6-2
彩霞はうつろな瞳で部屋の中を見るともなしに見つめていた。部屋の中も外も闇で包まれている。
彩霞は、今日の出来事を思い浮かべた。
紅家から来た彼らを見ていると一気に過去を思い出しかけた。
大切な人たちの事を思い出してしまい、嬉しいよりも少し気が滅入る。
過去を忘れたいわけではないが過去に囚われることだけは、絶対に避けなければいけなかった。
ある意味過去に囚われているのだろう彩霞は、ある境界を踏み越えてはならないことを知っている。
昔から自分はその境界の一歩手前を、守るかのように、また、破壊しようとしているかのように見据えている。
彩霞は何故だかおかしくなり、ふっと笑みがこぼした。
――彼は終わりにしてくれるだろうか。
昼間、こちらを窺っていた紅李絳を思い浮かべる。
『傷つけるようなことはしたくないです』
彼は、悸暎にそう言ったらしい。
昔、どこかで聞いたことがあるそれは、彩霞に重く圧し掛かった。
「それでも、それでも私は……」
彩霞は溜息をついて明日のことを考える。しかし、何も浮かばないことに気付いた。
そのまま考えることをやめ、ぼうっと何もない空間を見つめる。
彩霞は夜が更けていくのを日光浴するかのように感じたまま、いつしか眠りに誘われていく。
瞼を閉じる瞬間、遠くで歯車が動き始める音がした。そして、それは緩やかに元の動きを取り戻し、急速に動き始めるのだ。
すべての終焉に向けて―――。
―――彩霞、他人の命を奪うことだけは絶対にしてはいけない。
夜が明ける前、懐かしい声に彩霞はふと目を覚ました。状況が把握できずに身体を起こすと、再び懐かしい声が聞こえてくる。
―――こいつは筋がいいな。
穏やかな声とは打って変わって、どこか含みのある声が楽しそうに笑っている。
長春様、と茫然とした彩霞が小さく呟く。彩霞は顔を覆うように片手で頭を支えていた。
―――小姫。
―――姫。
―――彩霞。
あまりにも古い、ところどころ剥がれかけた記憶が彩霞の脳裏に映る。勝手な順序で何かを伝えるかのようなそれに、彩霞は耐えきれず涙を零した。
「……っ、………っなん、で……っ!」
何故、彼らが――いや、ずっと感じていた。彼らの影を。
それを無視してきたのは彩霞の方だ。
「…………お、じいさ、ま……」
祖父と祖父の友人たち。なにものにも代えられない大切な記憶。大切な人たち。
嗚咽が口から漏れ始め、彩霞は必死に脳裏に映るものを消そうとした。だが、再び映ったある記憶に、堪え切れずに声にならない悲鳴を上げた。
そして枕元に置いてある、色とりどりの紐でがんじがらめにされた短剣に手を伸ばした。
まるで、鞘から抜くことを禁じるかのように巻きつけられた紐の一つには、小さな石が連なるようにいくつか通されている。
彩霞はそれを胸元に引き寄せ、抱えるようにぎゅっと強く握り締めた。
「……っ、……さ、い。ごめ、っ―――――!」
最後に彩霞の口から漏れたのはあまりにも痛烈な、叫びのような謝罪だった。




