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『例の賊のことですが、ここのところ北側をうろついているのを見かけています』
告げられた言葉に、彩霞は驚くわけでもなく、小さく息を吐いた。
「北、ね」
「離れがある辺りです。ですから、姫様もふらふら出歩かないでください。浅羽が嘆いてますよ。目を離すとすぐいなくなるって」
悸暎の一人息子であると同時に、杜樹は浅羽の夫でもある。浅羽はいつからか矢神家に仕え、今では彩霞の側付きのようなことまでしている。
「それよりあの態度を改めろと言っているだろう」
不機嫌そうな彩霞に苦笑すると、さっさと話を変えられる。
何を指しているのか、一瞬首をひねりそうになりすぐに合点がいった。どうやら、先程膝をついたことらしい。今は正座している。
「お前たちがそんなだから、皆が同じような態度を取るんだ」
敬うことで逆に文句を言われるのは初めてではない。昔から散々注意されたが、悸暎が改めるつもりがないようだったので、杜樹もそれに倣っていた。
「今更でしょう。ああ、大丈夫です。“来客”には十分注意するよう皆にも伝わってますから」
まるで聞き入れるつもりがないらしい答えに彩霞は呆れる。そして、騒がしくなった外の様子に立ち上がった。
「とにかく、里の男たちには奴らと接触しないよう注意させろ。それから里の中で何か起こっても警備を動かすな。奴らに異変を知らせることだけは避けたい。何か問題――余程のことがあれば報せろ」
「わかりました。そのかわり、姫様自らその何かを起こさないでくださいよ」
「私がどうやって起こすんだ。――いざ奴らが動いた時ここの男たちなら大丈夫だとは思うが、紅家の人間がくるならもっと簡単だ。それは利用させてもらう」
ふっと笑みを浮かべる彩霞を見て、杜樹は溜息をついた。
「姫様の言う通りなら奴らが事を起こすのは“来客”後ですからね。まぁ、場合によっては父に追い出される可能性もありますが」
「……話は終わりだ。私が行かないとどうもあちらは進まないらしいからな」
少し前から納屋の方向が騒がしくなっている。事の中心にいるのは子供たちだろう。杜樹は溜息をついて、背を向けた彩霞を呼びとめた。
姫様、と声をかけるも彼女は振り返らない。
「――どうしても、心を変えてはいただけないのですか。里の人間も貴女を大切に思っているのです」
悸暎から話を聞いたのだろう。彼女がこの里に留まるつもりがないことを。
「私とて昔から決めております。何があっても、貴女を守り……」
「――杜樹」
切なる響きを纏う声を、彩霞は遮る。振り返り、冷たく杜樹を見た。思わず言葉を飲み込んだ杜樹から視線を外し踵を返す。
「浅羽を悲しませてくれるなよ、杜樹」
一方的にそれだけ告げると答えを求めることもなく立ち去るのだった。




