行列のできるラーメン屋
課長と静川さんとラーメンと。
(及川目線)
「汚れてもいい服でって言ったじゃん」
「急に呼び出しといて訳わからないこと言わないで下さい」
仕事の合間のちょっと空いた時間。 その日陣内課長は昼にはまだ早いその時間、俺をI小路のある場所に連れ出した。
I小路は地下鉄の駅とJRをつなぐ商店街の飲食店関係がかたまってある所で、 今俺たちはそこの新しく出来たラーメン屋の行列に並んでいる。
行列。そう行列のできるラーメン屋だ。テレビでも有名、横濱「○○○家」 というその店のチェーン店がこの町にも出来たと言う事で、 常時一時間待ち、なんて行列の映像がローカルニュースでも流れたのが去年の話。
そして開店は11時だと言うのに、俺たちが並び始めた10時現在で俺らの前に既に30人近く並んでいる。 今日はまだそんな人数だから、30分ぐらい待てば食べられそうだという周囲の誰かの言葉が勝手に耳に入る。 休日なんかそこの銀行の角まで大変な行列が今でもできるらしい。 静かなんだけど目に見えない熱気のようなものも感じられたりして。
それにしても俺たちも人のことは言えないけど、平日の昼日中からよく並ぶ余裕があるなぁとも思う。
「座席数18だから…そんなかからねぇなぁ…」
「何でンな事まで知ってんスか」
「んー?」
行列に並んだ途端、課長、どこかに電話をかけた。 何か言いあって、無理やり誰かを呼び出しているみたいな会話だった。
俺はいくらなんでも仕事中に並ぶのまずくないですか、みたいな感じで焦ってたんだけど課長いいからいいから、 とのほほんとした顔でちらちらと駅のほうを見ていた。
「食い物がらみだったら何でも俺たちには勉強だろう?」
そうかもしれません。ですが俺らは弁当屋ですよ。
外食ではなく、中食です。ラーメン、関係なくないですか?
だけどまぁ、俺もちょっと期待はしてた。だって「○○○家」のラーメンだ。 あれだけ騒がれてるんだから興味ないわけが無い。 並んでいる他のラーメンファンの熱気にも当てられて、何となくイベント気分も味わったりしていた。
そんな風に課長につられながら外壁にある、 いかにも流行のラーメン店風の殴り書きみたいな書体のメニューを選んでいた時だった。
「おー、良く来たな」
「間に合いましたか」
え、何で。
静川さん?
「汚れてもいい服でって言ったじゃん」
「急に呼び出しといて訳わからないこと言わないで下さい」
11時、開店。ぞろぞろと期待に満ちた表情の客たちが店の中へ。
課長が呼び出していたのは静川さんだった。
駅のほうから歩いてくるその姿は遠くから見てもすぐ誰だかわかるカンジ。 姿勢が良くて背も高い静川さんが、今日もパッと見派手さはないんだけど、実はえらい高い、 みたいなスーツに身を包んでまさしく颯爽と現れた。
そりゃ横丁の安くて汚いラーメン屋じゃないから、女の人だって並んでる。
それでも一緒に並んでる他の面々が、ちらちらとこちらに目線を送ってくるのを感じた。
なにしろハッキリ、静川さん、完璧このラーメン屋周辺の中で浮いていた。 手前の方に並んでいる女の子連中も、決しておかしいとかそういう訳ではないんだけど、 なんつーかもうこの人は醸し出す雰囲気そのものからして違っていて、ものすごく場違いな感じがしていた。
「先に注文お伺いしまーす!」
そんな風に俺が一人でオロオロしている中、 忙しい店にありがちな展開で注文表片手に店員が外で待つ行列に注文を取りに来た。
「ホラ、及川、あと静川も。早く決めないと」
え。
課長は?
「俺はいいの。外で待ってるから」
静川さんの為に待ってたんですか、──課長?
