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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
20/21

温度差(8)

(8)




 不況の世の中、その影響はしっかり出ていて、ウチの社も売り上げはここ数年ゆるやかに前年比割れが続いていてる。 そんな中R駅ビルの出店計画が持ちあがったものだから、もとよりお気楽体質の この千田フーヅがフィーバー状態になるのは無理の無い話だった。

 地方の産業で赤字で無いだけマシなのだが、同族経営なところがあるせいか俺からみても 千田フーヅは結構ぬるい部分のある会社だ。俺や戸川さんみたいな転職組も多いので そこそこ風通しは良くあるように努力しているつもりだが、この会社しか知らないヤツには このところの急がしさは厳しいと感じるのかもしれない。


 で、今回の立役者、及川のことなんだが。


 商品開発からこっちに来てなかなか良くやっている方だと思う。もう営業も4年?、 になるので、そろそろ別部署に異動してもっと色々やらせたいと考えているところだった。


 そこに今回のような話になったものだから、戸川さんと相談して人事が動く前に 店舗に及川をねじ込んだ。来年は新卒を取る予定も無く、今の所営業部に関してもまだしばらく他に 適材が無いという理由で動きが無く、人事の膠着状態を感じていたからだった。


 素直で教えることをよく吸収するが、俺はアイツのちょっとした欠点が気になっていた。 それは何に対しても受身であり過ぎるってところ。これは今時の若者全体に言えるんだが、 全体を見ようともせず、よく言う指示待ち状態からなかなか抜け出せないんだな。 店舗開発部には迷惑だろうが、開発部長が引き受けてくれてありがたいと思っていた。


 今の所及川は及川なりにまぁ、がんばっている。慣れない仕事に加え、 俺みたいに甘やかさない上司の下ってのはキツイだろう。




 それにしても、今回改めて社内恋愛は煩わしいものだとつくづく実感した。 千田フーヅは小さい会社だ。だからこそ自力で部下を育てなければならない部分が非常に大きい。 そういう面で育てなければいけない相手=恋人という図式はあまり歓迎できる状態じゃない。


 当たり前だがこのところの及川によってもたらされた生活やら何やらの大きな変化に、 俺は大いに戸惑っていた。だからヤツには悪いが仕事が忙しくなることによって、 ひとまず色々と保留できてホッとしている部分が俺にはあったんだ。


 ただ、そうやって距離を置いたことで及川を不安にさせてしまっていたようで─────。



 ちゃんと時と場合を考えて行動できる及川は、社でも今までと変わらない態度で居る。 ただ、まぁ及川なので無意識に目から俺のこと大好き光線を無意識に発射していて、 その熱視線の意味を知ってしまった俺の方が取り繕うのに苦労させられていたりもするが。

 そして俺は俺で店舗で鍛えられて伸びてゆく及川を見るにつけ、 なんとも奇妙な気分を感じずにはいられなかった。及川の成長が上司として嬉しいのか、 それなりにたくましさを見せる及川自身に人として心を動かされているのか。


 その気持ちをはっきりと切り分けることが────出来ないでいるんだ。



 そんな中起こった出来事だった。及川が告白される場面にうっかり居合わせてしまったのだ。



 滅多に無いことだよな、他人のそういう場面、それも同性同士ってのはなかなか出くわすモノじゃ無い。


 それにしても携帯が鳴ったりとかあったにせよ、それでも俺はあの時気づかないフリをし通せばよかったのかもしれない。 ただ、それは俺にとっては「大したことではなかった」ので、俺はあまり 俺のことは気にスンナなんて意味をもこめて、「あの言葉」を吐いたわけだったんだが────。





 それきり更に業務の方が互いに忙しくなってしまったものだから、 何となく俺の方はその件は見なかったことでチャンチャン、となし崩し的になかった事として終わらせていた。 及川の様子がおかしくなった事も気づいてなかったわけではない。 ただ、こういう状況だったから余裕がなくなっていく様子も、 仕事が主だった原因だろうと俺は仕事上での俺のやるべき範囲でしか手を差し伸べなかった。



