温度差(5)
(5)
こういう時、いったいどうしたら?
俺は慌てて。何と言うか、浮気をしたわけではないけれど、 そんな罪悪感に似た気持ちを感じて俺は混乱した。
喫煙所、時間だ、という風に課長が立ち上がる。その時の俺はとにかく何かを言わなきゃと思った。 駒場の告白にビックリはしているけど、決してグラついていないって。 っつーか俺は課長の事しか考えられないとかそういう事を。
「ぉお?」
「そ、その、課長」
だもんで思わず俺は課長の腕をつかんで引き止める。だけど引き止めて俺はそこで固まってしまう。 そんな事、かえって言葉にしたら嘘臭いというか、 まるで言い訳みたいに聞こえてしまうことに気づいて動けなくなったんだ。
そしたら。
課長、俺に腕をつかまれたままいつも通りとぼけたような顔をして。 掴まれてないほうの手で俺の肩をぽんぽん、って叩いて。
「ま、お前の好きにすると良ンじゃね?」
そう言って、課長はスルッ、と俺の手をすり抜けて事務棟に戻っていってしまった。
そのやり取りは全く自然で。口調までもがいつも通り軽くて全然緊張した感じも無かったもんだから、 俺はすり抜けた腕を逃してしまい───。
「ま、お前の好きにすると良ンじゃね?」
それってどういう意味なのか。
それきり、課長はそのまま営業先に行ってしまい、俺はその意味を聞くチャンスを逃してしまった。
メールを送ろうと思っても文面が思いつかない。じゃぁ電話だと直接かけたけど、 話すこともまとまらなくってコール三回で慌てて電話を切った。 履歴が残っているはずだと思ったけど、課長から折り返されることもなく────。
翌日も課長は営業先に直行。こんな日に限っていつもは細かい事を課長に丸投げする 戸川部長が大真面目に対応してくれて、課長に相談しようという仕事を直接終わらせてしまう。
こういうのってタイミングをはずすともうどうしようも無いんだな。 そのままずるずると課長と個人的な連絡を取る機会が伸びて行って───。
最初は、駒場と課長を天秤にかけていると思われたのかもしれない、 そんな事を心配していた。
だけど───。
もちろん駒場には申し訳ないが、俺はやっぱ課長のことしか考えられないのだから 何もやましく思うことはないんだけれど。
だけどそうやって課長との事を考えていくうちに、見ないようにしている現実から だんだん目がそらせなくなってきたんだ。それはずっと。 ずっと不安に思っていながら普段は考えないようにしている事で。
課長はたぶん、何かあったらすぐ俺から離れちゃうんだろうな、って。そういう現実。
だって、何だかんだ言って俺のことはちょっとは好きになってくれているったって、 課長はノンケで、同情半分で俺と付き合うってくれているだけだから。
だから俺を良いって言ってくれる相手がいるって知られたら、 もし同性愛への嫌悪感が残ってたら課長にとってはむしろアリガタイは話しだろ?
「その方がお前、幸せなんじゃね?」とかさらりと逃げられるなんてことも───。
もしそうなったら俺は文句は言えない。俺と付き合うなんて、 どう考えたって課長にとってリスクの方が大きいから。
そう考え出したら止まらなくなった。
そんな風にこれまでと違う仕事での忙しい日々が続くうちに、 気づけば俺はますます自分から課長に対して何のアクションも起こすことが出来なくなってしまっていたんだ。




