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千田フーヅシリーズ  作者: カワニナ
15/21

温度差(3)

(3)



「あれ?」


 外回りにはもってこいの天気の良かったその日。 俺は店舗ではなくて溜めてしまった書類仕事をまとめてこなす為に営業部にいた。 営業先へ持っていくパンフレットがまた足りなくなったので補充の為に広報へ行くと、 ヒマそうな様子で廊下に駒場が立っていた。


「今日は何で」


「今日は俺らが取材されるみたいだよ」


 広報の方がS△放送を取材するので呼ばれて、少し早めについてしまったという事らしい。


「なんか…、申し訳ないな。しゅに…ウチの松本が迷惑かけてるみたいで」


「いや、こっちも早く来すぎて」


 それでも廊下に立たせて待たせるのはまずいだろうと広報を覗けば光江サンもいなかった。 ただ英嗣君一人がいかにも忙しそうに撮影機材を出したりしまったりしていた。 主任はと聞けば「さー?」と相変わらず使えねー返事が帰って来るばかりで。


「…って」


 呼びつけておいて椅子も勧めないとか。ああ、光江サンがあんなにがんばって なだめすかしながら色々教えてくれてるのが本当に、無駄。 同じ縁故でもパートの光江サンの方がずっとずっとずっとずっと仕事が出来るのに、 何で態度ばっかでかいコイツが正社員なんだよ。


 俺は駒場を喫煙所に連れて行くことにした。フォローのきく駒場で良かったと思いつつ、 主任が来たら呼ぶようにと英嗣君に言えば「わかりました!」と調子ばっかりいい返事が返ってきた。





「すまないな、社内禁煙なもんで」


「いや、こっちこそ気を使わせて」



 ニコチンが切れて、で、やっと吸える時の喫煙者っていうのは本当に美味しそうにタバコを吸う。 半屋外の喫煙所、トタン屋根の向こうの青い空にタバコの煙が消えていった。


「あっちが…工場?…あ、調理場っつーのかな?」


「工場。一階が半分倉庫で二階が工場。」


 工場と事務棟のちょうど間に渡り廊下みたいなところにこの喫煙所はある。 でも自販機も置いてあって一応位置としては真ん中にあるんだけれど、 ここは社員しか利用しない暗黙のルールみたいなものがある。 パートさんたちはやっぱり主婦層が多いので喫煙者がもともと少なかったりで、もっとしっかりした屋根のあ る搬出入用の扉そばでくつろいでいることが殆どだった。


 俺も丁度いいから少し休憩を取る事にした。自販機で飲み物を買ってベンチに腰を下ろすと、瞬間、駒場と目が合った。


「……」


 半日陰の逆行の中、長い形の良い指にタバコを挟んで軽く腕を組むようにしてすらりと立っている。 そんな駒場の姿は冗談抜きでメンズ雑誌のモデルみたいにキマッていた。

 世の中本当に不公平だ。俺はついうっかりそんな駒場に見惚れて。


「……?何」


 そんな俺の視線に気づいて返してくる笑顔までがやたらとカッコ良くて。


「イケメンむかつく」


「何だそりゃぁ」


「おまえ冗談抜きにカッコイイんだよ。何でいい相手見つかんないんかなぁ。」


 褒め言葉のつもりで、陣内課長みたいに軽いノリで本音を吐いただけだったんだけど───。



「…はーーー、」



 俺の言葉に駒場は一瞬驚いたように、目を見開いて。いや、違う、その時一瞬空気が緊張して。



 ────怒っていた。駒場は。腹を立てていたんだ。



 けど、直ぐに駒場はその怒りを大きくついたため息で誤魔化した。 ちょい乱暴な手つきでタバコの火が消されて。


「…何でこの状況で…お前がそーゆー事言うのかナァ…」


「…?」


 呆れた、と言う風にクビを傾げながら再びため息と共に吐き出す駒場。


 瞬間何を失敗したのかわからず焦った。根が生真面目な性格だからだろうか、 駒場はかえって無条件に容姿を褒められると機嫌が悪くなるところがあって、 そんな不愉快に思う部分に触れたかと。

 でもわかっててついこういう風に俺がコイツをおだてるのはいつもの事だった。 それにこういう時駒場は、いつもなら軽く鼻で笑って受け流すはずなのに────。



「…なぁ、及川、お前の好きな奴って今ここにいるんだよな」


 軽く首を傾けて事務棟に駒場の視線がゆく。


 気だるそうに立ち尽くす駒場。浮かぶ穏やかな笑み。




 だけど、目は笑ってなくて。





「もうさぁ、そんなヤツの事諦めて、よ、」




 怒っているわけではないのかと安堵したのもつかの間。


 そう言って、自分の胸を駒場がとんとん、と叩く。











「────────────え?!」
















「────と、時間だ。また連絡するわ。」




 え、え?