 だが、及川にしてみれば大きかったその出来事に、 しかも俺が立ち会ってしまったことで動揺せずにはいられなかったようで。









「スマンナ、落ち着いて話ができそうなところが思いつかなくってサ」


「いえ」


 混乱する及川はとんでもないことを口にするので非ッ常ーーに困る。 気持ちは知りつつも、それをはっきり言葉にしてぶつけられる事に俺は免疫がナイ。 とにかく落ち着かせようと、どこかもっと静かに話せるところをと思って結局俺は自宅に及川を連れ帰ってしまった。


 実はこの時、俺は正直及川のこの反応に少しだけイラついていたのだった。 と言うか、ずっと及川に対して俺なりに悩んでいる部分があって。


 それは俺がどこまでコイツを「助けて」やればいいのか、という事。


 俺は基本おせっかいだし楽なほうに逃げたい性格だから、 自分が動いたほうが早い時は後先考えずにそうしてしまう傾向がある。 今だって込み入った話になりそうだからと、用があるのは及川の方だろうにここまでお膳立てをしてしまうぐらいで。


 だが一見親切に見えるこれは成長しようとしている相手の芽を摘む場合もあるだろうし、 他人に依存しがちなタイプを増長させることにも繋がることもあるからあまりいい行動じゃない。

 けれど及川の場合特に考え方も反応も素直だから、ついうっかり先回りをしてしまうことが しょっちゅうあった。自力で及川が何とかしようと努力をしているのを理解しているつもりなのだから、待てばいいものを。


「あれから…駒場さんとナンかあった?」


「あ」


 俺の問いかけにぴく、と肩を揺らして。一瞬縋るような目で俺を見てまた下を向いて───。


「その、なんて言ったらいいのか…」


「……」


 それなのに結局焦れて俺は短絡的に駒場さんの名前を出してしまう。 その読みは間違ってはいなかったようだった。もちろん、及川からの言葉がない限りは そこで何を悩んでいるのかまではわからないけれど。


 そんな及川を待つ間にようやく俺は思い及ぶ。よく考えてみればあれは修羅場に発展しても いいような状況だったかもしれなかったと。もし俺が若くて、独占欲とかそういう感情を 堪えられない甘さがあったら、逆に嫉妬心で及川を追い詰めたりなんてあったかもしれない。 自分から「どっちを選ぶんだ」なんて安っぽいドラマみたいにアクションを起こしたりしてナ。


 だけど俺は年を食った分、この状況にとりたてて焦ってはいなかった。

 慌てなかった理由は簡単。及川の誠実さを信用していたからだ。


 駒場さんはイケメンでカタカナ職業でくたびれ中年の俺なんか比べ物にならないような好青年だ。 及川の内面であちらへの気持ちが俺より大きくなる事は大いにあるだろう。

 だが、それでもどっちに転ぼうとも、アイツがそこでどう判断しようとも、 どちらに対しても不誠実な対応はしないことだけは確かだと思っていた。


 俺にとっての宝は及川のこのてらいも無く前面に出されるある種の誠実さだ。 俺は心底では及川が俺以外の方向へ向いても構わないと思っている。 むしろ俺と付き合うことで悪戯にあいつを歪めるのではないかと (ハタチとっくに越えた青年をつかまえておいてナンなんだが)心配しているぐらいなのだから。


 そして後ひとつ。何より及川を信じる大~きな理由があった。 結局それが俺の中で大きな自信としてあったからこそ、 俺はこの出来事をさらりと通り過ぎてしまっていたのだが────。


「駒場とは…いい友達です」


「うん」


「でも、俺、俺が好きなのは課長なんで」


「…うん」


 わかっている。他に返事のしようがない。俺は痛いぐらいに (っつーか本当にこうストレートに表現されると胸がギュッと痛いんだが) 及川の気持ちがわかっている。だからこそ俺は例の件はスルッと通り過ぎていたんだから。


 だとしたらもう及川にとって問題は無いはずだ。俺たちは一応は相思相愛、ラブラブって事になるはず、だろ?


