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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
5/21

喫煙所にて

俺、どうしたらいいんだろう。前掲載の「餌」とセット。

(及川目線)




 告白した、OKされた。


 そこで有頂天になっていられた時期を通り過ぎた。



 課長との仲がそこから先、どうにも進まない。




 つーか、やっぱ、迷う。課長、ノンケだし。


 だから、本当に進めて良いのか。まずそこがわからなくて。





 I旅行さんとの事に関して相談があった。正直、それぐらい一人で、 と言われると思ったが、丁度社に寄るのでその間に、ちょっと時間が取れる、と課長。


 この前の失敗で工場のラインに入って以来、パートさんたちにやたらと声をかけられるようになった。 オバチャンたちっていつもそうなのかな、甘いものを持っていて俺にくれる。 いい年してまだお菓子貰っちゃうのかと自分で自分にツッコミ入れたくなるけど、 パートさんと仲良くするのは悪い事じゃないから、今のところあり難く頂いてしまっている。

 それに今の仕事は営業で、外回りは腹が減る。ちょっと疲れたときに甘いものっていいもんな。


 なんて調子に乗っていたらまた体重がちとヤバイ事になって来た。俺、太りやすいんだよね。

 それで一応営業車も貸与してもらっているけど、出来るだけ近場は歩いている。


 その日も急いでランチから戻ると、課長はもう事務所にいて俺のこと待っていた。 ついでなんで半日分の報告もしようと机に戻ると、例の調子でニヤ、とか笑って、


「太ったか?」


 と。


 そう言って俺の顎をすっと撫でた。



 陣内課長はわりと人とスキンシップを取るほうの人だ。背中を叩いたり、冗談ついでにジャブかましてきたり。 あと自分の体もよく触る。考え事をする時は顎を触ってるし、 ちょっと後退気味のデコをぺちぺち叩くしぐさなんか、ムチャクチャ可愛くて俺は大好きだ。


 話しかけられるときも肩に手を回されたりする。本人もちろん無意識。 告白してしまう以前はよくそれをされて、俺は本当に心臓バクバクものだった。


 まぁ、ただ、俺、言っちゃったから。でもって、課長もそんな俺のキモチを汲んでくれたりするもんだから。



 今はかえって、なんか意識しすぎちゃってそういうのは減った。




 寂しいけど、減ってよかったと思っている。でないと俺、 タイミングによっちゃそろそろマジで治まりつきそうにないから───。




 だけど長年の癖なんてそうカンタンに直せるわけないから、課長もうっかり、それまで通りのアクションを起こしてしまう。 ほとんど人前でだから俺も目一杯気合入れて普通にふるまってんだけど、 心の中は、もう、なんつーの?うれしいとか、ね?もっとこう、なんつーの?


 そんなサカった顔きっとしちゃってんだろう。課長、今みたいに慌てたりして。



 そのたびに俺は軽く落ち込む。


 ギクシャクするなっていったってムリだよな。課長やさしいから、 すっごく遠まわしだけど気をつかってくれてるのがわかるから。




 そんな風に「俺、本当どうしようもねぇー」とか落ち込みかけていた時だった。






「及川君、今ちょっと時間ある?」


 先輩の静川さんに声をかけられた。以前俺と入れ替わりで商品開発に配属された静川さん。

 大きな声では言えないが、ま、縁故採用で。商品を希望したらしいので、俺が押し出された。

 俺は別に希望してあの部署にいたわけじゃないし、 むしろ営業に配属されて陣内課長の下にいられて万々歳なぐらいだったのだが、 彼女の方は自分の我侭が俺の人事を左右したとどうも思っているみたいで。 で、その事を気にしてか、引継ぎが終わっても時々呼び出される事がある。

 俺は課長を待っているから駄目だと言ったんだが、彼女もちょっとお嬢様育ちの強引なところがあって、 で、俺も千田ファミリーの関係者かと思うと強く言えなくて。


 戸川部長が俺が陣内に言っておくから行っておいで、と言ってくれたので、 地下の秘密基地(商品開発部の厨房)に向かった。




 弁当に入れるデザートメニューの事での相談。地場物の素材を使ってみたいな話しを静川さんがする。 原価高いから無理なんじゃないかと言ったんだが、味が違うからとか言われた。 サツマイモのレモン風味。産地の違う原材料と、保存の為の添加物の有る無し、 味付けを濃くする事によって保持期限の云々、の食べ比べ。

 申し訳ないけど俺にはサッパリ違いがわからない。言わせて貰えばどれも美味しい。


 だったら単価が安いものでいいじゃないかと言ったら、陣内課長みたいな事を言う、と言われた。 あの人あんなに煙草を吸うくせに、味の違いはわかるとか、 添加物や着色料への抵抗感がないのがいただけないとか、静川さんが急に言い始めた。


