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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
11/21

経過報告(3)

(3)





























 何があろうと、世界は回ってる。





 なんて大げさな言い方に酔ってみたりして。













 俺の気分とは関係なくバカみたいに天気が良かったり、 これまでダメもとでほとんど戸川部長へのパフォーマンスのノリで通っていた、 R駅ビルの地下食品街出店の契約が殆ど本決まりってとこまでたどり着けたり。



 そして課長も―――いつも、通り。




 俺も同じ。いつも通り、きっと変わってないと思う。








 今まで夢をみていた、そんな感覚の中に俺はいた。すごく、すごく幸せな夢を見た後。



 冷めて、寂しくて。でも、少しだけ幸せだ、と感じる思いが残った、そんな。






 例の欠陥住宅の訴訟は続いているようだけど、 陣内課長がそれでその後どういう立場なのか、は結局直接知らされてない。 一応は戸川部長の力の及ぶ範囲でその話は止まっているから、 多分その事が何か今のこの会社での立ち位置に影響することは無いと思う。


 △△建設の欠陥住宅問題ってのはホントしょっちゅうテレビでも取り上げられてるようなデッカイ訴訟で、 俺は課長がその関係者だと聞いて本当にビックリした。 だけど戸川部長は少なくとも今回の場合、その裁判がらみの問題は多少発展しても陣内課長を追い出すような 理由にはならないと言った。少なくとも部長はあくまで別問題と考えるべき事柄だと。

 たいがいの会社ってゆう組織はフツー訴訟ごとが絡むような社員は遠ざけようとする。 今の俺は戸川部長のその言葉を信じるしかできない。


 欠陥住宅を掴まされて苦しんでいる人を無視したいわけじゃない。 ただ、だからと言って簡単に課長のような立場にある人を簡単に責める事も、誰も出来ないとも思うんだ。







 課長が俺の告白を真面目に受け止めてくれて。


 で嘘みたいな返事をしてくれて。




 避けられないだけでもビックリだった。まぁ、確かに俺、 課長だったからこそ油断して口を滑らせてしまったって部分はあったけど。

 課長が誰からも好かれる理由は簡単。どんな人のこともよく理解した上で、 おだてる事はあっても決して酷くは言わないって事。

 だからこの人なら俺がホモだって知ってても、 内面ではどう思ってても気にしないフリをするのだろうと思っていた。 気持ち悪いと思っていてもいつも通りバカみたいなギャグで俺をからかうんだと思っていた。


 だけど課長は俺のことを理解してくれて、しかも真剣に考えてくれて。



 でも浮かれてたけど俺、どこかでずっと意識してたんだ。



 こんな話、あるわけ無い。





 課長が俺を可愛がってくれているのはよくわかっている。 だけどそれは課長が誰にでも親切だからこその話であって、 特に俺みたいにヘボな部下だからこそマメに面倒を見なくては、ってな責任感の延長で。


 俺は課長が好きだけど、じゃあ俺に課長が俺のことを思ってくれるだけの資質があるかっつーと、それも思い当たらないし。


 だけど課長は優しいから。誰にでも、とことん。


 失敗しても、正面から怒鳴りつけるような事をしない。まず解決策を引っ張り出して、 周りを上手い事巻き込んでフォローさせて、あとで理由を聞いて反省を促す。

 戸川部長は課長のやり方を甘いと言ってるし、実際俺もそう思う。 巻き込んだ周囲への更なるフォローに、結局自分の仕事と同じだけの時間を割かなきゃいけなくなっちゃうワケだし。

 ウチは食品会社だから俺ら営業は一応土日休みだけど、実際は曜日関係なくお客さんのところに足を運んでる。 課長は俺の土日出勤にも何度も付き合ってくれている。


 結局は結果だと、時間の使い方は自分で決めるものだとの戸川部長の言葉。


 そりゃ、業務中にラーメン食いに行ったりパチンコ屋にいた姿も見たりした事もあるけれど、 課長はそうやっていつもさり気なくいろんな事がスムーズに進むように、 自分の都合を後回しにしてるんだと。





 俺の告白に答えたのも、きっと俺のことを傷つけたくなかったからなんだと思う。



 だから課長にとって、一番当たり障りの無い答えを用意した。自分の意思は後回しにして。



 それが――――。














「ハイ、ハイ、ええ、」



 クレーム処理担当の清水しみずさんの穏やかな対応がフロアの向こうから微かに聞こえている。 少し覗いてみると、横で戸川部長が腕を組んでふんぞり返って座っている。 (偉そうなんじゃなくて太ってて腹がつかえてる人だから、自然にそういう姿勢になっちゃう。)

