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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
4/21

同情では駄目なのはわかっているんだが。次掲載の「喫煙所にて」とセット。

(陣内目線)



 及川はオバチャンたちに受けがいい。


 と、いうより素直な性格なので基本的に男女関係なく年上受けがいい。


 前回の罰ゲームで新人研修以来久々に工場のラインに立った及川は、 やたらとオバチャンたちに声をかけられるようになった。 オマケがなくとも甘いものが好きなようで、小さな包みを貰ってはにへら、 と相好を崩している及川を社のあちこちで見かけるようになった。


 あの滲み出る育ちの良さが愛される理由だと、俺は思う。 金持ちという意味ではなく、あったかい家庭でしっかり愛されて育った、という意味での育ちの良さ。

 及川自信はそんな自分の甘ちゃんなところを自覚していて、年相応に振舞おうと努力をしているようだ。 だがそんな姿もかえってオバチャン(中にはオバアチャンも)達には、 めいっぱい背伸びをしている子供のように映るようで、 余計に可愛がられているみたいだった。


 俺もあの笑顔は好きだ。まぁ俺は他人を驚かせたり笑わせたりせずにはいられない性分なものだから、 いつも何かしら誰に対しても受け狙い的なものを考えてしまっているわけだが。


 だが思い返してみればヤツには特に念入りに、「サプラーイズ!なモノを用意したい!!」、 と、かなり真剣に考えてしまっていた気がする。





「太ったか」


「え、マジっすか!」


 その日は午後及川が新規から開拓しているI旅行さんのことでちょっとした相談があるという事で時間を取った。 またパートさんに捕まっていたのだろう、手に小さな菓子包みを持って事務所に及川が戻ってきた。

 俺は背があまり高い方ではないので、どうしても側にいればヤツを見上げる形になってしまう。


 もともとふくよかに見える顔立ち。顎の辺りがビミョーに。


「二重」


「!」






 そう言ってついうっかりアイツのあごを撫でてしまった。






 しまった、と思った時はもう遅く、及川は少し困ったような顔になって 「カンベンしてくださいよ~」と照れ笑いをしている。








「あ…スマン、俺、ちょっと一服して来る。直ぐ戻るから」


「ハイ」



 俺は何だか何かを誤魔化したいような気分になって、 いつものように階下の殆ど吹きッさらしの喫煙所に向かった。



「(カンベンしてくださいよ~)……か」



 及川は煙草をやらないので、ここにはあまり来ない。 ここは卑怯者の俺にとって、及川からのいい逃げ場でもあるわけだ。

 このところ間違いなく、社にいる時のここでの滞在時間が長くなってきている。



「(だよなぁ、そうだよなぁ…)」



 以前から及川は女の子に対してガツガツしてないとか失礼な態度をとらないなぁ、と思っていたらそういう事だった。 見た目では全くわからないんだな。あいつはホモで、で、おれの事が──。




 全く、俺みたいなサエないオッサンのどこがいいんだか全くわからない。 だが、なにしろ及川はそんな素直な性格の持ち主だ。

 もともと調子が合うなぁなどと思って色々と無駄話を重ねるうちに、 アイツとうとう俺へのそんな気持ちを吐き出してしまった。



 だがここで問題なのはアイツではない。俺。


 俺はついうっかり口を滑らしたそんなアイツの気持ちを。




 いや、考えた。考えたさ、色々。


 断らなきゃとか考えて、で、そう考えるとあいつの落ち込む姿が容易に想像できる。 じゃぁ俺はどうよ、と考える。嫌、とかキモイ、とか。

 だけどそうやって考えて気づく。考えないとそう思えないのなら、アイツの望む立ち位置に立ってやりたいと言うか。

 要するに同情だ。告白して、ふられたら、誰だって辛い。


 だけどアイツは本気だ。だからこそそんなただの同情から来る中途半端な気持ちで答えを出してはいけないんだけれど、 単純に秤にかけて、俺が嫌とかいうよりヤツの落ち込む顔が見たくなかった。



 そうこうしている内にアイツの誕生日なんかやって来てしまった。


 何より今の互いの関係を壊したくなかった俺は。



 ついうっかり受止めてしまった。





 だからといって俺の中には別にもともとその気があるわけでもなく、無責任だがその先のことなど全く考えられない。  なんと言うか、及川がどうしたいかは、まぁ、わかるけれど、俺の方は正直やっぱりそういうのはピンと来ないわけで。




