Ready?
光陰矢のごとし。
とはよく言ったもので、あの夢の夜からもう一週間がたとうとしていた。おととい終業式を終えた篠ノ木たちはもうすでに冬休みという楽園に突入した。
そんな中の十二月二三日、クリスマスイブイブにざわつく日曜日に篠ノ木は池袋の繁華街で一人たたずんでいる。
(いよいよ今夜か、日付的には明日だけど……、実感湧かねえつーか、現実味がねえつーか)
件の夢の翌日、多くのプレイヤーが世間に事のあらましを訴え割と大きな話題となった。が、しかしそんなどこかの安い小説のような話を信じて国家機関が動く訳もなく、依然として問題は解決してはいない。
それどころか彼らは『夢見人』と呼称され世間の好奇の目に晒されるようになり、話では一部、暴徒と化したプレイヤー達が精神病院に隔離されるといった事態にまで発展したらしい。
「ごめん、待たせた?」
そんなことを考えていると駅の方から来栖が歩いてきた。
来栖は普段の活発で男らしいイメージからは想像もできないような女性らしい出で立ちで、裾の長いクリーム色のワンピースの上から白いダッフルコートを合わせており、さらには橙色のマフラーと耳あての完全装備である。
普段の制服しか見ていない篠ノ木は思いのほか虚を突かれ、一瞬呆けた顔になった。
「なに、人の顔じろじろ見て?」
「……いや、意外と女の子なのな、と思って」
刹那、回し蹴りが顔面をとらえた。
「なあ、悪かったって……」
篠ノ木は餅のように膨れ上がった頬をさすりながら謝る。
二人は池袋駅から少し離れた裏路地を歩いていた。
「まったく、アンタは人をなんだと思ってたのよ……」
「なんかさ、いつも男らしいから私服もそんな感じかと……」
「これでも華の17歳なんだけど」
「……ほんとすんません」
「まあ良いけどさ、自覚はしてるし……」
「あの蹴りは女じゃなかったもんな……」
「もう一回やられたいの?」
今度は考える前に頭が下がった。
そうしてしばらく歩いていると一軒の怪しげな店の前についた。
その店は地下に構えられているらしく、扉を開けると真下に伸びる階段が姿を見せた。
それを下りると今度は周りの古びた木造建築とは合わない最新鋭のオートロックドアが立ちはだかる。
来栖はこなれた手つきで暗号キーを打ち込むとスピーカーから、
『へい、磯貝ですー。どなたで?』
「あたしよ」
『これはこれは来栖様のお嬢さんで。お父様にはお世話になってますー。今日はどういった御用で?』
「ちょっとね、とりあえず入れて」
『へい、ただいま』
こんなに厳重に取締りをしていたり店主がすごい胡散臭そうだったりと篠ノ木の危険センサーがエマージェンシーを発していたが、来栖はロックが解除されたドアの奥へ進んで行く。
あわてて後を追うと一気に開けた空間に出た。
そこは異様な外観とは反して普通の雑貨屋だった。小学校の体育館ほどの室内は少し薄暗いシャンデリアの明かりとアロマキャンドルの香りで満たされ、高級感あふれるクラシカルな雰囲気に包まれている。
「あら、お嬢さん。また美人になりましたね。……そちらの方は?」
「気にしないで、ただのクラスメートよ」
「なるほどね。……で、今日はどんな用件でしょう?一応、定休日という形なんですがね、今日は。私ももうそろそろ帰ろうかと思ってたところでして」
「少しばかり買い物をしたいんだけど、わがまま聞いてくれる?」
「お嬢さんも人が悪ぃや、私がお嬢さんの頼みを断れる訳がないでしょう?」
そう言って痩せ細った50代の男、───磯貝は笑みを浮かべる。前歯が一本抜けているさまがなんとも可愛らしいその男は来栖に
「今日は何を買いに来たんで?カップル用のおもちゃなら向こうのピンクゾーンですが?」
直後、再び回し蹴り。
「いてーやぁ……相変わらずですね、お嬢さん。そこの坊ちゃんもこの娘はやめた方が良いですぜ?」
「相変わらずなのはアンタよ!彼とはそんな関係じゃないわ」
「じゃあ一体なにを買いにいらしたんですかい?」
「まあ、いろいろとね。適当に回らせて、すぐに帰るから」
そういうと来栖はまだ状況をうまく把握していない篠ノ木を連れて歩き出す。
「なあここはどんな店なんだ?池袋集合にしたのってここに来るためか?」
「まあそうね、大部分は私がめんどくさかったからなんだけど」
どうやら彼女が面倒くさいという理由だけで篠ノ木は一時間も電車を乗り継がされたらしい。しかしそれを悪びれる事も無くしれって言ってのけるとは。これも学校生活で見せるのとはまた変わった一面だ。
「なにぼっとしてんの?適当に選んで買っていくわよ?」
連れてこられた篠ノ木の眼前には夥しい量の防犯グッズが並べられていた。
「えっ?」
当然の反応、驚きだと思う。
スペース一面を満たす催涙スプレーとスタンガンの山を見れば誰でもそうなるはずだ。
「……なにこれ?」
「品ぞろえの良さに関してここの右に出る店はないわ!……まあ、たまに法外の物も交じってるけど」
なんで彼女が自信満々に言うのだろう?
そして最後に付きたされた呟きはどういう意味だろう?
