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「……相変わらずおいしいな」
彩霞は真っ赤な果物を小型包丁で皮をむき、子供たちに分けてやりながら最後に自分の口へと運ぶ。一口咀嚼して、素直にそんな言葉が出た。
ふふ、と傍にいた花耶という女性が笑った。度胸があり芯の強い、親しみやすい女性だ。
総悟と結に言わせると“すげぇ怖い母ちゃん”なのだそうだ。
「おいしいでしょ? ランちゃんにはいつもお世話になってるからねぇ」
「そうでなくともいろいろしてもらっている」
彩霞の言葉に花耶はきょとんとした。ついで笑みを浮かべた。
「やぁねぇ。気にしなくていいのよ。この里のみんなが家族なんだから、遠慮しないの。それにしても、なんでランちゃんにはあんなに懐くのかしら」
わたしが母親なのに、と花耶は拗ねたように呟いている。彩霞は困ったように笑う。
「でも手伝いをするのだろう? 無条件でそんなことをするのは花耶の前でだけだ。毎日必ず時間通りに帰っていくのも花耶がいるからだろう」
思えば引き取ったころはほとんど毎日、帰ってこないと騒ぎになっていた気がする。
何故か彩霞の傍にいようとしたため、そのうち彩霞が日暮れとともに送り届けることになった。それも最初の頃だけで、随分馴染んだものだ、と彩霞は木刀を振り回している総悟たちを見た。
「泣かせたことも気にしていたようだし、あの子たちにとって良い母親なんだろう。いい加減、許してやったらどうだ?」
「それとこれとは別なのよ。躾は厳しく! ランちゃんは子供たちに甘すぎなの! てことで、あの子たちはおやつはおあずけ!」
おやつを貰えなかった総悟たちの矛先は紅家の人間に向いている。
楽しそうなので放っておくことにした彩霞たちのそばでは、他の子供たちがむいてとばかりに次の果物を差し出してきた。
彩霞は苦笑してそれを受け取る。隣では既に満足したのか昼寝に入っている子供もいるのだった。
「まったく、元気ねーあの子ら」
花耶が感心したように呟くのを聞きながら、彩霞は手を動かした。
悸暎の妻――木蘭やこの花耶を始めとした女性たちは、彩霞のことを“ランちゃん”と呼んでいる。これもやはり、木蘭の影響なのだが気軽なこの呼び方と彼女たちの態度は、彩霞にとっては落ち着くものだった。
そして、こんな何気ない時間も彩霞のお気に入りである。
こうやってただ何気ない時間を何気なく過ごす。
それがどんなに幸せなことなのか、彩霞は身に沁みて知っている。
別にこれが当然だと思うことが悪いことだとは思わない。むしろ、そうあれることが誰にとっても幸せなのだとも思う。
彩霞が再び子供たちに果物を切り分けてやると、子供たちは嬉しそうに笑って礼を述べる。どういたしまして、と返すとさらに嬉しそうに笑うものだからこちらも自然と笑む。
「相変わらずそれだけは上手いわねぇ、ランちゃん」
いつの間にか花耶がじっと彩霞の手元を見つめていた。皮むきのことを言っていることは容易に知れた。
彩霞は否定もできないので苦笑する。
「……相変わらず手厳しいな」
ことのほか、花耶と木蘭だけは彩霞に対して容赦がない。
「ランちゃん、女はねっ、時には男の代わりにやらなきゃならないことがたくさんなのよ! なのにランちゃんは、する気がないことに対してはさっぱり役立たずだし――」
説教をし始めた花耶をよそに、彩霞は視線を感じて目を細めた。
離れた場所にいる紅家の一人と目が合う。
――紅李絳、か。
じっと見られていたが、彩霞は興味がないかのように視線を戻した。しかし、李絳の視線が逸らされた後でもう一度視線を向けた。
若い頃の長春に似ている、と悸暎が言っていた言葉に不思議な気分で観察する。
彩霞が適当に視線を外したところで、すぐ傍で寝ていた少女が寝返りを打った。そういえば先程も同じことをしていたな、と顔を見るとどうやら寝心地が悪いようだ。
彩霞が自身の膝に頭を乗せてやると、やがて心地よさそうに寝息を立て始めた。枕がないと眠らないという話を聞いたことがあったためだ。だが、これで寝付くとは思っていなかったので彩霞は苦笑した。




