温度差(1)
意外な相手に告白された。しかもそれを課長に見られた…?
(及川目線、陣内目線交互)
(1)
あの日、課長のマンションからの帰り道、俺はすごくフワフワした気分でハンドルを握っていた。 急いで帰ってオフクロに車を返して自分の部屋へ戻ると、着替えて何も考えずにベッドに潜り込んだ。
泣きたいぐらいシアワセだった。てかマジで涙が出そうだった。
だけど同時に。しあわせ過ぎて、だからこそこの幸せに無責任に浸っていちゃいけないって実感がこみ上げてきていた。
ふだんのおちゃらけた印象が強いもんだから、余計その、 あんな雰囲気になった時の課長の普段とのギャップが色っぽくてもうたまんなかった。 同性愛とかまだ違和感ありまくりだろうに、 テンパってもうグダグダな俺にあんな場面でまで気を使うなんて、どんだけ出来た人なんだと。
それでも課長も緊張しているのはすごく伝わってきていて、 照れたりそれを誤魔化そうとしたりしてる姿がもう本当にたまらなくって。
そん時はとにかく夢中で。で、やっぱり終わって気持ちが落ちついて来てみれば、 自分の情けなさがマジで恥ずかしくなった。もちろん課長は「しょうがねぇなぁ」とかあったかい目で 見てくれていたのだろうけれど、年上だからって課長にあれだけリ─ドしてもらって、何やってたんだオレって感じで。
だってさ。ノンケだった課長を、こっちに引っ張っちゃったのは俺なワケで。
たぶん間違いなくまだ課長の中での俺に対する気持ちは恋愛感情より同情の方が強いわけで。
気を使わなきゃなんないのは俺なのに。俺はどんだけ情けないんだろうと。
翌月曜日。
いつも通り朝礼が終わると、課長はすぐに軽いフットワ─クでどこかに行ってしまった。 あの何とも言えない愛嬌ある笑顔は残念ながら俺だけのものではなく、 今日も多分お約束の誕生日プレゼントと共に社のパートさんか誰かのところに行ったのだろう。 けれどそんな課長にかえって俺は安心したような気分になっていた。
俺は俺で───多分いつも通り振舞えていたと思う。なぜなら前の日に感じた緊張がずっと心の中で強く張っていたから。 嬉しくてハイな気持ちは抱いてるんだけれど、どこか距離を置いてそんな自分たちの事を静かに見ている自分を感じでもいて。
っつーかそれ以前に俺は課長との事にノンキにひたっている余裕なんてなかった。 なにしろその月曜日からR駅ビルへの出店計画が本格的に動き出したからだ。
「及川に社長賞を、とか言って千田専務煽って盛り上げるか」
「それマジカンベンして下さい~」
戸川部長の言葉は半分冗談かもしれないが半分は本気だ。ただでさえ三セクのR駅ビル、 本来なら関係者にコネがないと話すらさせてもらえないというのに、 俺なんかが出店話を取ったなんてまさに奇跡だったから。
R駅ビルってのは東北新幹線が通るようになってから出来た駅ビルなんだけど、 観光客だけでなく地元の利用客の集客も見込んでいて、でっかい駐車場あり、在来線の乗り換えあり、 観光名所そばというものすごい優良の集客施設。 立地が良いのに賃料が安く、この辺で小売の商売をやっている連中皆が出店を夢見ている。
しかも、ビルが出来たばかりの頃に一度ウチの会社も攻勢をかけたが、 その時はこれという決め手商品に欠ける我が千田フーヅはライバル会社の 「Kべんとう」さんに負けて出店が適わなかったという過去まであった。 昨今の健康ブ─ムで、健康嗜好の弁当が女性客の好評を得てウチの社の商品もそこそこ知名度は上がったけれど、 まだまだ無名の一食品会社が簡単に食い込める隙は無いに等しかった。
それが今回販売スペ─スを取れる事になったわけだから、社内全体が浮かれてしまうのは当然の話だった。
上に手柄を大げさにアピールしないでどうする、みたいに言う戸川部長。 だけど今回は本当にラッキーだっただけなので、俺は部長の煽る言葉がそのまま冗談で済んで欲しいと思っている。 事実、あくまで上へ精力的に仕事をしてますアピールをする為に通っていただけだったし(もちろん手は抜いてなかったけど)。 そこにたまたま「Kべんとう」さんが業績不振で撤退することになったってだけで。 でもってたまたまR駅ビルの運営に絡んでいた議員が汚職疑惑で離職して、 後釜に来た担当の人が一般企業勤め経験者だったという幸運が重なったから拾われたってだけで、 俺はむしろ重過ぎる成果にチョッピリ誰かに続きを丸投げしたいぐらいの心境だった。
で、いつもならこういう一から店舗を出すような案件の場合、不動産の会社にいた経験から陣内課長が動いていた。 だけど俺が取ってきた話だし、いい加減俺ももっとスキルアップをしなければならないという事で、 新規販売店が営業を開始できるようになるまで俺は店舗開発部の最上さんと行動する事になったんだ。
そんな感じで今俺が担当している営業先の半分ぐらいを陣内課長に引き継いでもらうことになり、 俺は通常の営業業務から少し離れることになった。そして建設業者周りやら認可を取る為の役所周りやらと まるで初めての作業でトンデモナク忙しくなってしまったんだ。
そんなんだったから正直、課長との時間が殆ど取れなくなってガッカリって気持ちはあったんだけど。
だけどそれ以上に今回みたいにハッキリ成果が出た事で、重過ぎる成果にキンチョーしつつも、 俺の中で仕事に対してのヤル気もすごくわいていた。
だいたい、ここでハンパな事をしてしまったら、課長にどうこう思われる以前に男としてどうよ、って話になる。
誰かにベタベタ甘えたいのなら、まずやることをちゃんとやって認めてもらわなきゃ、と────。
店舗開発部に行く時、課長が「ガンバレよ」と俺の背中をポンと叩いた。あの日曜日の事は、互いにちょびっとも触れることも無く。
だけど目が合って、いたずらっぽくニヤッと笑ってみせる課長の意味ありげな笑顔に、 言葉が無くても通じるナニかを感じた気がして俺はその時はノンキに幸せを噛みしめたりしていたんだ。
そしてその週のなかばだった。ただでさえ忙しいところに更に新しい話が持ち上がった。
なんと今回の出店計画に平行して、千田フーヅにテレビ局の取材が入る事になったんだ。