 だが俺の答えを得ても及川の様子にあまり変化は見られず、それきり何となく会話が途絶えてしまった。


 仕事の方でのアレコレだったら、俺のやるべき範囲の手助けはすでにしているし及川も その辺は了解しているはずだった。だから今この場にいてコイツがこんな風に元気が無い要因は、 やはり超個人的な事柄に行き当たるんだろうが。



「っつーか…。お前なんかほかの事で悩んでンじゃねぇの?」


「!」


 読みは当たらずとも遠からずといったようだ。及川はまたしても驚いた様子で俺の顔を見た。 まるでうしろめたい何かを抱えているような表情で。


「どうした」


 及川が自分で口をひらかないかぎり、その悩みの内容なんて俺にはわからない。 俺だからこそ言いにくいことだとすればもうどうしようもない。

 ただ、へこんでるコイツの様子は何と言うか、叱られた犬みたいにシュンとしてしまってるモンだから。 俺は思わず元気づけるというか、そんなノリでその頭を撫でようかと手を伸ばして。


「いえ…その…!」


 ビクリ、と及川のヤツ体を強張らせたもんだから俺は慌ててその手を引っ込めた。


「や、スマン」


「あ、あ、いえっ、俺の方こそッ!」


「ごめん、こういうの、あんまり良くなかったか」


「いえっ、嬉しいですっ、もっと触ってもらっても、て、あ、オレ何言って………」



「…………??」



 触られることが嫌なのかと思えばこういうリアクションが帰ってくる。



「なんなんだよお前…」


「ス、スイマセン…」



 俺は半ば意地になって、引っ込めかけた手を伸ばして少々乱暴な手つきで及川の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。 そうしたら及川のヤツ、瞬間ビビリながらだんだん顔を真っ赤にさせていって、 目とか潤ませながら下を向いたりで。


 そんな及川の様子に、またしても俺の中で嫌らしい欲求が膨らんできてしまった。


 俺は今更この歳になって「好きな子をいじめたい」欲求を覚えることになろうとは思っても見なかった。 先ほどの必死の告白(もう本当にカンベンして欲しいんだが)といい、 それまでの思いつめた様子といい、それなりにコイツが悩むような何かを抱えて 辛い状態いるのがわかっているというのに。適当に元気付けるような言葉も湧いてはこず、 それどころかますます意地悪をしかけたく思ってウズウズしはじめる始末で。



「お前ナァ…、どーせ余計な事考えてんだろ。俺をソッチの世界に引っ張っちゃった責任とかー」


「!」


 この期に及んで遠慮がちな及川の態度。そこに更に図星という表情でまたしても驚いた顔で俺を見る及川。

 まるで自分が何かの罪を犯してしまっているみたいな様子で眉間にシワまで寄せて───。



 そういうことか、と俺はようやく納得できた。俺とはっきりと、 その、「付き合う」事になってから、コイツの反応が妙に堅くなった理由。


 俺をホモにしちゃった責任、みたいなモノを感じているって事か────。




「まー…確かにまさかこんな事になるとは、な。思ってなかったよ。」


「!……スイマセン…」




 ────確かに、及川から見れば俺を巻き込んでしまったと思うかもしれないし、 俺も逆の立場だったら責任を感じるかもしれない。


 だけど。


 ますます身をガチガチにした及川の様子に、俺は意地悪はそこまでで止めることにした。 好きな子を苛め過ぎて嫌われてしまっては元も子もない。


 その時ふと、及川が進めた座布団代わりのクッションに座らずにずっと正座をしていたことに気がついた。


 


「ちょ。かちょ!!」


 この部屋に来てからずっとその姿勢だった。だから。


「か、ちょ、ワァッ!あ、だ、う…ゎ…!」


「ヤッパ痺れてたかーーー!」


 隙をついて足首を掴む。思いのほか大きな物音が立って一瞬ヒヤリとしたが、 ひっくり返りつつもそこで固まって蹲る及川の足を俺は思いっきり揉んでやった。

 ひとしきり悲鳴を上げて及川が悶える。マジで及川の目じりに涙がこぼれてきたので、 俺の気が済むまでいじり倒してからようやく手を離した。





「下手な考え休むに似たり、だ。気を使ってくれるのは嬉しいけどナー」




「俺は俺でやりたいようにやってるから───」





 あー俺って本当に甘い。とにかく硬くなった場の空気を解すために オレはこういうバカな事をすることしか思いつかない。しかし、まぁ、痺れに呻きながらも、 どうにか及川の顔から徐々に悲壮感が抜けていって俺はホッとした。


