6-3
翌日、早くに目が覚めた李絳は、昨夜話し込んでいた部屋から庭を見下ろしていた。
「こっちくると朝は少し寒いな」
欠伸をして呟いた李絳は、ふと視界の端で何かが動いたのを見つけた。
「あれ、あいつ……」
母屋の一室で、彩蘭という少女が庭を見つめていた。
「……やけに早起きだな」
訝しげに呟いた後、李絳は確認するように空を見上げた。
まだ辺りは薄暗い。完全に明けるまではもう少し時間が必要だろう。
再び彩蘭に視線を向ける。彼女はぼうっと庭見つめたまま微動だにしない。
「……?」
首を傾げつつ李絳はふと、昨日の彼女を思い出す。里の人間に接する彼女の姿が思い浮かんだ。
彼女は笑っていた。とても穏やかに。子供たちを見る瞳は、優しく温かい感情が浮かんでいた。
子供たちもまた、よく彼女に懐いていた。子供は他人の感情にひどく敏感だ。ましてや、ここの子供には思い出したくもない過去があると聞いている。
その中で彼女は懐かれ、信頼され、愛されているように見えた。
李絳は彼女の笑顔を思い浮かべる。その笑顔を見ていると自分まで癒されるような感覚になった。
しかし、今は逆に不安が浮かび上がってくる。
昨日も彼女を見ていて、時折言い様のない不安が募ったのだが、それがさらに李絳の不安を後押ししていた。
「おはよ。――何、見てるの?」
ふいに後ろから声をかけられた。ぼうっとしていた李絳はそれにはっとする。
隣で蘇芳が不思議そうに外を覗いていた。
李絳は溜息をついて空を見上げる。もう空は明るくなり始めていた。
「……あれ」
「彩蘭て子? 早いね。何してたの」
「知らん」
そっけない李絳の態度にも蘇芳は動じない。むしろどうでもよさそうに、ふぅんと呟いている。
蘇芳の興味は李絳が見ていた彼女に移っている。
「なんでかな。彼女、すごく危うい感じがして仕方ないんだよね。李絳が気にしてるからそう感じるのかな?」
後半の蘇芳の言葉は若干からかいが含まれている。李絳を見る目も面白そうに細められている。
李絳はそれに舌打ちで返した。
「ま、いいけどね。――ところで、藍家の人間をどうやって出てこさせるか、考えた? 会ってくれないなら強引にでも引きずり出すしかないよね?」
「…………」
「……ま、僕には関係ないけどね」
肩をすくめた蘇芳に李絳は顔をしかめた。
「……ほんとに他人事だな」
「え、だってそもそも僕ら李絳のお供兼、賊の討伐が仕事だもん。藍家の真実だの生き残りだのは興味はあるけど、李絳から後で確認すればいいし。――そもそも、色々複雑そうだから要点だけ聞ければいいや」
あっけらかんと告げられた言葉に、李絳は一瞬思考を止め、理解して怒りに肩を震わせた。
溜めこんだものを一気に吐き出すかのように叫ぶ。
「お前のそのやる気の無さは結局そこか!」
「何、今更。最初から言ってたでしょ。賊討伐のほうが楽だって」
面倒事は避けて通らなきゃ、と当然のように他人事にしていることを悪びれもせず、蘇芳は笑った。
李絳は、その笑みに握り込んだ拳を震わせる。
――そうだ、こいつはこういうやつだった。
自身を落ち着かせようと大きく息を吐いて深呼吸したのだった。