 戸川さんが控えてるってことはやっかいなクレーマーさんと言うことなのだろう。 清水さんのあのキメ細かい対応では間に合わないような。


 俺は目線で戸川さんに合図した。R駅ビルの件の事で確認して欲しい書類があった。


 部長が顎で机ンとこで待ってろ、みたいにしゃくって見せたので俺は営業部に戻った。 受付のカウンターを抜けて、総務部の机の隙間を抜けて自分の机へ。


 席はここにありながら、ほとんど姿を見せない広報入りびたりの英嗣君の机を横目で見つつ、 俺は斜向かいの課長の机を見た。


 何となく散らかった感じ。でもどこに何があるかはなんとなくわかる。 見る人が見れば何が進行中なのかもわかる、課長のイメージそのまんまの机。



 ウチの会社は基本的に朝に業務が集中してるから、 今はまだ8時ぐらいなんだけど感覚としてはかなり遅い感じだ。 他のフロアーと工場からはまだ人の気配を感じるけど、横の総務にはもう誰もいない。



 静かだった。フロアの明かりも半分落ちて、薄暗い感じで。


 変なキャラクターのメモクリップに加賀美さんからの伝言が挟まっていた。 課長の誕生日に、だれかがプレゼントしたもので――――。



「(――――ヤバ)」




 瞬間、視界がボヤケて俺はあわてて目を閉じた。疲れたフリして目頭を押さえた。

 業者の納品トラックのブレーキ音に、直ぐに気持ちは収まったんだけど、 俺は瞬間ぐぐーっと熱く苦しくなったキモチをどうにも出来なくなりそうになった。




 あの日、課長はそんな裁判の話しの後、「そういうわけだから」と、 何がそういうわけなんだかわかんない流れで別れ話を持ち出してきた。


 会話の流れとしては不自然だったけど、俺にはどこかで納得できる展開だった。


 課長にとってはヤッパ、俺のことは面倒だったと思う。 それでも優しいから、俺にあわせてここまで付き合って来てくれていたんだと思うと色々と納得できた。

 けど、あんな大変な話しが持ち上がっていてはそんな余裕無いはず。 っつーか、普通、同情心からだって言ったって、ノンケの課長には俺との関係、 「関係」とかって考えるだけでシンドかったはずなんだ。


「ゴメン、な。及川」


 心底申し訳なさそうに課長が言う。


「―――」


 俺は、課長にそんな言葉を言わせている事がつらくて。だから気にしてない、 といった風に愛想笑いだけ見せて首をふって。

 でもなんて返したらいいかわからなくて言葉は出なかった。


「その、お前が嫌、とかそういうんじゃないんだ」


「―、ええ」


 今、その一言一言がちゃんと思い出せるほど、 俺の頭はその時はっきりしていたしあわててもいなかった。 ただ目の前で俺を傷つけない言葉を必死に探している課長に、 申し訳ないという気持ちだけがイッパイわき上がって、 気持ちはイッパイなのに、ヤッパ何も言えないくて。




 俺、別にダイジョウブですよ、課長。


 っつーか課長が俺のことわかってくれただけで、マジ、嬉しかったです。




 俺こそ、振り回して、スンマセン。




 俺なんかの事、真剣に考えてくれて、本当にありがとうございました―――――。


















 営業のあるエリアには今、俺しかいない。

 半分照明の消えた天上。





 俺は大きくため息をついて。


 いや、ため息じゃだめだ、深呼吸だ、と思い直した。





























 営業は休祝日のほかに隔週で土曜日が休み。


 と、言っても扱っているのが食品だから工場に休みはないし、 俺たちもお客さんの都合に合わせて土日出勤する事もあったりもするけれど。


 それでもその土曜は休みのはずだった。 ただ、書類仕事を残してしまい、翌週末の土曜日、 折角の休みの午前の時間を俺は寂しく一人広いフロアで過ごすハメに陥っていた。


 総務でカチカチと留守電が反応する音、工場での調理器具の音。 俺一人の為に働かされているコピー機。


 戸川部長は時間外の仕事をものすごく嫌がるタイプだ。 成果さえ出せるのなら、就業中にパチンコに行こうが、 俺みたいにぺーぺーでも直行直帰に電話一本で許可をくれる。 むしろ下手に残業なんてした暁には出来ないヤツと判断されてしまうほど。


 ヤッパ陣内課長との事が堪えてるから時間の割り振りがうまく行ってないのかもしれない。

 でももっとショックを受けてもいいはずだと思うのに、 むしろこの程度の落ち込みでなんで済んでいるのだろうと自分でも時々不思議にも感じてしまう。

 側に居られるだけでいい、とかそんな健気な気持ちなんだろうか。俺、そこまでいいやつじゃないと思うんだけれど。


 仕事は直ぐに片付いた。だけどその後の予定もなかった俺はなんとなくそのまま席についたままボーっとしていた。





「(……ん?)」





 その時だった。課長の机の方からブーッ、ブーッ、と何かの振動音が聞こえた。






《あー、及川。何でお前が?》





《っつーか俺の携帯、どこにあった》









 それは机に忘れられていた課長の個人携帯の着信音だった。

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