「この前も言ったけどな。俺との事に関しては、お前もっと自分を信じてイイんだよ。 俺には都合の悪いことだったとしても、俺もそんなにヤワじゃないから。遠慮なくドーンと、ホレ。」


「課長……、」


「で、ヤバイってなったらさっさとケツまくって逃げるから、大丈夫!」


「…か、かちょ……」


 俺大好き光線を出した瞳が落ち込んだり輝いたり、くるくる表情を変えて。




 俺はやはりそんな及川を可愛いと感じてしまい────。






 結局俺がふざけた事で話し合いはなしくずしになってしまった。

 だが及川は気持ちも足も落ち着いたのか帰ると立ち上がった。 時間が時間なのでちゃんと送らないとと俺も立ち上がる。



「しかし勿体ない話しだな。駒場さんだったら俺だって惚れちゃうよ?」


「ハァ、俺も思うッス。俺なんかのどこがイイんスかね」


 玄関のたたきで靴を履きながら及川を見上げた。少なくともさっき部屋に来たときよりは ずっとスッキリした表情を浮かべていた。どこが良いっていったらやっぱりあの人も、 コイツの拙いながらも人のことを気遣うやさしさが好きなんだろうと俺は思った。


「ま、駒場さんの方が良いんだったら早めに言ってくれ。俺は独りには慣れてる。」


「ど、どーして突然そういう意地悪を…!」


 ドアノブに手をかけた瞬間に感じた後ろからの引力。


「おい…」


「す…すみません…」


 抱きしめるなら、もっと堂々とすれば良いものを。


 お菓子の匂いはしないが案外コイツは俺より体温が高いのかもしれない。 どうにかいつも通り平気な風を装いはしたが、ふわりと感じた体温に俺の体は簡単に熱くなって、 眩暈がしたような錯覚を覚えてしまう。

 中途半端な腕の回し方、力の入れ方。人を腕の中に捕らえておいて体を強張らせている及川を見上げれば、 案の定自分で自分の行動に驚いたと言う例の表情を浮かべてやがるし。


 全くの計算のないこの行動が俺を狂わせる。俺は思わず小さくため息を吐き、俺のほうからも腕に力を込めた。


「(俺の好きなのは課長です)」


「(だからそれはわかってるからッ!)」


 言わずとも語る目が近づいてくる。その視線が痛くて、俺は目を閉じた。




 


 もっと悪知恵の働くヤツだったら、駒場さんに心が動く素振りを見せて、 俺が感じていながら大人ぶって見て見ぬふりをしている嫉妬心を上手に引っ張り出して 刺激することも出来たろうに。もちろんそれ以前にコイツは優しいから、 そういう卑怯な手段はまず考えついても実行に移すことはないのだろうが。


 しかし今の及川は、もし思いついてもそれを無意味だと思うだろう。 なぜなら「それ」は相手の気持ちが自分に向いていてはじめて効果がある手段だから。


 おそらく及川はまだ、今の俺たちの関係に自信が無い。 アイツの中には自分の好きな相手もまた自分を思っているという───確固たる証拠が無いから。 そしてきっと、その証拠を今、欲しがっているのだろうと。


 及川はわかってない。自分がどれだけ俺への思いを、 それも相当強い思いを余さず表現してしまっているかを。そして何より俺がすっかりそれに当てられて、 かなりヤバイ感じで及川に参って来てしまっているからこそこんな事になってしまっているというのに。


 俺は捻くれていて、四十を越えて「好きな子に意地悪をしたい」欲求を持ってしまう大人気ない大人だ。

 だからそんな「証拠」を簡単に明け渡すようなそんなこっ恥ずかしいマネは、 これからもそうそう自分からすることも無いだろう事を、先に謝っておこうか──────。




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