 なのについ、俺はいつもの調子でアイツをからかってしまう。







 まるで誘ってるようなもんだよな。アイツもよく我慢しているよ。





 言葉は悪いが今の及川はお預けを喰らってる犬みたいなもんだ。




 飼い主は俺で、餌も──俺。







 ただ、最近ひとつわかった事がある。


 俺は基本的には普通に女の子が好きだ。好みを言うなら、 できればあんまり若くなくて、しっかりしている同年代か年上、とか。



 けれども今みたいにああやって、がんばって自制しているヤツについ気を持たせるような態度を取ってしまって、 うろたえさせてしまったりする時。


 そんな及川の態度に悪い事をしたと思いつつも、心のどこかで芽生える邪な感情がある事。


 それは人にイタズラを仕掛けて、こちらの期待した通り驚いてもらったときの達成感とか快感に良く似ているのだが。




 もしかしたらもう俺は既に、心のどこかでアイツに対して独占欲のようなものを 抱いてしまっているのかもしれないと────。










「オウ」


「あ、ドモ、」


 営業部長の戸川さんが腹をゆすりながらやって来た。この人はとにかく飲む、喰う、そして煙草もガンガン吸う。 健康診断のたびにメッセージの一杯書かれた診断書を貰っているのだろうが、 本人さらさら健康で長生きするつもりなど毛頭なく、今、この千田フーヅにいるのだって食道楽の延長みたいな人だ。


「及川、また静姫に連れてかれちゃったよ?」


「えー」


 静姫、は通称。本名は静川…、えーっと、何だっけ。

 ま、いいや。姓は違うが千田一族の縁者で今商品開発にいる女性社員。及川より先に入社しているから一応先輩社員になるのか。


 及川は栄養士の資格をもっている。病院の配食センターで食事を作っていたお袋さんを素直に尊敬して同じ勉強をしたと言っていた。

 だから商品の静姫は自分の部下にと及川を欲しがっている。 なぜなら商品開発にいるというのに、実は彼女はその辺の資格を持っていないから。



「困っちゃうなぁ」


「お、最近見てないなぁ、お前のリンダ」


「部長ー…」


 暢気な事言ってくれるよ。


「ったく、I旅行さんのツアー弁当取るって話し、どうすんだか」


「お前が行けばいいだろう」


「えーマジで言ってますー?」


「はは、冗談冗談。ま、困ったな、姫には」


 やる気があって真面目なだけに、あの気合の入り方は少々困る。彼女の方は本当にお嬢様だから、 良かれと思うことには素直に邁進する。そんな風だからどうしても少々まわりへの配慮が足りない。


「わかってないんだよね、姫様。自分の舌だけ信じてれば良いのに」


「でも衛生面の知識とか」


「それこそあそこに配属されてからもうとっくに彼女の事だから学んでるでしょ。でなくとも他に社員いるんだし」


 戸川部長がそう言うと重みがある。この人の味覚は本物で、 ウチの弁当の隅っこに必ず入っている山菜の煮付けはこの部長が工場の生産ラインの監督が仕事だった頃、 古参のパートさんと共同開発をした。薄味のわりに日持ちがする。 シャキシャキ感を残しつつ、お年寄りの歯にも優しいやわらかさのある懐かしい味わいのもので、 メインにこそなりはしないが大抵の企画で採用される。


 ウチの会社は弁当屋だ。一部大手スーパーの食品コーナーとか、駅弁とか、マイナーコンビニチェーンの弁当、 それと旅行の行楽弁当とかを請け負っている。


 つまりは娯楽の為の食品を作っているわけだから、栄養バランスなんて二の次でいいのだ。 確かに昨今の健康ブームで皆栄養バランスに気を使っているような空気はあるが、 駅弁を食べる時ぐらいは逆にみな美味くて目で楽しめるものを食べたいはずだ。 だからちょっと奇を衒った位のが丁度いい。最初の一口が美味しければ。


