた。


 俺は再び箸を進める。不味くなってしまった飯をもそもそと噛み砕いて飲み込んだ。


 ゴメンな及川。嫌な話、聞かせたな。


 でも、もうこういうの、終わりだ。

 これはお前にとって、身近な「他人」、の、話。

 お前はこんな失敗はしないような参考程度にしておけ。





 最初はマジでビックリだったが、お前の気持ちは本当に嬉しかったよ。






 俺は、及川が食べ終わったタイミングを見計らって、別れ話を持ち出した。








 及川は一瞬―――驚いた顔をして―――。







 だけどまるで最初から覚悟していたとでもいったような静かな表情で、 俺の言葉を受け止めたのだった。

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