あたふたする俺らに「いいから、」の一言。
じゃ、場所取ってたって事で三人で並べばいいじゃないですかと言いたかったけれど、 もちろんそんな横入りを許す空気はラーメン教信者の並ぶその行列には無い。 そんな俺たちの後ろに並ぶ面々のイラついた様な目線をさらりとかわすように、 課長、列を離れてガードレールに軽く腰をかけてしまった。
「いいから二人で食ってきて、上司命令」
んな無茶な命令ありますか、と俺は突っ込んでみたものの、課長例によって例の如く飄々とした様子で。 で、列から一歩引いて代わりに静川さんを並ばせた。
強引な課長のその行動に、静川さんももちろん呆気に取られている。
だけど例の強気で課長に何かを言って返すかと思った静川さん、 驚いた事に大人しく今まで課長が立っていたところに素直に並んだ。 なんか二人で目線交わして、陣内課長の意味ありげな視線に思うところあったのか軽く頷いたりしていた。
……どうも俺も静川さんも課長のなんかの策略に乗せられてしまったみたいだった。
なんてそうこうしている内に店員が俺らのところに注文を取りに来た。 俺はせかすような雰囲気の店員につられて、 慌ててテレビで見た人気メニューを麺は固めでお願いした。
静川さんは大丈夫かと思っていたら、堂々とした様子で逆に店員に質問攻めをはじめた。 どのメニューが一番人気なのか、こってりとさっぱりはどう違うのか、 固め、柔らかめで味にどう差が出るのか。
静川さんのいつも通りの生真面目な態度に俺はハラハラする。 だってハッキリ言って静川さん、ラーメン待ちの行列の中で浮きまくり。 こういうところの暗黙のルールってさ、先にメニューを頭に入れておくって言うか、そういうのがあるんだよね。 小奇麗なスーツに身を固めた美人がラーメン屋の行列にいて、で、一から質問。 案の定周りの客はそんな事も知らないのか、とイライラした様子でこっちを見ている。
注文取りに来た店員もなかなか次の客にいけないので言葉が投げやりになっていた。
「静川さん、ラーメンとか食わなさそうだ」
「そうでもないわよ」
いや、絶対仕事でない限りこの人はチェーン展開している店なんて来そうにない、そんな気がする。
俺は陣内課長の企みがわからず、少しはなれたところでガードレールに寄りかかっている課長を見た。 課長、またしても一服。あ、ポケット灰皿、使ってくれてるんすね。
俺の視線に気づいた課長、軽く例のポケット灰皿をこっちに見せて。
…何ですか、そのわざとらしいウィンクは。
また、俺、いじられてる。お互い、笑いを取りたいだけなんだからこっちも何かリアクションすべきだってのはわかる。 わかるけど、この状況ってどうなんだ。何か課長に考えがあるってわかっても、俺は落ち着かない。
何で課長、自分は食わないの?何で静川さんとか呼んでんの?
俺はオロオロを必死で隠しながら、課長にはとにかく愛想笑いで答えた。 そんな俺とは反対に、静川さんのほうはどうも課長の考えている事が飲み込めているらしい。 不満どころか、真剣な様子で店を見つめていた。
やっと俺たちの番になり、カウンター席へ。
ポケットからゴムを取り出して、長い髪をくるっとまとめている静川さんからは 気合のようなものすら感じられた。
「どうだったよ」
鼻の頭赤くして、鼻を啜っている課長。寒空の中、外に上司を残して自分たちだけ あったかいラーメン食ってるって状況、ありえないと思う。
「取り合えず、どこか座れるところに行きましょう」
すかさず静川さんが歩みを進める。
またしても俺、出遅れた。俺はもう何が何だかわからなくて、 黙って二人の後を遅れるようにして、まだ昼前の××ー×コーヒーに向かった。
席につくや否や、課長に今の店の感想を聞かれた。
俺は思った事を素直に答えた。ラーメン、噂どおり、美味い店だった。厚切りチャーシューも柔らかくて。
陣内課長、いつも通り眠そうに見える目で俺の話しに相槌を打っている。
そのどこか嬉しそうな様子に、流石に鈍い俺でも何となくわかって来た。
今日のメイン、やっぱ静川さんだ。俺、何かのダシに使われてるんだ。
「で、静川、どうだった」
ホラ。
さっきから美味いもん喰ったってのに、神妙な顔をしている静川さん。 俺をチラリと見て、課長が聞いてくる言葉に何か遠慮しているような態度。
「いいからさ、このバカの事は気にしないで。はっきり言って」
ばかって…課長…。
軽口だとわかってても、傷つくもんは傷つくんですが……。
でも俺も課長の魂胆がなんとなくわかったので、静川さんが話しやすいように軽口で返した。
それを受けて静川さん、少し困ったような顔をしつつも、すぅ、と息を吸って少しずつ感想を言い始めた。
「まぁ…美味しかったです」
「だろうなぁ」
「一杯900円からですからね」
「うんうん」
「一杯900円もかければ誰でも美味しいラーメン作れますよね」
「……」
課長、待ってました、といった表情でニヤリ、と笑った。