 そして最近わかった事。その、何だ、及川とまぁよく一緒にメシを食いに行くようになってわかった事なのだが。


 あいつは味オンチだ。


 兄弟が多く、両親は共働き。紺屋の白袴とはよく言ったものだが、 及川家は子供たちの食育にあと一歩力をいれられなかったらしい。 兄弟間の競争も激しかったのかもしれない。 選ぶ余地も無かったのか、及川には好き嫌いがない。 美味いものも不味い物もきちーんと平らげるのは確かにいい事かもしれないが、 美味い不味いの感覚にかなり無頓着なのだ。


 だから俺はあいつに商品は無理だと思う。



「糖尿病食の研究でもするつもりなんですかね」


「それこそ某Sチェーンの仕事でしょう」


 最近この町にも出来た全国展開している外食チェーンの支社。

 向こうは大手全国チェーンでウチなんてハナっから勝負にならないのだが、 幸い今のところ商品の狙い先がバッティングしていない。 個人宅への配食業がメインなので同業者だがライバルではない。

 ただ、まぁ、向こうに経営方針を転換されてしまえば、 あっちの規模が規模だけにウチの会社なんて終わりだから警戒はしているけど。


「取り返して来なさいよ、及川」


「うーん…」



 正直、俺は静姫が苦手だ。俺の方は別に嫌いというのではないのだが、 向こうに一方的に敬遠されているみたいだから。

 以前お客さんのニーズを伝えた時、つい喧々諤々とやりあっちまった。 俺としてはお笑いで誤魔化しながらやんわりと伝えようとしたつもりだったが、 かえってそんな俺の態度が気にいらなかったらしい。


 以来静姫に俺は蛇蝎のごとく嫌われている。


 俺は人に嫌われる、という状況が非常に嫌だ。とにかく嫌だ。何故か昔からすごく辛く感じる。


 要するに小心者なんだ。そんな性分が祟って及川をいたずらに 宙ぶらりんな状況に追い込んでいるとわかっていても、これだけは変えられない。


 ともあれ、ああいう清く正しく育てられたお嬢さんには俺みたいな蝙蝠みたいな人間は嫌なんだろうな。 そりゃ、俺だって俺のこと嫌だと思う人間に嫌われたって、まったく平気、な潔さは欲しい。



 でも、無理。今更、そういう意味で強くなれるとは思えない。




「早くしないと本当に上に働きかけて辞令出されちゃうよ?」



 部長は俺がアイツのことを可愛がっているのを知っていて、わざと意地悪そうな言い方をする。


 どういう意味で可愛いとか思ってしまっているか、悟られてそうで恐ぇえ、と一瞬考える。 ま、この人はそれでだからどうだ、と大騒ぎするような小人物ではないが。





 俺は事務棟の地下にある商品開発部に向かった。研究室に入るには、秘密基地みたいに3重の扉がある。 衛生管理のため。だけど別に完全に隠蔽しているわけではなく、 開かないが廊下に向かった壁に窓があって中が覗ける造りになっている。


 静姫が何かが乗った小皿を何枚か並べて及川と話しているのが見えた。 時折二人で何かの冊子を開いては言い合っている。


 ガラス窓の向こう、何を言っているかは聞き取れないけれど。何やら随分と楽しそうだった。 静姫は笑ったり眉間にしわを寄せたりとくるくる表情が変わっている。 そして及川は始終ニコニコしっぱなしだった。 何か甘いもんでも食わせてもらってんのか小皿を手に取ってまたにへら、と笑っている。


「(…)」


 傍から見ればなかなかいい雰囲気だった。静姫は背が高いが、及川となら見た目でもつりあう。 俺は素直に勿体無いなぁ、と考える。俺はまだ同性しか好きに なれないという感覚がイマイチ掴めないから、 ここで二人意気投合して及川が趣旨換えできるのならその方が絶対幸せだと思った。



 ところが。



 そう、考えた瞬間。





 瞬間、ズキリ、と一瞬心臓が重くなったような感じがした。






「あ、課長!」


 及川が廊下の俺に気づいた。音は聞こえなかったがこっちを見てそう言ったのが口の動きでわかった。 静姫とも目が合って、露骨に目を逸らされた。




 俺は少し動揺した。ああいう態度を取られたことも辛かったのだが、それ以上に───。



 白衣をリネンの箱に放り込んで、3重のドアから及川が出てくる。





「あの、今日、I旅行さんの──」


「ああ、アレ、な」


 そうだ、俺は3時のI旅行さんとのアポの為の相談はどうなったんだ。


 その話をするつもりだったんだが。




「アレ、俺が行く」


「え?」


「うん、この前の報告からなんか変更事項あったらそれだけ聞こうかと──」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」







