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4-7


 とても顔立ちの整った、黙っていれば人形のようにも思える少女。

 長い髪を結わえもせず肩に流し、その表情は人形の如く何の感情も見せない。しかし、その瞳は何よりも少女の存在を際立たせるかのように深く澄んでいる。

 自分達とそう変わらないくらいの年であろう少女は、じっと李絳たちを見つめたまま何も話さない。

 李絳は、少女を見た瞬間動揺した己の心に首を傾げかけ、はっと我に返る。


「――里の人間か?」


 落ち着いてるように努めて問いかけるが、何故だか目の前の彼女にはすべてを見透かされているような気がしてならない。

 李絳は初対面の少女に対して、自分が何故そんな気分に陥るのかも理解出来ていない。

 蘇芳たちは警戒するでもなく興味深く、それでも油断なく彼女を窺っている。


「…………」

「…………」

「……あー、僕ら紅家の人間だから、そんなに警戒しなくてもいいよ?」


 何も答えない相手に李絳も無言になると、しばらくしてから蘇芳が見かねたように口を開いた。

 少女が蘇芳の方へ視線を向ける。しかし、口を開くことはなく、じっと見たあと秀や晶を見て李絳に戻ってくる。だが、その視線は李絳に向いているわけではない。


「……なぜ…」

「………なに」

「――あれ、聞いてない? もしかして、里の人たちには知らせてないのかな?」


 李絳が無意識に身構えたところに聞こえてきたのは小さな呟き。李絳が不思議に思って問い返そうとした声は蘇芳の声に消されてしまう。


「……何故、こんな場所にいるのですか」


 どうやら聞いていなかったのではなく、正面から出向くことなく、迂回した場所にいることへの問いだったらしい。蘇芳は納得がいったというように頷いた。


「道に沿ってくと賊に鉢合わせしそうな気がしたから。まだ遭遇するわけにはいかないかな、と思って」

「そう、ですか。……あの、子供を二人、見――」


「―――散れ!」


 李絳は少女の言葉を最後まで聞かずに蘇芳たちに低く告げると、少女の身体を無理矢理引き寄せた。

 李絳より頭一つ分小さな彼女の身体は想像以上に軽く、李絳の邪魔をすることはない。

 そのままその場を離れて木陰に身を隠すと、息を潜めて先程までいた場所へと意識を向ける。

 己が黙らせるように少女の顔を胸に押し付けて抱き締めているのには気付かない。


「…………」

「…………」

「…………」


蘇芳たち以外の話し声が聞こえてくるが、離れすぎたためか内容まではわからない。

 それでも耳を澄ましていると小さく肩を叩かれて、ようやく己の状況を思い出した。


 ――ぎゃあ!!


 そう叫びかけて辛うじてそれを呑み込むと、どぎまぎしながらも自身の腕を緩める。


(わ、わるい)

(…………)


 お互いにだけ聞こえるように告げると、少女が顔を上げた。あまりの至近距離に李絳はかなり狼狽えた。


 ――ってなんで俺が慌てなきゃなんねーんだ!


 少女の方はまったく動じていないようで、じっとしている。そんな少女の冷静さが李絳を落ち着かせ、現在の状況を思い出す。

 再び意識を賊であろう人間がいる方へ向ける。幸いこちらにも蘇芳たちにも気付かれてはいないようである。

 しばらくそちらを窺っていると、すぐ傍から視線が突き刺さっているのを感じる。最初は気のせいだと気にしないようにしていたものの、ここまであからさまに見られると、気にせずにはいられない。

 当然、視線の主は先程から李絳の足の間に大人しく収まっている彼女である。


(……なんだよ)

(…………)

(……返事しろ。まぁいいや、大人しくしてろよ)

(…………大人しくしているだろう)


 返ってこない返事に溜め息をついた時、微かな反抗が返ってきた。

 一瞬、聞き間違いかと思ったがやはり声の主も彼女である。先程話していた時より若干低く発せられた言葉は李絳を戸惑わせる。

 ふと、先程彼女が気にしていたことを思い出す。


(そういや子供二人、俺の仲間がちゃんと保護してるから心配しなくていいぞ)