「ともかく、何があるか分からないんだから装備を整えるのは当たり前でしょ?他にこういうの売ってる店知らないのよ。ああ見えて磯貝は信用できるしね……」
「そういえばどういう知り合いなんだ?」
「……パパの仕事関係の人よ」
来栖がためらい気味に答えた。
いつもは迅速果断な物言いをする彼女がだ。きっとあんまり聞かれたくないことなのだろう、優しい来栖の事だから磯貝に気を使ってるのかもしれない。
そう思った篠ノ木はそれ以上その話題については掘り下げないことにした。
二人は棚に並んだ品物を物色し始める。改めてみると本当にすごい品揃えである。催涙スプレーだけで100種類程、スタンガンに関してはそれだけで棚をまるごと一つ占拠している。
その中の一つ、でかでかと120万ボルトと書かれたものを手に取る。通常のスタンガンは50~60万ボルトの物がほとんどであることを考えるとすごい数値である。
(多分、これ違法なんだろうな……)
あちらこちらに施されてるアメリカンな装飾もそうだが、一番は注意書きのところに書かれた悪趣味な髑髏がそれの危険性を際立たせている。
(これめちゃくちゃ強力なもんなんだろうけど……、あのゲームで使えるとは到底思えない)
まあこれ以上の武器を手に入れることなんて不可能なのだから慰め程度でも持っておくか、と開き直った篠ノ木は会計をするため来栖を呼ぼうとしてその姿が見えないことに気付いた。
(あれ?さっきまで確かにそこで『痴漢撃退スプレーZ』を見つめてたはずなんだけどな?)
どこに行ったんだろう?と思いながら探すために歩を進める。篠ノ木にはまだ一人で怪しい店主と会話する勇気は無い、いくら信頼できる男と言われようとだ。
(なんか危ない臭いがすんだよな……、悪い人じゃないんだろうけど)
「───お願い、貸して」
「しかし、お嬢さん。お父様はこれを知ってらっしゃるんで?」
「……」
突如聞こえた声の発信元をたどると、漫画売り場のスペースで来栖と磯貝が話していた。ただならざる雰囲気らしいので、無意識に身を隠す篠ノ木。
「何があったんですかい?突然店に来たと思えばそんなことをおっしゃるなんて」
「……ごめん、なんでもない。気にしないで……忘れて」
そう言って突如踵を返す来栖に、覗き見をしていた篠ノ木は焦って棚の裏へ回る。幸いにも来栖は気付かぬまままた防犯グッズのコーナーに向かって行った。
「おや?」
真後ろからかけられた声に抑えきれずビクッと肩を震わす。
「盗み聞きですかい?坊ちゃんも悪い人ですね」
ははは、と笑いながら話す磯貝に怒りの感情は無いようだ。
「すいません、ついつい……」
「いえいえ、別に構いやしませんよ。それよりお嬢さんが何に巻き込まれてるのか知りゃしませんかね?」
「え、いやまあ……」
「言いたくないですかい?」
「そういう訳じゃないんですけど」
「私が怪しいですかい?」
今度は自嘲と悲哀の感情がありありとあらわれた表情を作った。そこには諦めと絶望の色もついでに含まれている。
「まあこんな前科者じゃ仕方ありませんやね、ははは」
「え?」
「おや?お嬢さんから聞いていませんか?……まったく優しい人ですや」
呆れとも嬉しさの裏返しとも取れるため息が漏れる。
ついで前科者とは思えない程の優しい声色で言葉が飛び出す。
「ありゃもう三十年も前の出来事になりますかね?私はとんでもないクズ野郎だったんでさ」
それから磯貝は己の語りたくないはずの過去を吐露し始めた。
当時、金のなかった磯貝は日夜窃盗を働いていた。そんなある日いつも通り盗みに入った家で見られた勢い余って、家の主人を殺してしまったらしい。
「十七年ぶりにムショをでた私を雇ってくれる会社なんかありませんでね、無一文無職だったもんですから銀行も金を貸してくれませんで。野垂れ死に寸前だった私は唯一の知人に助けを乞いに行ったんでさ」
誰だと思います?となぞなぞを出す少年のような笑みで問う。
「私を捕まえた刑事さんでさ、そうお嬢さんのお父様ですよ。おかしいでしょう?自分の捕まえた犯罪者に金貸す警察がどこにいますかい?……命の恩人なんでさ、そしてお嬢さんは恩人の娘なんです」
だから、と一拍おいて磯貝は深々とその頭を下げた。嘘や建前といった汚いものを全て排除した心の底からのものだった。
「どんなことに巻き込まれてるかなんてもう訊きやしません。でも私に拳銃を借りに来るなんてただ事じゃないんでしょう?」
不意に飛び出した単語に篠ノ木はギョッとする、危うく持っていたスタンガンを落とすところだ。
「拳銃……!?」
「はい、まだ私が持ってると思ったんでしょうね。当時使ってた拳銃ですよ」
「そんなもの……」
「……なんであれお嬢さんをお願いします、ああ見えて根はもろい方ですから守ってやってください」
そう言って再び磯貝は深々と、地面についてしまうのでは?とこちらが思うほど深々と頭を下げた。
その後、数日分の食料などを買い込み、無邪気な笑顔の店主に「守れなかったら殺しちゃいまずぜ?」などと洒落にならない言葉を耳打ちプレゼントされて店を後にした。
帰り道。気丈な普段からは想像もつかないほど微弱な声で来栖が呟いた。危うく風に消されてしまうほどだ。
今日は意外な一面のオンパレードである。
「……いよいよ今夜だね」
「ああ」
「怖い?」
「あたりまえだろ」
「正直、あたしも怖い」
「あたりまえだろ、……でもなんとかするさ」
篠ノ木の目には確かな決意の色が灯っていた。生き残るという明確な決意と意志が。武器は買い込んだ、食料も確保した、腹も括れた。人事は尽くした、あとは天命を待てばいい。死ぬ気はない。来栖を殺す気もない。ゲームだか何だかは知らないが、何をするのかも分かっちゃいないが、そんなもんで左右されるほど安い命じゃない。
握られた拳はいつもより強く勇ましかった。




