温度差(7)
(7)
「聞いたぞー、H電機さんの~」
「ぁーーーーー…」
ようやく店舗の仕事がひと段落ついて、営業に戻ることが出来たその日。 俺は本当に久しぶりに課長と夕飯を一緒に食べることが出来た。
「もう最悪ッス。取材とかってされる側はたまんないッスね」
俺は今回、例の店の計画で厨房機器の会社との連絡でポカをした。 「Kべんとう」さんが設置した冷機をそのまま使う事になっていた連絡が伝わっておらず、 什器屋さんと工務店の人に無駄足を踏ませてしまい、 結果迷惑をかけてしまった関係者の人たちに頭を下げまくっている場面がバッチリ撮られてしまったんだ。
「知り合いなんだから、カットして貰っちゃえば?」
指をハサミにしてチョキチョキというしぐさを見せる課長はどこか嬉しそうで。
「ダメでしょ。アイツ失敗する場面欲しいって言ってましたから。もりあがるからって。」
「あ~わかるなぁーそれ」
からかうような口調に俺の気持ちはまたズシーンと重くなった。こういう時、 さらに輪をかけてダメなヤツみたいに言ってくるイヤな上司だったら、 俺はしばらく立ち直れなかったかもしれない。
だけど課長はそう言いながらぽんぽん、と俺の肩を軽く叩いて。
「ま、今がガンバリどころだろ。最上さんとの仕事は勉強になるハズだよ。 あの人は俺みたいにお喋りじゃないから、嫌われ覚悟でガンガン質問してかないとまたしわ寄せ食らうぞ。」
そうなんだ。今回の失敗の原因の半分は本当は最上さんにあった。 いっしょに仕事をしてわかったけれど、最上さんは自分のところに集まった情報を、 自分からはまわりに伝えずにどんどん前に進みがちなタイプの人だったんだ。 「Kべんとう」さんともそんな話しをつけていたなんて俺はひとつも聞いていなかった。
こうやって、落としておいて持ち上げる。落ち込んでいるときにやられる課長の これに参らないヤツっているんだろうか。慣れない仕事への緊張と。 そんな最上さんとの仕事のストレスとで落ち込んでいた俺には、 相変わらずのこの課長の気づかいはすっごく効いた。
思えばもうあれから、課長の家で過ごしてから一ヶ月近くたってる。 短い間に起こった色々に、俺は自分で思っていた以上に疲れていたみたいで。
久々の仕事ではなくプライベートで二人だけで過ごせる時間。 いつもの定食屋だったけど、だからこそそんな時間がマジで幸せだと思えた。 店の壁置きのテレビのクイズ番組に、真剣に答えを考えてる課長の姿。 当たるとマジでウレシそうな顔をしたりしていて。あんまりに真剣だからそれを言ったら、 急に照れたようにあわてて箸を進めだして、そんな課長が本当に──愛おしく思えて。
I小路や千田フーヅからは俺の家の方が遠いんだけど、 課長が自分の車で出勤してきた今日みたいな日は、送ってもらうのが自然な流れになっていた。
俺の家は一方通行の通りにあるので、幹線道路に戻りやすいように少し下の坂のところで いつも降ろしてもらうことになっていた。千田フーヅからウチまで道が混んでいてもせいぜい30分ほど。 普段の通勤だったらバスの連絡のタイミングが合ってもだるいなんて思うけれど、 こういう時は本当に短く感じてしまう。
「どうした」
いつもの坂道。ガードレールの切れたところに静かに車は横付けされた。
俺はもう降りなきゃいけないんだけど────。
「どうしたー…及川」
街灯の逆光越し、課長はいつものとぼけたような薄っすらと微笑んだような表情だった。 だけどいつもこの優しそうな顔にまぎれてその本心は見えない。 今日も定食屋で取材の話は出たけれど、駒場のことは話題にならなかった。 課長の話術は本当にさりげなくて、わざと避けているのか本当に興味が無いのかも、俺にはわからなくて。
週末だけど、今社はそういう状況だからしばらく土日は返上。 俺も課長も早く帰ってもう休まなければならなかった。
だけどもうちょっと、ちょっとでも長く課長と一緒にいたい。 俺の中で課長への気持ちが強くあふれそうになって────。
「え?俺が?言ったっけ?」
「え、ええ、言いましたよ。「お前の好きにすると良ンじゃね?」って」
その途端俺の中で漠然と感じていた不安が言葉になった。あの日の話しを蒸し返す。 駒場の突然の告白に俺はびっくりで、で、課長にそれを聞かれて更に混乱していて、 そして何よりそれを聞かれたことで課長がどう思っているのか知りたくて。
ところが課長、直ぐに思い出せなかったみだいで「???」って驚いた顔をして俺を見た。 俺はあのことを引きずっていたのは自分だけだったのかと焦ったが、 開いた口はもう止まらなかった。不安の正体も漠然としたままなのに、 思いついたそのままの言葉がどんどんあふれて。
「え、ああ!あの時」
やっと思い出したと課長はパシッ、と自分の額を叩いた。 叩いて何か俺に言おうとしたけど、俺の口はもう止まらない。
「俺、課長が好きです。課長のことしか見てないです。 な、なんか誤解とかされてるんじゃないかと思って、俺」
「ちょ、及川」
「その、確かに駒場はいいヤツですけど、アイツは友達です。」
「ち、ちょっ、待った待った待った待ったーーーー!」
「だからそうゆう意味で好きってのは無いです。俺が好きなのはかちょ……」
「わかったから、わかったからーーっ!!!」
自分でも何を言ってんだ、とか思っていたけど、 俺のメチャクチャな言葉にみるみる課長のポーカーフェイスが崩れてく。
突然あったかい感触を感じた。少し強めに香るタバコの匂い。
課長の手で口を塞がれて、ようやっと俺の口は止まった。
「はーーー」
「…す、すいません」
俺の口を塞ぐ手を離すと、がっくりとハンドルに突っ伏す課長。
俺は瞬間、やっちまったかと思った。みっともなく慌てたことで課長に引かれたかと。
「参るな…お前には」
ところが、次の瞬間にアイドリング状態だった車が動き出す─────。
「か…課長?」
車はそのままバス通りに抜けて国道に。
幹線道路は夜でも結構明るくて。対向車のライトに照らされて課長の表情がハッキリと見える瞬間があった。
困ったような、それでいて仕方なネェな、みたいないつもの表情ともとれたけど。
「悪かった。ナンか誤解させるような事を言ったみたいだったな」
「え?」
「まいったなぁ……」
少なくとも今の俺の混乱に嫌な思いをされたとかそういうことではないことはわかったけれど、 俺はただオロオロとするばかりで。警告ランプに気づいて降りようとはずしていた シートベルトをまた付け直したのはずいぶんと走ってからだった。
来た道を戻る。向かう先は───。
「ちょっと寄ってけ」
月極めの駐車場の砂利が鳴る。俺は課長に促されるまま課長の部屋への階段を上がった。