(……そうか)


 小さく息をついた彼女に李絳は頷いて、再び意識を賊に移す。しかし、賊はそこから奥へは進まずに戻ったようで、少しずつ気配が遠退いていく。

 どうやら最後まで気付かれずに済んだようだ。

 李絳は安堵しつつも気配が完全になくなるまでじっとしていることにした。

 相変わらず李絳を見つめる視線を感じるが、むず痒く思うよりも違和感の方が勝ってどうにもはっきりしない。また、違和感の原因もわからない。

 李絳は結局気にしないことにした。

(なぁ俺たち里に入りたいんだけど、矢神家の人間に報せてくれるか?)

(………)

(賊片付けたらすぐ出てくし。――あ、でも会いたい人間がいるんだけど……)

「……おい、放せ」

「あ?」



 気付けば賊の気配は完全に消えていた。代わりに蘇芳たちが近づいてくるのを感じる。

 ぽつりと解放を願う声が聞こえて、李絳は慌てて彼女の腰に回していた手を放した。

 何もなかったかのように立ち上がった彼女に李絳も立ち上がると、蘇芳と晶が姿を見せた。


「あ、いたいた」

「歴たちも見つけたよー」


 子供二人を連れた歴は大分離れたところまで移動していたらしい。

 蘇芳たちに連れられてそこまで移動する。


「晶、何か分かったか?」

「んー、なんかボクらを探してたみたいー」

「紅家がどうのって言ってたね。僕の方にも聞こえた」

「ふーん……なんで俺らを探してんだ?」


 一番近くで話を聞いていただろう晶に問えば、蘇芳からも同じような答えが返ってくる。それに李絳が首を傾げれば蘇芳が呆れたように溜め息をついた。


「なんでって考えればわかるで」


「――ねぇちゃん!!」


 その時、蘇芳の言葉を遮るように少し高めの声が聞こえてきた。

 子供が二人、李絳たちの傍を通りすぎて後ろにいた少女に突進する。


「総悟、結――」


 すぐにその腕に迎えられた少年たちは、ぎゅうっと少女に抱き付いたあと忙しなく口を開いた。


「ねぇちゃん、こいつら紅家とか言って里に入るつもりなんだ! にせものっぽいのに!」

「……にせものなの?」

「バカ結! にせものにきまってるだろ!? ひょろひょろしてるし、ぜんぜんつよそうにみえないだろっ」

「……でも、なにもいやなことされてないよ?」

「それがこいつらのテってやつなんだよ! おまえら、ゆだんさせといてばくっとくうつもりなんだろ!」

「あっはっは! おっまえ、面白いこと言うなぁ!」


 びしっと指を指されて言われた言葉に爆笑で答えたのは歴だ。その後ろから秀が歩いてくる。彼は呆れて溜め息をついている。

 晶や蘇芳も面白そうに少年を見つめている。


「ぶぶっ。食うって何。でも残念。――はいこれ。紅家当主からの手紙」

「とうしゅ……?」

「…………」


 蘇芳が差し出した文を受け取ったのは子供たちではなく、少女である。首を傾げている子供たちとは違い、彼女はそれをじっと見つめて、蘇芳を見る。

 蘇芳は視線を受けて、安心させるかのように笑みを浮かべた。


「矢神の主人に確認してもらえばわかるけど、本物だよ。それに李絳はご当主の息子。僕は蘇芳。あっちは歴に秀、晶。僕らここで待ってるから、それを届けてもらってもいいかな?」


 蘇芳の言葉とともに、彼女は彼らを見回して、じっと李絳を見たあとで蘇芳に向き直ると頷いた。


「少し、お待ち下さい。――総、結、おいで」


 疑うような目で見ていた子供たちを呼ぶと、二人は素直に彼女について背を向けた。

 李絳たちはすでに里に入っているといってもいい場所まで来ていた。だがそれ以上進まずに遠ざかっていく彼女たちの背中を見送るのだった。





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