 そういえば以前陣内課長に以前静川さんとちょっとやりあった、なんて話しをした事を思い出した。


 成る程、静川さんの口から何のかんのと次々と陣内課長の悪口が……。


 あれ。


 待てよ。



 課長は自分は静川さんに毛嫌いされている、みたいな事を言っていたけど。


 嫌いと単純に割り切るには静川さん、課長の事に妙に詳しい。今、静川さんは煙草の害について延々語っている。 毛細血管がどうとか、止めたらご飯を美味しく感じるのは味蕾がどうとか。



 苗字は違うけど、静川さんは千田フーヅの創設者の一族、一応この地方では裕福な層の出身だ。 陰で密かに姫なんてあだ名をつけられているぐらいプライドが高い。

 でも本当のお嬢様なのでそれで嫌味な雰囲気は感じない。ちょっととんがった感じが逆に見ていて魅力的に感じるぐらい。



 俺はそうか、と思った。姫、好きなんだ。陣内課長の事。



 ただ以前仕事の上で色々言い負かされたと言っているその事が引っかかっていて、 たぶんそんなトコで素直になれないんだ、と思った。



 だからちょっと話しに間が開いた時、俺は少しフォローをしてみた。でも課長は、いい人だ、とか。 いつも周りに気づかってくれてる、とか有り体な、それこそ社交辞令の範囲でだけど。


 そしたら案の定静川さん、ちょっと目を伏せ、また顔を上げて。


「うん……。そうなのよね。ふざけてばっかじゃないのよね。 ホントいうとあの時は私も偏った事ばかり言いすぎたと反省はしてるんだけど」


 そう言ってちょっと恥ずかしそうな顔をした。



 こうやって意地を張りつつも、本当の気持ちも隠さないところ。 だからこの人、我侭なところもあるけど嫌いになれないんだ。





 そう思いながら俺は静川さんが羨ましかった。静川さんみたいに筋が通ってて、 自分の意見をハッキリ言うような人、課長結構タイプらしいんだよね。




 もし静川さんが本当に課長の事が好きになって、 でもってもっと自分に素直になってしまったらと思ったら俺はいたたまれなかった。





 今の俺たちの状態だって奇跡みたいなもんだ。ノンケの課長が俺なんかと───。









 一瞬、静川さんの目が泳いで困ったように眉が動いた。振り向くと廊下との明かり窓のところに課長が立っていた。


「あ、課長!」


 やばい、俺。自分の都合で合わせてもらっているのに、わざわざ課長に迎えに来させてしまった。

 静川さんに予定があるからと言うと、無理を言って悪かったと言いながら、陣内課長をチラ見して、顔を逸らしていた。


 そんな意地っ張りな様子。俺でも可愛いと思った。




 課長はやっぱり少し怒っているみたいだった。 I旅行さんの件、自分が行くとか脅しかけられて俺は慌てた。 なんかいつもの調子のよさも感じられず、そのまま行ってしまったので更に焦った。




 謝ろうと喫煙所に向かう。


 課長煙草の本数が増えてる気がする。それだけ悩ませている原因が自分かもしれないと思うと、 佇む背中に余計申し訳ないような気分になる。



「毛細血管が死んでるそうッスよ」


「ん?」


 何故かさっきの静川さんの言葉が口をついて出てきた。 あの煙草の害への知識の深さも、課長の健康を心配してる気持ちの裏返し。 それに気づいて、なんか彼女の気持ちの強さに中てられていたみたいで。


「煙草を吸うと気持ちが落ち着くのも───」


 ああ、でも今はそんな話しをするタイミングじゃない。


「脳の末端の細胞でも死んでるってか」



 鼻で軽く笑いながら、陣内課長、いつものように口の端をちょっと上げて笑って。


 語気がキツイ。そうだよ、俺、なに余計な事を───。




 気まずい空気。すげぇ俺、課長に失礼な態度を取ってしまってる。

 何か、ダメだ。今の課長何だかいつもと違うような空気を纏っていて。 それに何だかさっきの静川さんの事も心に引っかかって。



 だけど課長、そんなギスギスした空気に気づくと、慌てて雰囲気を和らげようと、 いつもの調子の軽い口調に戻って仕事の話しに持っていく。 別に気にしてない、と言った風にいつものようにのんびりとした表情、眠そうな目を向けて笑顔で気を使われた。




 俺なんかに、こんな迷惑ばっかかけてる俺なんかに気を使って。 上司なんだし、もっと頭ごなしに怒鳴ったって突き放したっていいのに。




 やっぱり好きだ。俺スッゲー好きだ、この人の事。




 よくテレビの街角アンケートとかで「カレシのいいところは?」 なんて間抜けな質問に「やさしいところ」なんて答えてる女子見てバカじゃね? とか思っていたけど、やっぱそんな優しさが自分に向けられるのって嬉しい。


