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4-1


 紅家を発って二日――李絳はとある山の川辺でうんうんと唸っていた。

 傍には、蘇芳(すおう)といつもの仲間たちがいる。たった四人という同行者でその見た目も皆細めの体格だが、紅家の同年代の武芸者の中でも指折りの実力者たちである。

 彼らは李絳が振り撒く険悪な空気を気にも止めず話している。


「ーーで? 結局、ろくに詳細も知らされないまま対処しなきゃならんと」

「まぁそういうことだね」

「そういうこと、って……そんなんありか?」


 蘇芳から返ってきた頷きに、溜め息をついたのは(れき)という男だ。五人の中では一番背が高く体格もよく、その性格もおおらかで豪胆だ。

 だから呆れているものの彼の口調は軽い。特に問題だとは思ってないらしい。


「それで? 俺たちは賊優先でいいのか? 藍家の人間はどうする」

「うん、そうだね。藍家の生き残りは李絳任せでいいでしょ」

「……おい、なんでそうなる」

「僕らの役目は里に被害を出さないように収拾をつけることかな」


 冷静に状況を整理して話しているのは(しゅう)である。李絳の中では、他の三人より遙かに頼りになる男だ。

 そんな秀に蘇芳はなんてことないかのように本命を丸投げした。その際李絳が低く呟いたがお構いなしである。

 そこで、今まで黙っていた(あきら)が口を開いた。


「ねー、その人どんな人なのー?」


 大概話の腰を折るのはこの男だ。晶は好奇心に満ちた目で皆を見つめていた。


「もしかしたらさ、夏崔様の側近とかー、親しい人だったりして?」

「あーでもありえるよねぇ。結構、重要な人みたいだし」

「それはないだろ。側近なんて立場の人間が生き残るか?」


 話が変わってもそのまま話を続ける彼らに、秀は溜息をつきながらも否定した。


「わっかんねーぞ。裏切ったり裏切られたりあるかもだろ。だから自滅したんじゃねーの?」

「でもさー、本当のところ分かんないんでしょお? 夏崔様が逃がしたとかー」


 歴の言葉に晶が反論すると、蘇芳があっさりと会話を変えた。


「まぁ、そういうことは本人に聞けばいいでしょ」


 憶測しか浮かばない答えのない問題には殊更興味が無いらしい。

 えー、と首を傾げた晶が口を尖らせて蘇芳をみた。それもそうだな、と歴は面白そうに笑みを浮かべている。

 秀はそんな彼らの会話を聞きつつ、難しい顔をしたままの李絳を見た。


 彼らは紅家を発ってから、矢神の里まで最短距離で進んできた。馬での旅のため少しずつ休憩を取っていた。ここは、その休憩場所として選んだ場所の一つだった。

 李絳は未だに唸っている。


「でも、俺らが着く前に動かないって保証あんの?」

「さぁ」


 蘇芳の返答に秀は呆れた。だが、蘇芳は構わず進めていく。


「藍家の人間がどんな人なのかは知らないけど、賊と接触させるわけにはいかないよね」

「……寝返るかもって言いたいのか?」


 秀が訝しげに問い返すと蘇芳は肩をすくめた。


「――どっちにしても、僕らにとっては避けたい事態でしょ。第一、そういう時のためにもう一つの選択肢を渡されているわけだし」


 最後に李絳を一瞥してから歴たちに視線を戻す。ああ、と歴が呟き李絳を見た。すると、そこで突然李絳が低く呟いた。


「……っはめられた!」


 くそ、と悪態をつく李絳に、蘇芳たちは顔を見合わせる。蘇芳が代表して訊ねる。


「はめられたって何が?」

「だからっ、 〜〜〜〜〜〜〜〜っ、くそ! なんでもない!」

「……もしかして、今回のこと押し付けられたこと?」

「っ!」


 どう説明していいやら、また、その通りだった場合の自分の情けなさに口を閉じた李絳だが、蘇芳にあっさりと見破られる。それどころか、察した仲間たちにさらに落とされることになる。


「今更だろ」

「李絳に経緯聞いた時点で、わかったよね」

「今更気づいたのー?」

「…………」

「つーか、李絳に厄介事回ってくると大概そうだよな」

「単純だし使いやすいんでしょ」

「いいように使われてるよねー」

「…………」


 秀だけは李絳を不憫に思って黙っている。しかし、その気遣いが逆に李絳をさらに落ち込ませたのだった。


「あーあ、話が逸れちゃったよ。何だっけ?」

「選択肢がどうの、だろ」


 早々に李絳の話に興味を失くしたのか、蘇芳が溜息をついて話を変える。

 

