初日Ⅰ─プレリュード─
内容を少し変更しました。
物語全体に大した影響はないと思いますが……。
作者の勝手ですいません。。。
亜麻色の髪の乙女。
それはドビュッシーによって作曲された前奏曲。そして篠ノ木の耳に入ってきた音の正体でもある。
目を開けるとそれは最初に来た時と変わらない広大で真っ白な空間が広がっていた。服装もあの時と同じ白い囚人服だ。あの時と違うのは仮面の男の言うとおり荷物をまとめたリュックを持っていること、優雅なBGM付きなこと、そして隣に来栖がいること。
「やあ、篠ノ木くん。彼女連れかい?」
これもあの時と変わらない聞き覚えのある声。振り向くと橘が立っていた。
「橘さん!あっ来栖、この人は───」
「橘教授ですよね?仮面の男と話してたのを覚えてます。私は来栖千夏です。ちなみに彼女ではありません」
「それはそれは失敬、よろしく来栖くん。……いやあ、いつこんな娘を落としたのかと思ったよ。ははは」
髪をかきむしってまたフケを巻き散らかしているが今度は気付いたようで、軽く謝ってから腰を下ろした。
「申し訳ない、研究に没頭していて三日ほど風呂に入っていないんだ。臭いはそんなにしないと思うが……」
「そうだ一体どんな研究をしてるんですか?ここまで来て黙りっこはなしですよ」
「……このゲームにも関することだからね、教えてもいいのだけど。まあ生き残ったらにしようか」
相変わらず意地の悪そうに笑う人だ、と篠ノ木は心の中で苦笑する。顔に出てしまったのか、それに気付いたのか橘が「そんな嫌そうな顔をしないでくれよ」となだめた後、
「まずなによりもここを勝ち抜くことだ。今は目の前のゲームに集中したまえ」
「……分かりました、生き残ったら絶対ですよ?」
「約束しよう」
そう言って鞄から取り出したドリンク剤のふたを開ける橘、三日間徹夜で食事もまともに摂っていないようだ。
目の下のクマと征十郎とは違い筋肉のない長身がより一層、篠ノ木と来栖の不安を煽る。
『はあ~い、みなさんこんばんはー。一週間どのように過ごしてましたか?いい夢見れました?……というかこれが夢でしたぷふふ』
一週間ぶりに聞く神経を逆なでする声。それの持ち主は言うまでもなく篠ノ木たちがここに居る原因の人物、仮面の男。だがその仮面は前回のピエロ柄とは異なり口が裂けた白い仮面だった。
『というわけでゲームの始まりDEATH!!……と言いたいのですが、その前にしなければならないことがあります。この画面の下を見てくださいませ』
その場にいた物の視線がすべて画面の下に集まる、すると先程までにはなかった牢獄がそこに出現した。真横に並んだ牢獄はその両端を目で追うのが困難なほどに長い。
その一室一室に人が閉じ込められてるのが分かる。
『彼らは開始時刻までスタートボタンを押さなかったプレイヤー、総勢892人。まったく良心的に警告まで鳴らしてあげたんですけどね……』
なにが良心的だ、と篠ノ木は心の中で吐き捨てる。
『さてこんなチキン野郎共には罰を与えなくてはいけませんねぇ、なんにしましょうかねぇ?』
仮面の男はうーんうーんと悩んでいる。来栖の悪い予想が的中してしまったようだが……、この先のゲームで不利な条件でも与えられるのだろう。
『はい、決定しました!!それでは罰ゲームの発表!!
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか
どん!!