 俺、何言ってんだろう。


 予定では、相談聞いて、てきとーーなアドバイスとかしてハッパかけて。


 がっつり大口で、単価も高く、でなければ原価率低い企画をぶつけて来いと。


 そして及川がハイッ!、なんて威勢だけいい返事で飛び出して値切られて帰って来るのを───。



「────いや、すまん」



「課長?」



「今の、ナシ」



「はぁ」



 妙な混乱を取り合えず置いといて自分を落ち着かせる。きょとんとした及川の目線がやけに痛く感じてつい、俺は下を向く。


「I旅行さん、がんばってよ」


 とにかくそれだけ言って、俺は逃げ出すような気分でその場を去った。





「(へぇ……)」



 喫煙スペースにはもう部長はいなかった。食品を扱う会社だからだろうか、煙草を吸う人数がもともと少ない。


 全く、自分で自分がわからない。いやわからないんじゃない。 自分で思っている以上に俺という人間は───。



「……ふぅ」




 俺は結局また一本、煙草に火をつける。きっと本数は増えている。あの日、アイツに告白されてから。







「毛細血管が死んでるそうッスよ」


「ん?」


 振り向けば及川が心配そうな顔で立っている。


「煙草を吸うと気持ちが落ち着くのも───」


「脳の末端の細胞でも死んでるってか」


 思わずキツい言い方をしてしまう。一応笑って誤魔化しはするが。


 泣きそうな顔の及川。その歳でそういう表情するのは卑怯だと思う。





「スイマセン、言い過ぎました、俺──」


「んー?別に、ホントのことだし」


 


 喫煙所には一応おざなりにベンチが置いてある。ベンチという言葉から素直に想像するようなベンチ。 宝くじとか、なんとか乳業とかの印刷の入ったプラスチックの背もたれのついた鉄パイプの骨で出来てるあれだ。


 俺はそこに腰かけ、そんなつい放ってしまった棘を誤魔化すように、及川に横に座るように促した。 そしてここでいいかと仕事の話に持っていった。


 人のいい及川はI旅行の担当者のくせのある対応に困惑している様子だった。 向こうも小さい会社だ。無茶な事を言ってくるのはあたりまえだ。 むしろ調子のいい事を言ってくる相手に注意しろとかなんとか。


 欲しかった答えが得られたようで、及川は安心したみたいだった。間延びした顔に笑いが戻る。





 そんな及川を見て俺は認めざるを得ないな、と。





 俺がさっき感じたズキリの正体はを。



 アレは、その、アレだ。やっぱ、アレだ。








 田舎の食品会社だ。喫煙所の周りは倉庫と雑木林と事務棟の窓のない壁に囲まれていて。


「……課長!?」






 俺は吸殻を捨てると、わざと及川にぴったりと寄り添うようにベンチに座りなおした。





 うろたえる及川を上目遣いに見上げる。目線が合う。切なそうなその表情に、やはりまたあの邪な感覚が湧き上がった。


 悪いな、及川。お前の惚れた男はこんなヤなヤツなんだよ。つまらない独占欲で真剣なお前の気持ちを弄んで、 いじましい優越感を感じて喜んでいる。




「お前………、望み、あるよ」



「え?」



「もっと、ほら、自信を持ってさ、押せばいい。」



「はぁ」




 仕事でも、どっちでもとれる言葉。どう、取られるか。今の流れからだからコイツは仕事の事だと思うだろう。


 だけど。


「そしたら…相手ももっと譲歩してくるかもしれんぞ」




 こんなんじゃ何も伝わらないか。


 でも、今触れ合ってる肩越しに、少なくとも今の俺にお前の動揺は伝わってきているから、 俺の覚悟も伝わってくれるといいと─────。







「時間」


「あ………はい…」




 俺は立ち上がり、腕時計を指す。及川も神妙な顔で立ち上がる。




 すまないな、及川。俺本当に酷いよな。


 だけど目の前の壁を自分で越える事はやはり出来そうにはない。今の俺にはこれが精一杯。




 子供っぽい独占欲とか、同情から来てる気持ちだけれど許して欲しい。





 俺は、もう、逃げるのは────止めるから。




 だから。













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