「それにしても、選択肢ね」


 歴が意味有りげにと言うと、それに反応した李絳が顔をしかめた。だが彼らの会話は進む。


「害になるようなら消しちまえってことか?」

「害になるならね。――奴らが何を思って観察してるのか知らないけど、僕らは奴らに遭遇しないように里に入る必要がある」

「すぐに分かるだろうがな」

「まぁ、そうだけどそれは置いといて」


 いたって冷静に歴が言うと、蘇芳も同意して溜息をついた。


「一番重要なのは里の人たちに警戒されないようにすることだね」

「だがどうする。俺たちが行くこと事態、不安を与えてるようなもんだろ」

「そうなんだよねぇ。まぁとりあえず敵だと思われることは避けた方がいいってことなんだけど。……行けばなんとかなるでしょ」

「俺ら矢神の里なんて行ったことないからなー。とりあえず事が始まる前に着けばいいだろ」


 結局答えを出さずに話を終わらせた二人に溜息をつくと、秀は李絳を見た。だが、晶が口を開いたことによって遮られた。


「ねー結局藍家の人ってどんな人なの李絳ー?」


 やはり一番気になるらしいそこに、晶は李絳を見て答えを待った。すると、李絳は数拍置いて顔をしかめたまま呟いた。


「……俺が知るか」

「李絳は今それどころじゃないってよ」


 半分重なるように言った声は歴のものである。歴は李絳を見て笑った。


「ぐるぐる頭ん中、消すか消さないかでいっぱいなんだよなー?」

「てゆーかさぁ、それなしにしても僕ら何にも知らないよね。僕らがいろんな選択肢持ってるなら、あっちも警戒するはずだよね。名乗り出るとも思えないし」

「じゃあ李絳も何も聞いてないのー? それでどうやってその人見つけるの? 蘇芳の言うとおりなら里の人たちだって隠すかもよー?」


 晶が何気なく言った内容に、全員がはっとする。まったく頭になかったらしい様子に晶が口を尖らせる。


「そんなんでどうやって見つけるのぉ?」

「そういやそうだよなぁ。李絳お前何でその人の特徴とか聞かなかったんだよ。蘇芳は師匠から聞いてねえの?」

「父さんが教えてくれると思う? だいたい、紅家にいるときまだ生き残りがいることすら知らなかったから」


 面倒くさそうに手を振った蘇芳の言葉とこの状況に秀は溜息をついた。


 ――完全に遊ばれてる。


 何も情報を与えてもらえず、迷走する彼らを面白そうに見守る師の顔が浮かび上がる。

 蘇芳の父、晴燕(せいえん)は彼らの武芸の師でもあるのだ。その人柄は熟知している。その上当主、梨淑(りしゅく)もまた、彼らにとっては身近な人間であり同じような思考を有していることを知っている。恐らく半分は面白がっている節があるはずだ。


「李絳なんて聞く余裕すらなかったみたいだし。そもそも、梨淑様だってわざと教えてくれなかったんでしょ。つまり僕らは最初からこうなってたってことだよね」

「まあ俺ら出たとこ勝負ばっかだしなー」

「もう今さらでしょ。てゆーかいつもそれを率先してる李絳がそんなんでどうすんのさ。とばっちり受けるのはごめんだよ」


 終始呆れた口調で話す蘇芳が李絳をみると他の面々も顔を向けた。くっと歴が喉の奥で笑う。


「確かに。てか、李遊様に喰ってかかったんなら考える必要ねぇだろ」

「梨淑様だってそれを見越して、李絳に今回のこと任せたんだろうし。だいたい、害があるならって言ってんのになんでそう、うだうだしてんのさ」

「まぁ、会ってからでいいだろって言いたいんだろ」

「……そういう問題じゃないんだよ!」

「何?」


言われたい放題だった李絳がそこで口を開いた。焦りを浮かべているその様子に歴が首を傾げた。


「――だからっ! 選択肢なんてあってないようなものなんだよ!!」


苦々しげに告げられたその言葉に全員が首を傾げる。


「……えーと、どういうこと?」

「…………父上は藍家の生き残りを保護した(・・・・)って言ってた。害があるならどうのこうのってのは俺と兄上の話だし、それに……」

「それに?」


 問いかけたのは蘇芳だ。李絳は何故か悲壮感溢れる表情をしている。


「じ、じじいが、他の家に報せ送ったと同時に消えたって………」

「…………」


 勇気を振り絞ったとでもいうかのように告げられた言葉に、思わず沈黙が訪れる。

 全員がその言葉を吟味して、結論に至る。


「……長春様と関係があるってこと?」

「……じじいがその生き残りを知ってる可能性は高い。だとしたら、取れる選択肢は一つしかない」

「ええと、それはもしかして、何がなんでも無事に紅家に連れていく必要があるってこと?」


 蘇芳の戸惑いを浮かべた問いは沈黙によって肯定される。そして李絳はぶつぶつと文句を連ねる。


「最悪だ……。相手の名前も何もかも知らない上に、相手はあの藍家で唯一生き残った奴だ。素直に姿を見せるとも思えないし、さっき言ってたみたいに隠れられたら、見つけられる可能性なんてないようなもんだろ。それに、じじいの知り合いとか………最悪だ」


 完全に恐怖が勝っている李絳に蘇芳は呆れ、歴は苦笑した。晶は楽しそうに何かを考えている。そんな彼らを見渡した秀は一つ息を吐いて立ち上がった。


「――まぁとりあえず、さっさと先進むぞ」

「まっすぐ向かったらあとどんくらい?」

「最低でも五日はかかるだろ」

「早くその人に会ってみたいな―」

「なんで晶はそんなに会いたいわけ?」


 後に続いた蘇芳たちに李絳も立ち上がると、小さく息をついた。

 昔から行動を共にしている彼らは李絳にとって一番の友人たちだ。大概のことは言わずとも察してくれる彼らに、李絳はいつも助けられている。対外的には従者でもかけがいのない仲間だった。

 李絳は、気を取り直すように息をつくと歩き出したのだった。






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