爆☆殺DEATH!!! 』
直後、赤色の惨状が空間を支配した。
人間が四散する姿を想像できるだろうか?この世の終わりのようなその光景を。
もぎり取られた下顎をSOSを描いている腸の群れを転がり落ちて自分を見つめてくる暗い眼球を。
爆風に煽られて飛んできた何かが頬に付着した。それは指で摘まむとぷちぷちと音をたてて潰れた。
もう耐えることはできなかった。
「う、げえぁ!」
胃袋の中身が食道を駆け上り口に酸の味を残して飛び出る。
篠ノ木は吐いた。かつてないほど吐いた。それでも、全部出してもまだ胃液をひりだそうとえづいている。
来栖が「大丈夫?」と背中をさすってくれていたが大して意味はない。
あの牢の中には少女がいた、篠ノ木はそれを見ていたのだ。否、見てしまっていたというべきか。
少女は妹だろうと思われる女の子をあやしていた。自分も泣きたいだろうに、まだ10もいかない少女が必死に妹を勇気づけていた。大丈夫だよと、お母さんが迎えに来るよとずっと言って。
でも爆ぜた。
遠くにその子の履いていた赤いスカートと腰から下だけが見えた。顔が見えなかったのは唯一の救いかもしれない。
「ア、アアァ……」
「惨いことを……、私も狂っているという自負はあったがね、ここまでのものじゃあない」
橘が呟くが篠ノ木と来栖に言葉を返す余裕はない。
『まったく皆さん凍りつきすぎですよ。そんなのでこれから先大丈夫ですか?……まあ仕方ありませんね、これは片付けてしまいましょう』
もう一度男が指を鳴らすとそこに広がっていたモノは一瞬で消えてなくなった。臭いもなにもすべてがだ。
『見ての通り、ルール違反だとかくだらない事をした愚かな方には罰を受けてもらいますので頭に入れておいてくださいな。……では、本題に参りましょう。今回皆さんにしていただくゲームの内容についてです』
篠ノ木が顔を上げる。怒気のこもった目は見開かれ正面から仮面の男をとらえている。
「……愚かな方?……罰?ふざけんのも大概にしやがれ!」
篠ノ木の怒号が響いた。それに対しても仮面の男は頓狂な声色で言葉を返す
『おや?なにか間違ったこと言いましたか?』
「勝手に連れて来といて、てめぇは人の命を一体なんだと思ってんだよ!!」
『そんな物は知りませんよ。ルール違反をしたんですから罰せられるのは当たり前でしょ?』
「ルールも糞も関係あるか!絶対ぶっ潰してやる……っ!」
『どうぞ煮るなり焼くなり好きにして下さい。ゲームを生き残ってここまで来れたらの話ですが』
「クソったれが……」
「篠ノ木……」
いつもは誰にでも人当たりが良く優しいけれど、どことなくやる気が無さそうな篠ノ木がここまで声を荒げて怒りを露わにしてる様は初めて見る。
来栖は彼にかける言葉を見つけられなかった。
『さてさて今回、皆さんにしていただくゲームは【逃亡げーむ】。ルールは簡単逃げ伸びてくだされば結構。皆さん方囚人を追う鬼からね。でも一日中逃げてろって訳ではありません、食事もとらなければいけませんしね。というわけでゲームの時間は午前九時から午後七時までの十時間、それ以外の時間はルームをお貸ししますのでくつろいで下さって大丈夫です。電話をいただければ食事も提供します。もちろん他のルームとの移動も自在!私って優しいでしょう?』
ふざけるなと言ってやりたいが正直休みがあるのは助かる。命がけの極限状態にずっといたら頭がおかしくなってしまう、ゆっくり眠れる時間があるのもありがたい。
ほんの少しだけ冷静さを取り戻した脳内で篠ノ木はそんなことを考えていた。
時計に目をやると時刻はすでに八時二〇分。中でそんな時間が経ったはずはないので、おそらく電脳世界に入ってきたときに過ぎたのだろう。
『では、ゲームの準備に移りましょう。毎朝ゲームの開始前に皆さんが逃亡するステージを選択してもらいます。ステージは【森】、【町】、【マンション】の3つ。【森】が一番難易度が低く、【マンション】が最も難易度が高いステージになっております』
そういうと画面が切り替わり3つのステージの全体図が映し出される。
【森】は海上に浮かんでおり森というよりかは島の中だ。【町】は結構狭く、半径5km程度の円形内しかない。逆にマンションは思っていたよりも大きい。30階建て×廊下の長さ100m×2棟もある。また、本館と東館は10階と20階の渡り通路でつながっているようだ。
『また鬼の数は毎日ランダムで決められるため一体も鬼がいないステージも日によってはできるかもしれませんね』
「待って。鬼は一体じゃないの?」
『鬼が何人もいる鬼ごっこだってあるでしょう?』
来栖は苦悶の表情を浮かべながら押し黙る。
「とりあえずステージを選択しよう」
まっさきに口を開いたのは橘だった。先ほどの虐殺ショーの時もそうだが、彼は常に冷静だ。一番年長者だからという理由だけでは説明がつかないほどに。
3人が時計のスイッチを入れると空中ディスプレイに【森】【町】【マンション】の選択肢が表示される。
「無難に森が良いと思うけど」
来栖の提案に篠ノ木は口元をぬぐいながら反対する。
「いや森はやめた方がいい」