 ホント、泣きたくなるぐらい。





 ベンチに座るように促された。俺は気を取り直して仕事の話をする。 とにかく、どんな形であれ、この人に認められるために俺はどんな事でも今はがんばるしかないと思って。


 I旅行はこの町に昔からある旅行代理店なんだけど、 最近出入りの弁当会社が経営状態が芳しくないという事で、チャンスといったところ。 ただ、今○○弁当で有名なI食品さんも動いていて状況的にひっじょーに厳しい。で担当してくれてる人も曲者で。


 課長、ポイントをかいつまんでアドバイスをしてくれた。


 アドバイスももちろんあり難かったけど、何だか話しているだけでやっぱり課長に相談してよかったと思った。

 なんつーか、動機は邪だけど気合が入った。これこそ公私混同だよな。 でも、俺が結果を出せれば、課長喜んでくれるだろうし。



 ただ話しながら課長、他にも何か考え事があるみたいだった。顎の剃り残しの髭を親指でこするようにいじって。


 煙草を消して、立ち上がるのかと思った瞬間だった。





「……課長!?」







 喫煙所の周りは倉庫と雑木林と事務棟の窓のない壁に囲まれていて。


 課長、俺に寄り添うようにベンチに座りなおした。肩越し軽く体重をかけるように。


 どういうつもりか確かめたいけどどうしたらいいかわからない。 黙って、考え事を続けてる風に自分の顎を触りながらこちらに上目遣いに試すような目線を送ってきた。


 心臓ドキバクだよ。顔、近いし。いくら人目から遠いとは言え、 誰が来るかもわからないこんな所でこんな。誰か来たらどう誤魔化せば───。

 だがそんなうろたえる俺に構わず課長は言葉を続ける。



「お前………、望み、あるよ」



「え?」



 あ、そう、I旅行さんの件。



「もっと、ほら、自信を持ってさ、押せばいい。」



「はぁ」



 仕事、仕事の話───だよ、な?



 俺は動揺しまくって、間抜けな返事しか返せない。




「そしたら…相手ももっと譲歩してくるかもしれんぞ」





 えーっと何だっけ、人と人との間の距離って、ほら、えっと、 普通に人と話していて警戒心を感じない距離。日本人が40センチぐらいで。





 ああ、そんな話しじゃなくて。



 あ、でもそういう話──?






 だって今、課長との間の距離、ぴったり0センチ。






 心臓が耳元で鳴ってる。課長にも聞こえてんじゃないかというくらい。


 これ、課長の普段のあれじゃない。肩叩いたりとか、 後頭部逆なでしたりとか、冷えた缶飲料をあてて脅かしたりとか。



 すごく長くて短い時間。




 課長、立ち上がって。





 腕時計を指す。そうだ、仕事だ。もう行かなきゃ。3時にアポだから、そろそろ出ないと───。



















「……及川」













 頭ではそう考えてる。机にもどって。資料もう一度確認して。 今日の静川さんに試食させてもらったアレ、あの話しなんてちょっとした余談にいいかもとか。











「誰か来たらどーすんだよ……」













 頭では、仕事の事を考えてました。でも。








 立ち去ろうとする背中に、俺はもうどうにも気持ちが抑える事が出来なくなっていて────。











 俺は課長を抱きしめていた。気づいたら立ち去ろうとする背中をつかまえて、腕を回し。



 煙草の匂いに顔を埋めていた。









 ここは会社で。ちょっと死角ではあるけれど、外へも繋がっているというのに。










 今度こそ本当に───短い間。










 課長がぽんぽんと。後から抱きしめる俺の手を叩く。



 課長が黙っていてくれているのをいい事に、すごく強く抱きしめていた気がする。


 だけどそのぽんぽん、で、俺の腕の力が抜ける。















「スミマセン…俺……」



「んー………」



 するり、と俺の腕から抜ける課長。いつも通り、とぼけた顔。

 別に何もなかったように鼻の頭をちょいちょい、とかいて。 何か言おうとするような感じでちょっと口を開いて、で、また自分のデコをぺちん、とした。











「うん、会社は仕事をするところだからな。」









 そう言ってまた口の端だけでニカッとか笑って行ってしまった。














 I旅行さんに行かなきゃいけないのに俺は足に力が入らない。






















 思わずさっきのベンチに座りなおす。



 いいよ、って事なんだ。




 多分、本当に。




 ああ、だけど。






 ベンチに座ると、先程触れ合った肩の感覚が蘇る。


 幸せなはずなのに、俺はそれを素直に受止める事が出来ない。


 ただ酷く強い目眩のようなものを感じて、頭がぐらぐらしてどうしようもなかった。











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