 間抜けな、間抜けな俺が何でもいいからとにかく呼び止めようと振り向いた時は、 もう事務棟のドアの向こうに駒場の姿は消えていた。


 今しがたの駒場の言葉と仕草が頭の中で繰り返された。 俺に片思い(と少なくともこの時点で駒場はそう思い込んでいるわけだけど)を諦めろ、と言って。


 でもって、その代わりという会話の流れで駒場が指を刺したのは───。





 業務中だということがすっかり頭から抜けて俺はベンチにへたり込む。




 駒場が。あの駒場が。ウソだろう?



 ───いいや、あの顔は冗談では、無い。





 よーーーっく考えてみれば、見え見えじゃないかってぐらい 駒場の意思表示が込められていた態度や会話があったことに、おれはこの時ようやく、 この時になってやっと初めて気がついた。俺があの店に行く曜日は決まっていて、 その日によく会えていたのも偶然じゃなかったんだ。


 俺って相当鈍いって事は決定として。でも、でも駒場に関しては、 俺の中ではそれは一番ありえない事だったから全く考えていなかったわけで。


 意外すぎる出来事に俺は固まってしまう。よりによって、駒場が。なんで、俺なんかを?


 

 しかも、なんでこんなタイミングで──────。




ブーッ、ブーッ


「!!」




 その時だった。かすかに耳に届く携帯電話のバイブレーター音。

 喫煙所、工場側のここから死角になる直ぐ裏のトタン板の壁の向こうに誰かがいる!


 瞬間、俺の頭はどう取り繕うかと言い訳を高速回転て考えた。大丈夫、 今の会話、会話だけなら誰も何が起こったかなんて本当のトコ、わからないはず────!


 だけど直ぐに俺にとって一番あって欲しくない状況も頭に思い浮かぶ。 携帯の音は工場棟がわの壁から聞こえた。この時間、ここを行き来するような人物は一人しか思い当たらない。



「──、ハイ、日程変更、はい、あ、じゃあ、メールで、後程、ハイ、失礼します───」



 思い浮かんで、ほぼ同時にトタンの壁の裏から出てきたその人物───。







「オウ、及川」





 陣内──課長。





 俺は取り合えず背中にどーーーっと汗が噴出すのを感じながら、 「ドモ」と軽くいつも通りに返事をした。いつもの仕草で胸ポケットからつぶれかけた ソフトケースのタバコをとり出して、百円ライターをカチリと鳴らして俺の横に腰を下ろす課長────。



「丁度良いや、I旅行さんの例の件マダー?」


「あ、ス、スンマセン、あ、I旅行さんの、さっき戸川部長がちょっとって言って書類持ってちゃいまして」


「ありゃ」


 声が震える。落ち着けと自分に言い聞かせながら、俺は課長と目があわせられずに手元の缶飲料から目がそらせない。

 目の端に映る課長はいつものように伸びをして、凝った首をごりごりと鳴らして。 いつもの感じで背もたれに、だらん、と背中をまかせてリラックスした様子で足を軽く伸ばして、 さっきの俺のように空を見上げている。


「良い天気だなァ~」


「あ、ですね……」



 まったくいつもどおりの様子の課長。きっと何も聞いてなかった。きっと何も───。


「あの、もしかして、課長」


「ンー?」


「さっきの───」


 それでも、もしかしたらもしかしてと思った俺は─────。


 探るような俺の問いかけに、いつもの眠そうに見える眼差しをチラリとこっちに向けて課長はすぅっ、 と残り少なくなったタバコを吸った。そして気持ち良さそうに煙を吐き出しながら、 ぐりぐりと灰皿に吸殻を押し付けて顔を俺の方に向けた。


 ニカッと。わざとらしい笑みが満面に浮かぶ。



「聞いてました……?」



「……ゴメン、及川」


 







 …………マジですか────────。






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