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3-3

 



 同じ頃、彩霞はかすかな月明かりを受けながら、窓の外を見つめていた。しんとした空間は彼女にとって、最も落ち着く場所だ。


――今回のことで紅家は動くだろうか。


 動いても、彼らは来ないだろうな。だが、その方が都合がいい。彩霞は紅家当主とその側近を思い浮かべ、かすかに頬を緩めた。

 彼女をよく知る者が見れば、それは悲しげな笑みにも見えただろう。だが、ここに彼女をよく知る者はいない。


 彩霞は藍家の先代当主――藍夏崔の孫として生まれた。そして、彼に育てられた。正確には彼と、彼の友人たちに育てられた。

 やがて、成長していくにつれて彼らと顔を合わせる機会も少なくなったが、それでも、彩霞の世界には彼らがいた。

 たった数人の大人たちに囲まれて暮らす日々は、宝物のように彩霞の心に刻まれた。

 愛していた、ただ一つの彩霞の世界。一族も関係ない”ただの彩霞”の世界を、ただひたすらに愛していた。





 藍彩霞という人間は、藍家を象徴するような子供だった。藍の血を純粋に継いでいた。純粋すぎるが故に、誰にも理解されることなく、たった一人で生きることを覚悟しなければならないほど、彩霞は優秀だった。文武両道という言葉がはまりすぎるほど、彼女は優秀だったのだ。一歩間違えば彼女は、藍家を率いて色家を滅ぼしていたかもしれない。


 だが彩霞には、祖父や祖父の友人たちがいた。彼らは彩霞が決して、己の血に溺れることがないように導いてくれた。祖父たちの教えで文武を修めて、さらに彼女は純粋なままでいられた。


 しかし、彼女はやはり藍の血には逆らえないと知った。藍家の人間は皆、その血に溺れ、心を失っていった。

 長い間、祖父とともに彼らの傍にいた。変わっていく彼らに気付きながらも、助けることは叶わなかった。


 やがて、彩霞は最愛の祖父をも亡くすことになった。彩霞が、身体的に少女から大人へ変わる曖昧な時間の中で、祖父は彼女を置いて旅立ってしまったのだ。


 そして、彼女は藍家を滅ぼした。自らの手で、彼らに手をかけたのである。

 すべてを終えた時、何の因果か紅家の次代当主と再会したのだった。


――あのときもこんな静かな夜だった。


 彩霞は、欠けた月を見上げてぼんやりと、彼らの姿を思い浮かべた。



『いつか迎えに行きます。その時、貴女の願いも叶えましょう』



 果たすつもりもないくせに、一方的に約束を取り付けていった彼ら。

 分かっていたことだ。恐らく今回のことで、彼らは別の人間を送ってくるだろう。

 彩霞は自嘲ぎみに苦笑した。約束など、守る必要はない。それでも、自分はここにいる。


 滑稽だ。――自身の心が。


 そして、残酷だ。――彼らの心が。


 一切の表情を消し、彼女は冷たく闇を見つめていた。

 彼らは彩霞のためになることをしてくれる。だが、それは彼女にとって一番必要ないことだった。

 彩霞の無事を祈ってくれる彼らは、彩霞にとっても大切な存在だった。交わした言葉は少なくとも、彼らの想いは痛いほど伝わった。だが想ってくれる人間こそ、彩霞にとって残酷な存在になった。

 彩霞の一番の望みを、彼らは叶えてはくれない。むしろ、彩霞に残酷な運命を背負わせるだろう。


――時は動かない。私は今も、祖父とともにある。


 どんなことをしてでも叶えてみせる。彩霞は、窓の外から視線を中へ移した。何もない空間を見つめて小さく息をついた。


 動くのだとしたら、それは終わる時だ。ならばもう、終わらせよう。永遠の時を、必ず、手に入れてみせる。


 彩霞はそう、誓ったのだった。







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