「どうしてかね?」
「さっきアイツは『鬼はランダムだ』って言ってましたけど、それをすぐに信じるのは馬鹿だと思います」
「つまり奴が鬼の数を調整していると?」
「なるほどね。で、どうしてそれが【森】が駄目な理由になるわけ?」
「自分が主催者側の人間だと思って考えてみろ。一番安全っていう大きな餌をぶら下げてるんだ、さっきの来栖みたいな考えで【森】を選択する人間は相当数いるだろうな」
「そこに鬼をたくさん置いて一網打尽って訳ね……」
「そういうこと」
「じゃあ逆を読んでマンションにする?」
来栖の指がマンションと書かれたボタンの前でくるくると踊る。
「いや、初日から最難易度ステージは賭けすぎる」
「じゃあ」
「ああ、俺たちは今日【町】ステージで様子を見よう」
篠ノ木、来栖、橘は3人とも【町】のボタンにタッチする。周りを見渡せば他のプレイヤーはもう選択を終えていた。安直に自然に【森】を選択したのだろう。
案の定、篠ノ木たちが最後だったようで再び仮面の男が口を開いた。
『それではみなさんステージは決まりましたね?それでは各ステージの参加人数を発表します』
画面に映し出された各ステージの参加人数の結果は
【森】 7249人
【町】 1521人
【マンション】 338人
[合計] 9108人
篠ノ木を含め多くのプレイヤーがその参加者の人数に目を見開いた。合計9108人、先程惨殺された人々も含めれば10000人のプレイヤーがいたことになる。
(思っていたより多いな、まあ最初の892人の時点で1000人てことはないだろうと思ってたが)
『おや、やはり【森】に集中しましたね。まあそれも自然なことですが、集まりすぎるとステージが狭くなってしまいますよ?まあ今更変更はできないんですけど』
そういうと男はげらげらと笑いだす。つくづくおちょくってやがる、と篠ノ木は思った。口には出さないが。
ひとしきり笑い終えると男はなおも続けた。
『そうだ、皆さんに時計の説明をしないといけませんね。まずはメニュー画面を開いてください』
指示通りにメニュー画面を開くとそこにはステータス、所持品、スキル、マップ、人数情報、フレンドリスト、コネクト、KEYの8つの項目が縦に並んでいた。
ステータスの画面を押すと自分のレベルなどを確認することができた。それによると篠ノ木は
篠ノ木芦哉
LV.1
HP.18
SP.7
ATK.8
DEF.6
SPD.10
攻撃装備:なし
防御装備:囚人服
所持マネー:0G
以上のような状態であることが分かる。
上からレベル、体力、スキルポイント、攻撃力、防御力、速度と言ったところか。
次いで所持品の項を開くと今篠ノ木が持っている物が事細かに記された。食べ物の製造社やスタンガンの機種まで網羅して書いてある。
その他の項目は開いても何も載ってはいなかった。が、コネクトのページに行くとまた別の画面に切り替わった。全体のなんだこれ?という疑問に気付いたのか仮面の男が説明をしてくれる。
『ああ、そこのコネクトのページを表示してる者同士で時計の上部をくっつけてみてください。文字盤の部分です』
篠ノ木たちが3人で実行するとフレンド登録されましたという音声と画面が表示された。
『これでフレンド登録されたことになります。フレンドは互いの位置をマップ上で確認できるうえ、フレンドリストのページでその人の状態を知ることもできるすぐれた代物です。ぜひ有効活用しちゃってください』
あちらこちらからフレンド登録を知らせる音声が響いた。こういう時は一人でも仲間がいてくれると心強い。だからだろう見知らぬ者同士でもフレンド登録をばんばんしている様だ。その様は篠ノ木にSNSを彷彿とさせた。
『それでは荷物をルームに転送しますので必要なものだけ取り出しちゃってください。九時になったら自動的に転送されちゃいますので。……あっ、自己紹介とかまだでしたね。私の事は道化とでも呼んでください、面倒ならクラちゃんでもいいですよーぷふふ』
そういって音声は切れた。それを皮切りに周囲のプレイヤーたちが準備を始める。
篠ノ木は持っていたリュックを下ろして中に入っているベルトポーチを取り出した。動きやすいように準備しておいたそれに水、軽食、スタンガンなど必要なものを詰め込む。
ベルトを腰元でかちりとはめるとその場で何度か飛んで長さがあっているかを確認する。そこで気付いたのだが、この囚人服まるで何も身に着けていないかのように軽い。動きやすさを考慮しての服装なのだろう。
九時〇〇分。ゲーム開始を知らせるブザーがなった。
瞬間、体が光に包まれる。来た時よりも強い光の流れは篠ノ木の体を掴み、別の場所へと運ぶ。初日の戦場、【町】へと。
光が消えるとそこは公園だった、入口の看板には板鳴公園と刻まれている
(まずは位置確認)
マップを開くと赤い点が板鳴公園と書かれた場所に点滅している。そして遠く離れたところに緑の点が一つ、橘幸雄と書かれていた。
(橘さんは遠いけど、来栖は1kmくらいの所か。とりあえず合流しよう)
そう今後の行動を決定した篠ノ木は公園を出て商店街の方へ歩みを進めた。




