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その日、彩霞のもとへ報せが飛び込んできたのは昼が過ぎた頃だった。
「――南下……?」
彩霞の訝しげな問いに杜樹が緊張した表情で頷く。
「現在、賊の数人が里の西側を南下しています。里の周りを沿うように歩いていると男たちから報せが」
南には川が流れているだけだ。少し西に逸れると別の里に通じる道がある。
もしかしてそこだろうか。誰かが――紅家の人間が通ってないか確認するためか。
彩霞は目を細めて、小さく笑った。
「皆は」
「父と姫様の指示どおり騒がずに、里の外側には近づかないようにしています」
里人への対応は悸暎や杜樹が適任だ。だが、少し気になることもあった。彩霞は一人納得して立ち上がった。ぎょっとしたように杜樹も立ち上がる。
「どこへ行くのです? ここにいて下さい!」
「外へは出ない。少し様子を見てくるだけだ」
「なんの様子を見るんです? お願いですから危ないことはしないでください!」
強く言って彩霞の前に身体を割り込ませる。しばらく睨みあって、彩霞が両手を上げた。
「……わかった。どこにも行かない。少し屋敷の外に出るだけ。それでいいだろう?」
「………絶対ですよ」
渋々と呟いた杜樹に頷いて、彩霞は杜樹の横をすり抜ける。杜樹が後に続くのもそのままに屋敷の外へ出た。
しかし、杜樹の話とは違った状況が広がっていた。数人の大人たちが集まって騒いでいる。
「どうした?」
彩霞が杜樹を見ると、杜樹が頷いて人々の輪に入っていく。
彩霞はその隙を狙いふらふらと里の中へ進もうとして、聞こえた会話に立ち止まった。
「―――あの子たちがいないんですっ!!」
こういう場合示すのはあの二人しかいない。彩霞は嫌な予感に鼓動が大きくなるのを感じた。
「どういうことだ」
彩霞が会話に口を挟む。聞かされた内容に彩霞は眉をよせた。
彼らの話だと総悟と結は昼過ぎ、南に向かって歩いていたらしい。だが、人々の目に入る場所にいたため心配していなかった。しかし直後に賊の報せを聞き、家に戻るように注意しようとしたところ既に姿が見えなかったらしい。
「何人かを捜索に……」
「駄目だ。いいか、絶対に警備を動かすな。――言っただろう。いつも通りに、何も気づかせてはいけないと」
「……ですが」
「私が行く」
彩霞がはっきりと言った言葉に杜樹だけでなく、他の者たちも動揺の色を浮かべた。彩霞は大丈夫だと言うように微笑んだ。
「二人を見つけたら戻ってくる。――杜樹。奴らの狙いは西の通りだ。もしかしたらすぐそこまで紅家の人間が来ているかもしれない」
「待ち伏せしていると?」
「接触はしないだろうが杜樹は西側に注意していろ」
姫様、と人々の中から先程叫んだ女が出てくる。他の者たちも不安そうにこちらを見つめていた。
「みんなも、いつもの通りに。総悟と結なら大丈夫だ。変な人間を見たら逃げるよう言ってあるからな。それより、二人への説教でも考えているといい」
もう一度笑ってみせると彩霞は踵を返した。とりあえずの目星をつけて走り出す。南――ということは川だ。あそこには遊び場としてよく使っている場所がある。彩霞はふと最近の彼らを思い出した。
ずっと不安そうだった。彼らだけじゃない。この里の者たち全員が。大人たちはかつての経験からかそこまで表に出しはしないが、子供たちはやはり慣れていないことに不安そうだった。
もっと注意しておくべきだった。彼らの不安を感じ取りながら傍にいることしかできず、昨日と今日に関しては顔も見ていない。不思議に思って様子を見に行こうとしたらこれだ。
皆には大丈夫だと言ったがそんな保証はなかった。賊は人を殺めている。鳴りを潜める前のことを思えば奴らは恐らく飢えているはずだ。
――無事でいてくれ。
彼らは何よりも不安だったのだ。やっと見つけた大切な安らげる場所を手に入れて、それを奪われはしないかと怯えていたのだ。
彩霞は今まで祈ることなどなかった。自分の変化に舌を打つとそれまでの思考を消し去った。
探すことだけに集中したのだった。