途端、静川さんが堰を切ったように話し始めた。あれだけ野菜の出汁が濃厚だとアゴ出汁は無駄です、 とか表面を覆う背油も不要とか、旨味要素が多すぎてかえって味にメリハリがない、 3口目からは舌が麻痺してわからなくなるなどなどなどなど。
静川さんの感想は、店構え、サービスの提供の仕方、店員の態度にまで及んだ。 俺が素直に美味い美味いなんて食ってる間、そんなトコロを見ていたというワケだ。
最後に店のルールに客を合せさせる事が出来るなんて羨ましい、とか締めくくられてしまって、 粋がっているつもりで麺の固さを指定した俺はかなり居心地の悪い気分だった。
だけどそうやってコストパフォーマンスの悪さをさんざん突っ込んだ後、 静川さんは一息ついて、また考え込む風にして黙り込んでしまった。
静川さんの怒濤の「○○○家」感想のあいだ、課長はただうんうん、と頷くばかりで。
みんな静かになった後、課長がようやく口を開いたのだった。
「…だけどあの店、あれで平日日商80万行ってる」
「でしょうね」
80万、知らなかった。原価いくらなんだろう。休日はもっとすごい行列ができるわけだから――。
「面白い世の中になったよなぁ。一時間並んでさぁ、店員に頭下げてさ、ラーメン一杯に1000円近く払って。」
「で、それを楽しんでまた行っちゃう」
そう言って二人、意味ありげに笑う。
「えー、だけどあのラーメンまじ美味かったじゃないですかぁ。」
立場ない。だけど多分これが今の俺の役どころって事だ。 だから一応課長の作戦に乗ってあのラーメン屋の側に立ってみた。 それにあのラーメンが美味しかったのは俺には本当の事だし。
それにしても課長の何かの策とはいえ、陣内課長と静川さん、 二人で世界を作っているのは悔しかった。
「だいたい今このS市であそこの悪口を言ってるの、課長と静川さんの二人だけだって!」
「悪口なんて言ってないよ。褒めてんだよ」
「そうよ、商売上手よね~って。」
それ、褒めてないでしょう……。
俺をのけ者にするような形で会話は弾む。課長の策略だってわかっていても、惨めな気分に変わりは無い。
「静川だったら?」
「680円ぐらいで…同じレベル行きます。もちろんちゃんと利益乗せて。」
うわぁ、よく言う。そりゃ、商品開発なんだから、それぐらい言えなくちゃダメだけど。
それにしても何だか二人とも嬉しそうだった。 って言うか特に静川さんが、マジでキラキラしてる、そんな雰囲気で。
「もっと安くなんないかなぁ~、俺はラーメンってのは500円でお釣りが来なきゃダメだと思うよ」
「そんなこと言って…課長私に品質以外の部分であと200円の付加価値を考えろ、 って言いたいんでしょう?」
「ん~?」
何かあったんだろうな、この二人。
完全に二人の世界。課長のなんかの思惑があるのはわかっていても、 マジ冗談抜きで課長との会話が進むにつれ、 輝きを増してますって雰囲気の静川さんが俺には眩しかった。
「…今日は…ありがとうございました。」
かつかつと靴音の響きそうな軽快な足取りで静川さんが去っていった。
俺は今きっと相当情けない顔をしているはずだ。そう思いつつも、それをごまかす元気もない。
寒空の中、そんなサミシイ気持ちで俺と課長はまた元のI小路に向かって歩いた。
「腹、減ったな」
「そりゃそうでしょうよ…」
要するに多分静川さんは何か煮詰まってたんだ、仕事の上で。
で、課長が何かその解決の為のヒントを提示した、そう言う事…なんではないかと。
などと正面切って俺が聞いてみたところで、課長は絶対のらりくらりと答えをかわすんだろう。 ただ、俺の目の前にある事実は、元気がなかった静川さんが、 課長の勧めでラーメンを食べて元気になった、それだけだ。
「お前が味オンチな事も静川に伝わっただろうし、」
傷口に塩。課長、ヒデェ。
それでも意地で俺は愛想笑いで返す。
ええ、ムカついてません。傷ついても、いませ………
「これで静川がお前を商品開発に引っ張ろうって、 バカな考えを改めてくれるといいんだがなぁ」
またしても、意味あり気な上目遣いで課長が俺を見る。
で、口の端を上げてニヤリ。
「……課長…」
「んー?」
課長と馴染みの喫茶店へ。 申し訳程度にソーセージの入ったナポリタン500円が課長のお気に入りだ。
「何でも…自分の都合よく解釈しちゃった方が幸せになれるって事って多いですよね」
「へぇ、お前もうがった事を言うようになったね」
何だか…俺は本当に面倒な人、好きになっちゃったんだ、と改めてその日、思った。
だからその日俺は悔しくて、それを晴らそうと別についてもいないケチャップを、
「ついてますよ」
と紙ナプキンを課長の口元に持って言って拭いてみた。
「あ、すまん」
でもって人目を気にして照れる課長の様子に、ちょっとだけ逆恨みをはらしたように気が済んで。
で、自分の子供っぽさに落ち込んだりしたわけです。
うん、でも。
そうやって俺に口を拭かれて、照れ笑いしながら「やりやがったな」 と目で訴えてくる課長の様子に───俺はちょっとゾクゾクしたりして。
あーー、もう、この人って本当に……。




